牢2
光の粒が空に浮かんでいる。壮大で、偉大な夜の空。それが今は虚しく見える。冷たい鉄に阻まれ、小さな世界が窮屈そうにそこにあるだけ。俺が生まれた国では、夜の空は自由の象徴だった。だから、自由を求める盗賊や野生動物は夜に活動した。彼らは自分たちの自由を脅かすものなら何でも威嚇する。抗っている。一番、生というものを実感させてくれる存在だ。
今なら、彼らの気持ちが分かる気がする。いや、前から気づいていた。この狭い世界から飛び立ちたい。彼らのように、森の中を駆け回りたい。ただ、自由を取るなら、全てを捨てなくてはいけない。百か零しかない世界。その覚悟を持てる人間はこの世にどれだけいるだろうか。
鉄の隙間から空へ手を伸ばす。俺はあの空を握りつぶしたい感覚に襲われた。あれを手にしてしまえば、全てを掴める。そういう錯覚に襲われた。
後ろに人の気配がした。隠しているようだが、人間特有の不思議なにおいがする。俺は腕を静かに戻し、相手に問いかけた。
「何の用かなー?」
無言。確かに、そいつはいるはずだが、俺の質問に答える気はないらしい。
「国立軍所属第三番隊イブキであります。第三番隊隊長の命により、馳せ参じました。隊長から言伝を預かっています」
静かにそう告げるのは爽やかな好青年。丁寧に腰を折り、最低限の礼儀を見せる。気の良い青年だった。
「第三番隊副隊長ホウショウ様の仲間なら、この牢から出しても良い、とのことです」
俺は息を呑む。仲間。その言葉がどれだけ重く、熱いものか分かっているのだろうか。俺には触れることが出来ない。火傷を負ってしまう。受け止められない。
俺は咄嗟に首を振っていた。その言葉に呑み込まれないように、必死に首を振る。掌に爪が食い込んだ。
「そうですか」
急に言葉が冷めた気がした。いや、これは気のせいではない。青年の目を見ると、鋭く光っている。間違った選択をしたかもしれない。冷汗が止まらない。
「えっと」
「では、失礼致します」
少し怒気を含んだ声だった。無表情の彼が立ち去っていく。一体何だったのだろうか。
思い返せば、ホウショウと出会った時からだ。あの時から、良くも悪くも、俺の時間は進み始めた。他人との関わりが増えている。加えて、俺が知らないところで、何かが廻り始めた。理屈では説明出来ない何かが、俺たちに関与してくる。得体の知れないものに、気味の悪さを覚えていた。
再び、鉄の向こうにある星空を見る。もう、ここから見る景色は飽きた。俺は自分の力で飛び立てる。もう、自由になりたい。俺は自由を求めていた。それは何にも変えられない、かけがえのないもの。全てを賭けても良い。あの空の向こうには何が広がっているのだろう。未知の世界に心を躍らせた。心臓が大きく動き出す。想像する。この自由を奪うこの壁を俺が壊す姿を。想像する。自由にこの国を俺が駆け回る姿を。
「やっとか。まったく、仕方のない奴め。燃えろ、燃えろ、燃やせ」
鬼の声が聞こえる。無意識に掌から炎を出していた。もう、俺の瞳には、あの偉大な空しか映っていない。
手が徐々に熱くなっていく。それに比例して、痛みも酷くなっていく。しかし、俺は止めなかった。俺は誰にも止められない。誰にも縛られない。全ての力が掌に集中しているのが自分でも分かった。
刹那。
掌が赤く光り、壁を吹っ飛ばした。ガラガラと壁が崩れていく。残響が耳に残った。上を見上げると、自由がそこにあった。
全身に激痛が走る。自分でも、立っていることが不思議だった。それでも、俺は今、自分の足でこの地に立ち、あれを自分の手の中に収めようとしている。そう思うと、何とも言えない優越感が俺の中を制圧する。
俺は歩き出した。もう、誰にも止められない。俺を止める権利はない。




