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鬼の空念仏  作者: 月虎
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出会い1

昨日に引き続きの更新です。

まだ始めたばかりなので、不安と緊張の中で執筆しています。

多くの人に面白いと思っていただけるように頑張っていきたいと思います。

 雑草の擦り合う音。カラスの乾いた鳴き声。何かの転がる音。突き刺すような風の音。

 ここはずっとこんな調子だ。人の気配は愚か、何かが生きていた痕跡さえ消えようとしている。誰からも忘れ去られた土地。だが、物思いにふけるにはちょうど良い場所だ。

 葉をつけ忘れたのか、それともつけることも出来ないのか。寂しくなった木の幹付近へと座る。周りを見渡しても変わらない景色がずっと続いているだけだった。建物はいつくかあったが、原形をとどめていないものがほとんどである。きっと人が住むことはできない。豊かな緑もなければ、腹を満たす食料も見当たらない。本当にここは生きる環境が整っていない。だが、どうしてもここで暮らさなければいけない人もいるだろう。様々な事情で追い出され、当てもなくここへ辿り着いてしまった人々。まあ、自由に旅する俺には関係のないことだが。そう思いつつも、今まで見てきたものに思いをはせてしまう。骨が浮き出て干上がった肌に、何も感じていないようなあの顔。

ここは地獄か。そう強く思うのは、ここに来る前に見たあの豪華で煌びやかな風景のせいだろう。街は活気にあふれ、人々の笑顔が絶えない。加えて、みすぼらしい格好のものは一人もいなかった。細い路地裏や下水道を通ってみたが、やはり結果は同じ。違和感を感じていた。こんなにはっきりと、貧富の差がない国など存在するのだろうかと。しかし、なるほど。見られたくないものは国の末端に捨て去る。だんだんとこの国の性質が分かってきたような気がした。

「どこも同じか」

思わずそう呟く。

ここの人たちの地面に倒れ伏している姿が昔の自分の姿と重なる。いや、俺は違う。俺はあのころとは違う。力もなく、身動きができなかったあのころとは。

かすかな足跡と金属音に思考が一時停止する。明らかに音がこちらに近づいてきていた。面倒ごとは好まない。俺が早くこの場を去ろうと腰を上げた瞬間。背中に力ない振動が伝わってきた。足元を見ると、中くらいの石ころが転がっている。分かってはいたが、石ころが飛んできた場所に立つ者を俺は睨みつけた。

「何の用」

「…み、ず。もう、だめ。……たべも、の、み……ず」

 鉄で自由を奪われた哀れな奴はぶつぶつと何かを呟いている。石を投げつけた俺には見向きもせず、ただひたすら地面を見つめながら呪文を唱えている。しびれを切らした俺がそいつに近づこうとした時、そいつの目玉がぎょろりと動いた。突飛な動きに、俺は思わず足を引いた。刹那、腰に差した黒い剣に手をかける。だがすぐに、力を抜いた。表情筋が緩むのが分かる。

 感じるのは明らかな敵意。そして執念にも近い、生きたいという「欲」。俺はあの目に弱い。全力で生きたがってるあの目に。どんな手を使ってでも生きてやるという強い意志が感じられるあの目に。

「ほら」

 俺は思わず、腰につけていた水の入ったボトルと、干し肉をそいつの足元に放り投げた。そいつの目がボトルと干し肉に染まるのにそんなに時間はかからなかった。人目もはばからず、がっつく奴に笑いが止まらなくなる。

体裁も世間体も建前みたいなもの全て、俺とこいつの間には無意味だと思えた。

「なに」

 こちらをじっと見つめてくる目に俺は投げやりに答えた。どうやら、一通り気が済んだらしい。始めてこちらを認識したような顔に少し居心地の悪さを感じた。

「……ありあと」

 それは聞こえるか聞こえないかの声だったが、耳の良い俺には聞こえてしまっていた。感謝、か。一気に心が冷えていくのを感じた。俺はそんなもの必要としていなかった。寧ろ、俺は憎まれたかった。

この世は無情だ。理不尽だ、何だと言っても、それがなくなるわけではない。罪もない子供が奴隷として働かされ、腹が真っ黒な大人は嫌なものに蓋をするように、贅沢三昧。それが罷り通る世の中だからこそ、恐ろしい。恐ろしい、が、自分の手で掴んだ世界とは何とも魅惑的だろうか。

俺が求めたのは闘志にも似た感情。人を蹴落としてでも這って立ち上がるという人としての強さだ。

「食べたらさっさと行け」

 俺は力なくそう呟いた。そいつはこちらの様子を窺うように暫くの間俺の顔を見つめていた。しかし、すぐに興味をなくしたようにボトルと残った干し肉を両手に抱え、向こうへ走っていった。

 虚しいな。そいつのぼろぼろの背中を見ながら俺はそう思った。何でもない出会いだ。きっと時間がたてばあいつは俺の存在を忘れていくだろう。顔の細部は思い出せず、会話も朧げになっていく。そういえばそういう奴がいたなとしか認識できない。当たり前だ。俺も同じ。だが、それが特に虚しく感じた。たくさんの薄い出会いが俺という存在も薄くしてしまうような気がした。

 まるで空に浮かぶ雲を掴むようなものだな。きっとこの思考に意味はないのだろうけど、考えずにはいられない。


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