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鬼の空念仏  作者: 月虎
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奇跡1

 正面には大きな階段があり、そこへ真っ赤なカーペットが敷かれている。内装は外装ほど、古びていないように思う。左右の壁にあるいくつかのランプには火が灯っていた。やはり、目の前の老婆は術者だろうか。何もせず、一気にランプの火を灯したように見えた。そういった芸当は術者だけに許されているもの。

 ホウショウを見ると、腰につけた剣に手をかけているのが分かった。老婆の血が飛び散るのを想像する。時期尚早だと思うが、ホウショウならやりかねない。ホウショウと剣を交えた時のことを思い出す。あれは敵だと判断したら迷いなく切る奴の目だ。

 俺はホウショウの肩を掴もうとする。

「ここは見世物小屋だよ。ここには色んなお客さんが来る。訳アリのお嬢ちゃんに、異常な愛を述べる夫婦、親を平気で殺す殺人鬼に、血だらけの獣まで。どうだい、楽しくなったかい」

 終始、老婆は愛らしくもあり、気味悪くもある笑顔を向けていた。老婆の顔が分からなくなる。靄に包まれ、老婆という人格でさえ、消え入りそうになっている。

 ホウショウが剣から手を離すのが分かった。ホウショウの表情は分からない。どういう気持ちであの老婆を見ているのだろうか。

「どういう意味」

 シナノが声を出す。シナノは純粋だ。まだ穢れなき心。羨ましくもあり、妬ましくもある。だが、守ると決めた。恐怖で震えているシナノの肩を優しく撫でる。段々と、震えが落ち着いていく。

「なに、意味なんてないさ。こういうとこに意味なんか求めちゃ駄目だよ。ここは見世物小屋。人の心を惹きつける場所さ。どうだい、興味が湧いてきただろう。見ていくかい」

「ああ」

 即答だった。ホウショウの迷いなき声に、驚きを隠せない。シナノの瞳が不安そうに揺れるのが分かった。

「ホウショウ?」

「悪い」

 一応、申し訳ないという気持ちはあるらしい。ホウショウは短くそう答えると、老婆の元へと歩き出した。ホウショウが手の届かないところへ行ってしまうような気がした。その先は見えない。名も知らない地へと落ちていく。ホウショウという存在が俺の中から消えてゆく。

 気がついたら、真新しい扉の前にいた。

「ここから先にお前さんたちを楽しませるものがある。夢か、現実か。迷いのある世界へようこそ」

 老婆がゆっくりと扉を開ける。

 そこにはたくさんの檻が並んでいる。形容しがたい不気味な呻き声が底から湧き上がってくる。鉄がぶつかる音が幾度となく繰り返されていた。

 意を決したように歩を進める。

 最初に目に映ったのは、獣の足だった。目線を上にすると、肌色が見える。信じたくはなかった。どこかでそういう生き物の作り話は聞いたことがあったが、本当に存在するとは思いたくなかった。一瞬、目を逸らしそうになる。だが、俺は変わらず、そいつの姿を見続けた。自分の目に、記憶に、焼き付けるように見続けていた。

「ケンタウロス」

 シナノの呟きが聞こえる。どうやら、シナノも知っていたらしい。

 横たわるケンタウロスが瞼を開け、こちらを見た。その目に心臓が飛び出そうだった。血が沸騰するように熱い。諦め、憎しみ、恐怖。様々な感情が湧き上がってくる。あのケンタウロスの気持ちが入ってくるようだ。自分の手首を強く握るが、震えは止まらない。知らない内に、俺の瞳から生暖かいものが流れ落ちている。

 ケンタウロスは二度と走れない。獣の足に括りつけられた鎖に虚しくなる。俺が見た物語の中のケンタウロスはとても強く、逞しく、そして早かった。あの広い草原をこのケンタウロスは走ることも叶わないのか。

 能力を持っているのに、それを使うことが出来ないのか。嫉妬というどす黒い感情が渦巻いている。どれだけ、憎んでも良い。俺も同じだ。憎しみは中々消えるものではない。どれだけ奥に隠そうとも、消えてなくなりはしない。だが、諦めて欲しくはなかった。こんなに立派な足があるお前に、あんなに早く走れるお前に、誰がついていくことが出来るのだろうか。経緯も過去もそんなものはどうでも良かった。もし、あの時、お前のように早く走れる足があったならチヨダを助けることが出来たのだろうか。

 八つ当たりだということは分かっていた。だが、足を封じられたケンタウロスを見て、怒りにも似た感情が俺の中で爆発しそうだったのは確かだ。

 どうにか、深呼吸をして心を静めるように努めた。

「禁術か」

「さあ、どうかね」

 俺が聞くと、音もなく現れた老婆はたった一言、そう言った。その声はどこか悲しそうだった。

 未だ、老婆の輪郭がはっきりしない。不思議と、老婆が愛らしい少女に見えてくる時がる。ある時は魅力的な大人の女性、ある時は老婆、またある時は逞しい男性。様々な姿が露になっていく。

 老婆が先を促す。本当にこの先に行ってしまって良いのだろうか。俺はこの奇妙な空間に呑み込まれそうだった。俺が俺ではなくなっていく感覚がした。視界が揺れだす。


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