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二度あることは三度ある

 初夏が深まり、空の青がよりくっきりとしている。商人街を行き交う人々も、ベストや上着のない軽装の恰好が増えている。お父様の誕生日が過ぎる頃には、夏になるのだろう。


「お嬢様、足元にお気を付けください」


 周囲を気にし過ぎたらしい。注意を促したマーヤは、日傘を差してくれている。私の頭上に。腕が疲れる体勢だろうに、マーヤの顔は涼し気だ。


「ありがとう」


 専属侍女としては当たり前のことなのかもしれないけど、やっぱり感謝の念を覚える。


「勿体ないお言葉です」


 マーヤが小さく頭を下げたところで、目的の店が見えてきた。宝飾品をメインにしつつ服飾品も扱う店舗は、商人街においても一際気品がある。清潔感があるとも言える。顧客が貴族をはじめとした富裕層だからだろう。

 マーヤがドアを開けると、カラコロとドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


 顔を見ただけで、どの顧客か分かったらしい。一度しか訪れたことはないのに。初老の男性の、商人としての矜持を感じる。


「仕上がりの手紙が届いたのだけど、今日受け取れるかしら」


「もちろんでございます」


 笑顔で頷くと、カウンターの横に併設されたテーブルに案内された。ソファの座り心地はふかふかで悪くない。店の奥に入った男性は、すぐに戻ってきた。


「こちらにございます」


 テーブルにそっとおかれたケースには、ペリドットが輝くカフリンクスが鎮座している。バッキングにはオリアン家の家紋が綺麗に刻まれていた。


「いかがでしょうか」


「問題ないわ、ありがとう」


 イメージ通りの仕上がりだ。満足した分のチップを追加して料金を支払った。商品と技術とサービス。見合った対価を渡すようにしたい。私にも貴族としての矜持があるのだ。

 恐縮されていたけど、十歳の小娘が気を回しすぎだろうか。でも、きっとまた利用する機会もあるから問題ない。

 店の外に出ると、日が高くなって気温もさらに上がったように思う。


「この後はいかが致しますか?」


 少し喉を潤したい気もするけど、あんまりのんびりしてもな……。

 ちらりと建物の間の路地に目をやる。ラーシュ殿下の現状は気になる所もあるけど、あえて自分から首を突っ込むことでもない。公爵令嬢ならいざ知らず、男爵令嬢では助けが必要でもできることなんてないに等しい。何かしたところでより上流階級の層に潰されるのがオチだ。

 冷たいようだが現実は現実として認識したい。


――このまま帰りましょう。


 そう伝えるべく口を開こうとした瞬間、目が点になった。見たものが現実と認識できない。


「お嬢様……あの方は、その、ラッセ様、ですよね?」


 隣のマーヤからも戸惑いの声が聞こえてくる。道路を挟んだ向かいを歩いているのは、確かに茶髪の恰好をしたラーシュ殿下、ラッセだ。ただ何故か背負い籠を背中にのせており、しかも大量の草が溢れんばかりに入っている。

 一体、どういう状況なの……?

 こんなの、こんなの気にするなって方が無理よ!


「追いかけてみましょう」


 お母様はおっしゃった。判断する時に噂を混ぜないようになさい、と。この両目できちんと見届けてみせますわ!


「お嬢様、しかし……」


 難色を示すマーヤが持つ日傘の柄の部分、そしてスカートの太ももの辺りに目をやる。


「マーヤが守ってくれるのでしょう? 何かあった際にはマーヤの指示に従うわ」


「……命を賭してお守り致します」


 マーヤが頷いたのを確認して、再びラッセに目を向けると、裏通りへと入っていくところだった。私は足音が響かないように気を配りながら、路地の奥へと続いた。マーヤのようにススッと歩けたらいいのだけど。ヴェロニカの記憶の中にも、さすがにその技術はないわね……。

 先日とは違う裏通りの道。けれど、ラーシュ殿下の足は迷う様子がない。目的地が決まっているのだろうか。

 裏通りの道は表通りに比べて道幅が狭いし、舗装が行き届いておらず凸凹がある。お嬢様スタイルではどうにも歩きにくい。気取られないように等間隔を空けて歩いているものの、気をつけないとすぐに見失ってしまいそうだ。

 ただ、やはり、と納得する部分もある。

 ヴェロニカの記憶には王都の地図が入っている。この十二年で変わってしまった部分も多いので、今となっては完全ではないのだけど、それでもこの道の辿り着く先というのは見えてくる。

 裏通りには貴族の利用しない商店や宿も並ぶ。比較的値段も安いので、裕福ではない騎士たちも利用することは多い。新兵の見回りのルートにも入っているだろう。

 そんな中の一軒が、王城の隠し通路の出口を担っているのだ。

 そう、この通りを抜けると――。


「お嬢様」


 一歩、通りからはみ出た瞬間、マーヤの抑えた声がした。左腕でかばうように抱きしめられ、そして頭上で硬い金属の音が響いた。見上げれば、日傘の柄が割れてむき出しになった細身のナイフが、その倍はあるだろう剣身を受け止めていた。


「何奴だ」


 剣を引いて離れた男が、低い声を放つ。マーヤは何も答えずに、じっと見定める。


 けれど、私は思わず声を発してしまっていた。


「アー……ラッセの叔父様?」


 アードルフなんて口走っちゃったら、ますます疑惑の目を向けられてしまうわ。まだ名乗り合っていないのだから。

 裏通りを抜けて出てきた私たちを見たアードルフの顔にも、戸惑いが浮かぶ。


「先日の……?」


 ここで敵意はありません、と言ったところで信じてもらえるだろうか。傷の手当てをしたのも接触するためのものと判断されてしまいそうだわ。

 周囲のざわめきも手早く収拾すべきよね。ちらりと周囲に視線を配れば、誰も彼もが目を合わせることなく、そそくさと離れていく。そう言えば剣戟の音が響いただろうに、悲鳴を上げる人もいなかった。表通りとは全く別の感覚の生活があるのだ。

 不意にアードルフが剣を収めた。が、鞘には手を置いたまま、私の前に跪く。間合いの詰め方には一切の隙がないように見えた。マーヤも構えの姿勢を解いたけど、緊張感は消していない。


「オリアン男爵家のご息女とお見受けする。ここには如何様な用件で?」


 ふむ。私たちが乗った馬車の家紋も確認済みということね。そして、それを隠す気もない。嘘と判断すれば間違いなく首が飛ぶだろう。ラーシュ殿下の予想外の姿に気を取られ、護衛のことを失念したのは私の落ち度だ。好奇心は身を滅ぼすものね。

 だけど、一旦は剣を収めてくれた。そっと息を整える。


「私は――」


「カロリーナ?」


「そう、カロリーナ」


 ――って、釣られて思わず名乗っちゃったけど、そうじゃない。今は弁明する時なのだ。というかこの声は?

 ちらりと目を向けると、先を歩いていたはずのラーシュ殿下がいた。

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