萌芽2
俺がこの国について、知っていることはあまりない。一時期、世界情勢について調べることはあったが、国の細々としたものにはあまり、興味を示すことが出来なかった。加えて、旅をする上では、余計な知識が邪魔になる場面もあるのだ。だから、俺は敢えて、無知だった。
その男の話は、まるでお伽噺のようだった。俺が生まれた国はもっと生々しく、現実的だ。しかし、この国には夢のような物語があった。
これは古より語り継がれし物語。
太陽が白とも、透明ともつかない、神々しい光を放っていた時。その暖かさは平等に降り注ぎ、人々に多くの恵みをもたらしていた時。夜には“月”と言われる、星よりもうんと大きな光が存在した。それは静かな夜に、人々の心を潤わす。謙虚で、慎ましい。それは、人々の理想になった。
太陽には慈悲深い神様が、月には物静かな神様がいるとされてきた。人々は毎日、太陽と月に頭を下げては、感謝を述べていた。
しかし、どれ程頭を下げようとも、どれ程憧れようとも、人間は太陽になれない。月にはなれない。ある時、一人の人間が略奪を覚えた。それはいつから始まったのだろう。先が見えない。赤く染まった歴史。人々の争いが激化していく。何を求めたのか。何が大切だったのか。人間は忘れてしまった。
その状況に怒りを覚えたのは太陽の神様だった。人間が太陽の人格を変えていく。太陽の神様はその怒りで、徐々に紅に染まっていった。それは誰のせいか。その状況を深く悲しんだのは月の神様だった。穢れた人間の叫び声が、身体に流れ込んでくる。月の神様は耳を塞いだ。もう止めて欲しい。それで何が得られるのか。月の神様の涙が地上へと降り注ぐ。それは後に、“雨”と呼ばれるもの。恵みの雨だ。月の神様は一日中、泣いていた。やがて、泣き疲れた月の神様は深い眠りについた。月は消失した。太陽の神様は一番、そのことを悲しんだが、仕方のないことだとため息を漏らす。
月の神様の悲しみに、ようやく、人間たちが気づき始めた。上を見上げれば、冷たい雫が降り注ぐ。それを見た人間たちは、武器を下ろした。しかし、争いは今後も避けられない。それが人間である所以だからだ。人々は話し合った。
そうして、法治国家エンパイア王国が誕生した。人々は紅蓮の太陽を胸に、今後、争わないことを誓った。多くの血が流れ、多くの命が散っていった。争いは何も生まない。一人の人間を国の頂点に据え、法に従う国が誕生した。
その男の話は初めて聞く話だった。『エンパイア王国創立書』という国の創立から今までの歴史が記されている書物にも書かれている話らしい。
馬鹿馬鹿しい。争いは今でも続いている。今まで、俺が見た光景は何だったのだろうか。辺境の地に追いやられた弱者が屍になり、モノになり、地に還っていった。それは争いではないのだろうか。誰かの作為的な力を感じる。歴史は繰り返す。闇に隠された部分が国を覆いつくそうとしている。背筋が寒くなる。
「で、何で俺にそれを」
「……俺は君を信じている。いや、これもきっと君にとっては薄く、本当の意味で信頼は出来ないのだろう。だが、これから言うことだけは信じて欲しい」
そう前置きした上で、彼は言った。
「私の名前はチュウヨウ=エンパイア。この国の第三皇子だ」
彼は、チュウヨウはゆっくりと、フードを取る。
そこに現れたのは奇麗な金。端正な顔立ちに、漆黒の瞳が映える。
ドクン
その瞬間。心臓が大きく波打つ。ああ、まただ。これは。燃えるように熱い。古傷も真っ赤に光る。前は気を失うほどの痛みが伴った。しかし、どうやら、俺の身体はこの痛みに慣れてしまったらしい。歯を食いしばれば、どうってことない。
前を見ると、チュウヨウが目を見開いている。こいつとは付き合いが長くなりそうだということを理解した。ああ、また出会ってしまった。また、深い関わりが俺を縛り付ける。




