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鬼の空念仏  作者: 月虎
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靄1

 身体の激痛を振り払うように、剣を一振りする。目の前の敵に集中しろ。何度も自分に言い聞かせた。痛みなど、感じる暇がないぐらいに。痛覚以外の感覚を最大限に引き出す。何度も深呼吸をし、自分を落ち着かせることに努めた。徐々に、痛みが薄れていく。これはただの応急処置にしかならない。一時的に感覚を狂わせているだけだ。恐らく、今痛みを感じない分、後からより強い痛みを感じることになるだろう。未知の相手。長く続かない自分の体力。考えれば考えるほど、自分の感情が高ぶっていくのが分かる。言いようもない気持ちが俺を支配していく。

「ああ、それで良い。楽しくなってきたな。燃えろ、燃えろ、燃えろ」

 その声が俺の脳内に刷り込まれていく。それは自分の声に似ていた。いや、あれは俺自身だ。鬼の形をしているが、実際は俺の心が具現化されているものだ。本当のところは分からない。鬼は詳しいことを話さない。だが、鬼と出会った時から今までの出来事で、徐々に確信になりつつある。

 鬼はまだ何か隠している。そいつの力を借りる。とても無謀だ。しかし、俺にとっては良かったかもしれない。信頼で成り立つ関係で疑心暗鬼になるなら、初めからその関係を壊していけば良い。俺にとってはその方が落ち着く。

 自分でも口角が上がっているのが分かった。駄目だ。笑いが止まらない。塞き止めていた感情が全て解放されているようだ。

 目の前の黒い靄の中で何かが蠢いているのが分かる。耳をすませば、鼓動の音がする。自分のものではない。ホウショウのでも、シナノのでもない。目の前から何かが誕生しようとしている。その考えに至った時、背筋が寒くなった。その感覚が俺に普通という仮面を被せる。産声を上げる前には倒した方が良さそうだ。

 俺は剣を握りなおした。よく見ると、剣から煙が出ている。自分の一部になり、自由自在に動かせる。剣の重みもあまり感じない。

俺は黒い靄に向けて、軽く剣を振った。剣が燃える。炎が噴き出し、黒い靄を燃やしていく。燃えろ、燃えろ、燃えろ。鬼と言葉が重なった気がした。

 すると突然。黒い靄の向こう側から、無数の黒い棒が伸びてくる。それらは俺たちへと攻撃を始めた。一瞬でシナノの腕を掴み、退避する。ホウショウが同時に逆方向へ飛び退くのを視界の端に捉えた。ホウショウについては心配していない。武力だけだったら、俺だって叶わない。その後、土煙が視界を奪う。それに乗じて、俺は木の影へと隠れた。

シナノの様子を確認してみたが、命に別状はないようだ。肌で息をしているのを感じる。

 俺がいつから気を失っていたのかにもよるが、あまりにも目を覚ますのが遅い気がする。何かの特殊な術だろうか。術についての本をもう少し詳しく読んでおくべきだったと後悔する。敵が見世物小屋の店主ということならば、他にも術を使っている可能性がある。こうなってくると、どこまでが現実でどこまでが敵の術なのか分からなくなってくる。もしかしたら、今も敵に見せられている偽りの現実かもしれない。厄介な相手だ。もう集中も切れそうだ。集中が切れたら、俺は動けなくなる。癪だが、あの敵を倒すには鬼の力が必須だ。

 苦しそうに眉を顰めるシナノの頭を撫でながら、俺は敵を見る。先程よりも鼓動の音が大きくなっている。もうすぐ羽化してしまう。いや、羽化している時が狙い目かもしれない。例外を除いて、生物の大半は子孫を残すために番う。つまり、その子が大切なはずだ。誰の意志かは分からないが、この攻撃もそういうことだろう。だから、他の生物のように、羽化の瞬間は隙が出来るはずだ。敵の実態が分からない。俺の憶測でしかない。だが、羽化した後の方が怖い。

 ホウショウはどうしているだろうか。無事は確認したが、どこにいるか気配を追えない。可笑しい。闘う時はいつも一人だった。だから、ただ倒すことに集中すれば良かった。煩わしいはずなのに、なぜ、俺はホウショウの心配をしているのだろう。心配?本当にこれが?自分の心が分からなくなってきた。

 さらに大きな鼓動が聞こえてくる。意識を向こうに戻す。

 ドクン、ドクン、ドクン。

 それは森中に響き渡る勢いだった。空気、草木、地面。自然を揺らしていく。そこに、小さく何かが割れる音が聞こえた。誰かの意志が働いているのか、それはとても小さく、まるで隠されているようだった。

 俺は剣を持ち直す。もう少しだけ、もう少しだけ、この剣を振る力を。心の中が燃えていくのが分かった。炎の草原に一人佇む青年がいた。そいつの目には涙。そいつの口には笑み。分かっている。俺はお前で、お前は俺。それは一種の脅迫だと思った。その青年はよく見れば、角を持っている。俺はお前から一生逃げられない。その目がそう言っている気がした。

 俺は咆哮する。全ての雑念を振り払う。敵へ向かっていく。鬼の笑い声が耳の奥に響いた。醜い気持ちが俺の中に渦巻いている。

 なぜ、闘うのか。自分の為にもならないのに。置いて逃げれば良い。本当は裏切りたがっている。お前は弱虫で役立たず。あいつらを刺すのも良いかもしれない。それはきっと楽しい。自分本位で良いじゃないか。人間皆そうなのだから。

 俺は歯を食いしばり、必死に敵へ走っていく。鬼が言っていた。あの業火は俺自身の欲の形だと。ようやくその言葉の真の意味をこの身を持って知れた。それでも、俺は自分に抗いたい。この闘いなど、最初から意味のないものだ。ホウショウの言葉を信じた時から。俺は足を止めることなく、敵へと飛び込んでいく。


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