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そうして、わたくしは、

 わたくしの命日は近いかもしれない。

 危機感は鼓動を一つ打つ度に増していく。状況を少しでも好転させるべく、目の前で朗々と語り続ける王太子であり、わたくしの婚約者であるレオナルド様をまっすぐに見定める。

 うん、憎らしいくらいに自信たっぷりの顔をしている。鮮やかなプラチナブロンドの髪が陽の光を受けてきらめく。王族らしく繊細かつ豪奢な純白のジャケットを羽織る均整の取れた体躯は、次期王の風格を感じさせる。

 しかし、その美丈夫の口は、ひどく醜悪で下品だ。


 曰く、わたくし、ヴェロニカは稀代の悪女らしい。


 平民上がりの庶子で男爵家の令嬢となったアンナさんを、それはもう毎日毎日来る日も来る日もいじめ抜いたらしい。

 貴族だけでなく騎士や裕福な平民も通う学園で、教科書を破き、水をぶっかけ、用具室に閉じ込め、食事に虫の死骸を入れ、腐ったお茶を飲まそうとし、更には階段から突き落とした、らしい。

 らしい、というのは全く身に覚えのないことだからだ。

 しかし、レオナルド様は確信している様子だし、取り巻きの男子生徒達も大きく頷いている。宰相と騎士団長の子息達に加えて国内有数の商会の次男の方、生徒達に人気の教師までいる。その男性方に守られるようにして、件のアンナさんがいる訳だが、確かにスカートから覗く左足首には包帯が巻かれているし、怪我は負われているようだ。表情も憔悴が見て取れて、可愛らしい顔立ちと相まって、大変庇護欲をそそられる。


「――よって、ヴェロニカ嬢は未来の国母たる資格はないと判断し、ここに婚約の破棄を宣言する!」


 一際大きな声が、辺り一面に響く。新緑眩しい、爽やかな初夏の風が吹くガーデンパーティーの会場とは不釣り合いな、鋭利な声。厳しい眼差しに不敵な笑みまで浮かべられる。


 さて、どうしたものでしょう。


 辺りに視線をさっと配れば、いつの間にやらわたくしのそばには誰もいない。円周上にできた人垣に囲まれている。まるで周囲も一緒になって断罪しているよう。まぁ、突然の出来事の成り行きを見守っているという方が正しいのだろう。王族と高位貴族の会話を遮らぬよう場所を開けたら、予想外の会話が始まって困惑している表情が見て取れる。

 とはいえ、どれだけの人がわたくしの味方をしてくれるだろうか。王家に次ぐ地位である公爵家と言えども、一臣下であることに変わりはない。

 けれど、公爵家なのである。その家に生まれた娘が、アンナさんのことを気に入らなかったとして、家格の劣る男爵家に対して手間暇だけかかって大した成果の得られないみみっちいことをすると、本気で思われているのだろうか?

 いや、階段から突き落とすのは暴力行為だし、立派な犯罪だけど、それを犯すメリットがわたくしに何一つないことには変わりない。


 はっきり言って愚弄しすぎでは?


 宰相家や騎士団長家の家庭教師の質も気になるところだ。明らかにおかしいのにレオナルド様に注進することなく、ただ頷いているだけなんて、将来の国政が心配になる。

 王家の教育の質に関しては……わたくし自身が妃教育を受けてきた日々を思えば、かなり厳しいはずなのだけど。

 もしかしてレオナルド様って……いやいや、そんなこと考えるのは不敬よ。

 とにもかくにも今の状況を脱する必要がある。


「レオナルド様」


「名前を呼ぶでない! 汚らわしい!」


「……王太子殿下、此度の婚約破棄申し立ての理由の数々、確証はおありなのでしょうか?」


 レオナルド様の形の良い眉がぴくりと動く。


「その不遜な態度、忌々しい。全てはアンナ嬢から聞いている。間違いはない」


「それでは――」


 証拠にならないでしょう、と言いかけた時だった。

 突然、アンナさんが口を押さえてうずくまった。


「アンナ! 大丈夫か!」


 レオナルド様が叫ぶように声をかけ、二言三言、小声でやり取りをしたと思ったら、ふわりと横抱きにし、宮殿内に足早に去っていってしまった。アンナさんを囲んでいた男性陣を引き連れて。

 パーティー会場に残されたわたくし達は、訳が分からずお互いに顔を見合わせてしまう。


「今のは何だったのでしょう?」


「何かの催し……なのでしょうか?」


 当事者として唯一残ったわたくしに尋ねられるけど、わたくしだって分からない。これでパーティーが盛り上がると考えていらっしゃるなら、レオナルド様は悪趣味すぎるとしか言えない。

 主催であるはずのレオナルド様も、段取りを知っているはずの方々もいなくなってしまい、わたくしが取り仕切ってお開きとした。婚約破棄の宣告を受けたものの、まだ婚約者なのだから仕方ない。元首たる陛下が証人となって締結された国家の契約である婚約を、例え王太子であったとしても口頭で破棄など不可能なのだから。婚約破棄にしろ婚約解消にしろ、いくつもの手続きが必要になる。


 気遣わし気な瞳をいくつも見送って、王宮の侍女たちに会場の後始末を任せれば、先ほどのことについて頭が回りだす。

 おそらく侍従によって陛下と妃殿下の耳には、事の顛末がすでに届いているだろう。それでも呼び出しがかからないのなら、今は待機ということなのだ。できれば一刻でも早く相談をしたいけれど……。本日のお二方のスケジュールを思い返せば、明日以降に改めてお伺いを立てるしかないだろう。

 まずは公爵邸に帰って両親と今後について話し合おう。

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