タバコの煙と無益な人生
これは朝が「明ける」までの物語
幽霊の体温って何度か知ってるーー?
死んだらどこに行くの?生まれ変わるにはどうしたらいいの?死後の世界って本当にあるの?
幽霊っているの?いるのならなにに未練があるの、何を伝えたいの?誰に伝えたいの?
そして、なにをーーあなたはやり直したかったの?
私ーー朝倉アサは人生というものに絶望した。
街行く人は皆笑顔に見えるが、何が楽しいというのか。
毎晩バイトに出て、朝に帰ってきて昼に寝る。その繰り返しを精神が摩耗して、うすっぺらくなるまで繰り返して、やっと終着点に辿り着いた。
この薄っぺらい精神が人生というのならば、私の人生はいわゆる薄っぺらいものだったのだろう。友達も居らず高校を出て一人暮らしを始めてもう四年。父は早くして死に母は早々に男を作って私の事など気にもかけていないようだった。毎日電気の消えた家に帰り、外面で街にお金を貰いに行く。つづけていけるほど私の精神は図太いものではなかった。
マンションの屋上から見える景色はいつも綺麗だ。この光の数だけ存在が許されている人生が、精神があるのだ。
「優しくない。」ひとり口に出してしまうほど私にとっては優しくない街。暮らしていくしかない街。ゴールがないまま大事なものもできないままこの東京で四年を過ごした。
今夜死ぬ。あとこの足を二、三歩ふみだせばすぐにバイバイできる。それが私の終着点。執着もないのにそれができないまま三本目のタバコに火をつけた。買ってきた缶コーヒーはもう冷たい。私の人生は何もないはずなのに、なにがここまで縛りつけるのか。わからないまま明日も出勤しなきゃななんて考えて、もう出勤したくないななんて考えて、ひとりで勝手に擦り減っていく。
人生で初めて大きい決断をした。人に流されるままだった私が初めて。光の向こう側にいる人の意見なんて私には届かない。だれも人生の生き方なんて教えてくれなかった。私はこの街で、手探りに生き抜いてきた。誰にも文句は言わせない。私は今日自殺する。絶対に、絶対に。
別に男に振られたとか借金があるだとか、そんなドラマみたいな話じゃない。人から見たらくだらないような何にもならない理由で私は自殺するんだ。
高知の田舎で生まれた私は、不自由なく幼少期を過ごした。幼い頃から冷めた子だった私は、父を亡くしたのもあまり覚えていないし物心つく頃にはいないことなんて当たり前だと思っていた。母の彼氏は嫌いだったが、まぁ向こうだって私の事など愛してもいなかっただろう。それは母だって同じこと。だから私は高校卒業と同時に家を出て東京に来た。東京には夢があるーー今にしてみればわからない田舎特有の憧れにつられて、私は上京した。成した事なんて半年で辞めた会社でセクハラされた事、キャバクラで同僚にいじめられた事、合コンで笑い物にされた事、あとは今のくだらないコンビニの夜勤だけだ。
人の役になど立たない人生だった。また、だれかが私の人生の役に立ったこともない。タバコの煙が目に染みて、だから私は決断した。
タバコの火を消して、伸びをして、足を一歩踏み出して、心を落ち着かせた。
もう一歩。下にはタクシーが停まっている。このマンションの住人だろう。カップルでムカついたから吸い殻を下に投げてやった。ほろ酔いで楽しそうなその人生にトラウマを植え付けてやる。
私は当たり前に、道があるように、夜に落ちていった。