萌芽3
「今のは……」
「いや、気にしなくて良い」
「しかし、顔色が悪い。どこかで休んだ方が」
「余計なお世話だ」
俺は彼の手を振り払う。穢れなど知らない、美しい手。俺が触ってはいけないものなのだと悟る。
気まずい空気が流れる。今更、取り繕えない。仮面が崩れていく音がする。ああ、外れてしまう。シナノとホウショウといた時は、どういう顔をしていただろうか。無理に笑顔を作ろうとしても、上手くいかない。
俺は内心、焦っていた。笑わなければいけない。隠さなければいけない。何を。何の為に。もう、忘れてしまった。どうでも良くなってしまった。
「で、その話がどうした」
俺は半ば投げやりに聞いた。
「……私には不思議な力がある。なぜ、この力を持ってしまったのか。生まれつきのものではないはずなのだ。いつの頃からか、力を使えるようになってしまった。それを知った皇帝は私を恐れた。それが太陽の神様の呪いではないかと」
それこそ、馬鹿げていると思った。太陽の神様が呪うのならば、その時に人間を呪っていただろう。なぜ、今になってその呪いが発動するのだ。加えて、呪いというのはある種の契約だ。強力で、一生離れない縛り。だから、呪いは生まれ持っていなければいけない。
「今の皇帝は少々臆病なのです」
俺の考えていることを察したのか、女の人がそう答えた。皇帝に対して、あまり良い感情を持っていないようだ。
「私は第三皇子だ。あまり、立ち位置は強くない。さらに、呪いの子だと、多くの人に疎まれてもいる。それでも、この国を変えたい。闇を隠さず、向き合える国にしたいのだ」
「そんなの夢物語だ」
俺は彼の言葉を否定したかった。無知な彼のいい加減な言葉が、俺の心を殺す。その言葉は偽善だ。現実的な話だとは思えなかった。
世界を恨みながら一人の人間が死んだ。それでも、世界は普通に廻っていく。日常が周りに広がっている。皆、今まで目を背けてきた。それを変えることは難しい。どれだけ、訴えようとも、どれだけ、叫ぼうとも、呆れたため息が返ってくる。それが、世の常なのだと、俺は知っている。もう、あんな惨めな思いはしたくなかった。
「私も、いや、俺もそう思う」
そう言って、彼は笑った。
「それでも、夢という道標がなければ、進む道も分からない。それが間違っていると分かっているにも関わらず、何もしないのは、俺自身が納得していないんだ。この国がこのままの状態だと、多くの罪なき民が命を落とすことになる。誰かが、立ち上がらないと、誰かが、変えないと、最悪がいつまでも続くことになる。それはどうしても、避けたいんだ」
チュウヨウの瞳は爛々と輝く。その瞳には、たくさんの複雑な感情が宿っている気がした。
チュウヨウが王座に着く姿を想像した。民を導く心優しい王。チュウヨウが皇帝になれば、この国も少しは住みやすくなるかもしれない。もう、これで最後だ。その言葉を、その瞳を信じてみても良いのだ。自分に言い聞かせる。自分に言い聞かせて、それで、
「分かった」
俺は無意識に頷いていた。このどうしようもない世界が少しでも、生きやすいように。あの赤い太陽に恥じぬ国になって欲しい。俺の願いは膨らんで消えた。
俺は善意でチュウヨウに声をかけたのではない。これは俺の気持ちを晴らすものでしかない。徐々に、罪が重なっていっているような気がした。罪悪感が俺を押しつぶす。大丈夫。もう少しで、終わりにするから。大丈夫、大丈夫だから。
その言葉が、延々と心の中に落ちていく。




