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挨拶

 場は混沌としていた。

 剣を向け合ってしまった男と女。一時休戦したけど、いつまた刃を向け合ってもおかしくない。

 貴族令嬢と平民の恰好をした王子。しかも草を背負っている。そんな姿でカロリーナと呼び捨てにしたことも困惑の種だ。いや、王子が婚約者でもない貴族令嬢を呼び捨てにするのも問題があるか。私、前世のアンナさんの立場になってない? 大丈夫? うん、レオナルド様は絶対に草を背負わないから大丈夫と言い聞かせる。

 ただ、今、私はどの立場で発言するべきか……。


「えっと、みんなでどうしたんだい?」


 ラーシュ殿下も戸惑っている様子がある。呼び捨てにしてしまった自覚があるのか、視線も合わない。


「とりあえず、込み入った話もあるようだし、移動しようか?」


 確かに人通りのある場所でいつまでも話すメンバーでもない。どう見ても気楽な井戸端会議にはならない。とはいえ素直について行っても良いものか……。マーヤを横目に見ると、小さく頷かれた。

 まぁ、そうね。無理やり別れてもリスクしか残らないもんね。私は腹をくくった。


「この近くに話ができる場所はございますか?」


「私が今から行くところなら、大丈夫だ」


 はっきりと断言される辺り、余程信頼のおける場所なのだろう。ラーシュ殿下の行き先は気になっていたし、ちょうど良かったと思おう。


 そうして案内された場所は歩いて五分もかからない場所。王城の隠し通路に繋がる建物だった。外観は商店のようだけど、あまり賑わっている様子はない。


 もしかしなくても今から王城に連れていかれるの?


 じわりと焦りが膨れ上がってくる。このまま首と胴体がさよならしちゃうのかしら。でも、ここが隠し通路と繋がっているなんて私が知るはずもないことなので、迂闊なことは言えない。間者と間違われて、どの道、この世にさよならしちゃうわ。

 前方のラーシュ殿下。後方のアードルフ。逃げ場は、ない。隣を歩くマーヤの手を握っていた。力強く握り返されて少し安心する。


「ここは何かの店でしょうか」


 慎重に言葉を選ぶ。


「雑貨屋というか薬屋かな、今は」


 ラーシュ殿下の言葉はふんわりしていた。それが余計に不安を煽る。でも、今更引き返せない。横についたアードルフが静かに店のドアを開く。私はラーシュ殿下に続いて足を踏み入れた。

 店内は草の青っぽい匂いがした。カウンターの奥には、薬が入っているであろう正方形の引き出しが並んだ棚がある。草がむき出しであるわけじゃない。きっと調合室が近くにあるのだろう。


「おや、いらっしゃい」


 カウンター横の通路から店員と思しき人が出てきた。まだ若い男性……いや、お父様と同い年くらいだろうか。童顔の、黒い瞳を捉えた時、思わず後ずさっていた。

 マーヤがそっと肩を支えながら耳元で囁く。


「ブローロース商会です」


 知っている。だって彼はアンナさんの取り巻きの一人だった。


「おや、私のことをご存知のようですね……どういった用件かな?」


 声が聞こえていたようで、見定めるように目が細められる。

 相手は三人。マーヤがいかに優れた護衛であったとしても、ここから切り抜けるのは至難の業だろう。

 そもそも今は話に来ているのだ。腹を割って話すなら、まずは礼儀を通す必要があるだろう。偽った身分のままでは、正しい答えには辿り着けない。

 私はこの場で一番身分が高いラーシュ殿下に向き合う。首を傾げるラーシュ殿下は、ダニエルと似た純粋さがあるようにも見える。それが曇らないことを願いながら、私はスカートを摘み、左足を引いて膝を折る。最上級の敬意を持って深いカーテシーをした。


「王国の若き星、ラーシュ・シェーナ・フォン・スコーグラード殿下に、オリアン男爵が娘、カロリーナ・オリアンが挨拶申し上げます。このような形での挨拶となりましたこと、どうか寛大な心でお許し下さいませ」


 はっと息を飲んだような音がした。視線を伏せているので、誰の息遣いかは分からない。


「……楽にしてくれていい」


 落ち着いた声は、無邪気に名前を呼び捨てにした人とは別人みたいだ。


「ありがとう存じます」


 体幹がまだ弱いので、早々に声を掛けて頂けて助かる。視線を上げると、戸惑いを含みつつも毅然とした顔をするラーシュ殿下。


「やっぱりバレてるよね」


 どこか諦めにも似た溜息をこぼして、茶髪のかつらを取った。プラチナブロンドの髪が露わになる。


「ラーシュ・シェーナ・フォン・スコーグラードだ。一応はじめまして、かな」


 困ったような笑みでさえ気品を感じさせるのだけど、その分、背負ったままの草の違和感が倍増だ。素直に尋ねるべきか……。正式に名乗り合った後なので、ためらいを覚える。けれど、私の目は動いてしまっていたようで、ラーシュ殿下は苦笑する。


「背中のものが気になるのかな」


「……はい」


 否定することもできずに、小さく頷く。


「これは、このお店で使っている薬草なんだ」


「殿下が、薬草摘み……?」


 思わず疑問がこぼれてしまったけど、それに対して叱責が飛ぶこともなかった。むしろおかしそうに同意する。


「まぁ、普通に考えたら違和感があるよね」


 ラーシュ殿下は、隣へと視線を送る。この店の店主で、ブローロース商会の次男。


「ご存知のようですが、エドヴァルド・セッテルホルムと申します。ブローロースのスコーグラード王国の支店長を任されております」


 支店長と言った口が、どこか皮肉気だ。マーヤの話によればこの王国内にブローロース商会はほぼ存在しなくなっている。これがあの婚約破棄騒動の結果なのだろうか。


「オリアン嬢、すぐには納得できないでしょうが、これもラーシュ殿下にとって必要なことなのです」


 正式な挨拶をしたからといって全て明かされる訳ではない。分かってはいるけど、どうにもモヤモヤする。隠し通路を使ってまですることが薬草摘みって……。

 でも、そう、薬草ね。ヴェロニカだった頃の記憶を刺激される。王城はラーシュ殿下にとっても物騒な所なのかもしれない。

 不安が顔に出ていたのか、アードルフが口を開く。


「近衛隊のアードルフ・ブリクストでございます。命を賭して殿下を守る故、心配することはございません」


 主人に対して、マーヤと同様の強い気持ちを持っているようだ。その言葉に嘘はないだろう。

 アードルフはヴェロニカの護衛もしてくれていた近衛隊の一人だ。騎士の中でもトップ集団。アードルフはその実力を買われて所属したものの、強面すぎて式典にはほとんど顔を出さず、代わりに移動時などの身辺警護の際によくそばにいてくれた。その時の頼もしさは、ヴェロニカの記憶にきちんと刻まれている。

 だから、たかが男爵令嬢の私が、これ以上首を突っ込む必要はない。今の雰囲気からして、草を背負う姿が気になっただけだと信じてくれそうではあるし、このまま挨拶して別れれば、もう関わることはないだろう。

 ただ寝覚めが悪そうなことが起きそうで……。その時、私は後悔しないのだろうか。楽しい気持ちで毎日を送れるだろうか。


「もう少し、詳しいお話をさせて頂きましょうか?」


 そのエドヴァルドの言葉は助け舟なのか、泥舟なのか。私はマーヤの手をぎゅっと強く握った。

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