4.ミスズ・カマクラ
少女は黒い覆面をしていた。
しかし、不敵な笑みを浮かべているのは微かに見える目元で分かる。赤の瞳を怪しく輝かせ、後ろで一つに結われた長い金の髪をなびかせていた。
身にまとうのは独特の黒装束。伝え聞くところによる、東方に住まう部族のそれであろうか。全身を覆っているにも関わらず、どこか身軽そうな印象を受けた。
「キミは……?」
オレは予想だにしない、小さな刺客の出現に少し動揺する。
荷馬車から降りて剣を正面に構える――が、何故か意味感があった。
その正体は分からない。もしかすると、気持ちの乱れがそう思わせるのかもしれない。オレは気持ちをどうにか切り替えて、前を見据えた。
「儂はそこのエルフ――いいや、正確には違うか。なに、貴様には関係ないな」
「――――――っ!?」
――直後。
そんな言葉を残し、少女は姿を消した。
本当に、一瞬の出来事。次に聞こえたのは、アリエルの悲鳴だった。
「きゃあああああああああああああああああっ!?」
「――アリエルっ!」
振り返るとそこには、自身よりも大きなアリエルを軽々と抱える少女の姿。
必死に暴れるエルフの少女であるが、力の差が大きいらしい。黒装束の少女の拘束を振り解くことはできなかった。それどころか、だんだんと力を失い……。
「……アリエル?」
彼女は、ピクリとも動かなくなった。
こちらの呼びかけにも応じない。ぐったりと、黒装束の少女に抱えられていた。
いったい何が起きたというのか。オレは目元を細める敵を睨みつけた。するとそいつは口元に人差し指を持って行き、しーっっと、小馬鹿にするような仕草。
「心配するでない、死んではおらぬ。死なれても困るからな」
「どういう、ことだ……?」
オレは少女の言葉に首を傾げた。
しかし、その問いかけに相手が答えるはずはない。
「くくくっ」という小さな笑い声を発したかと思えば、再び――。
◆
――姿が掻き消えた。
オレは周囲を見渡すが、残っているのは荷馬車とレイに、ハルトさん。
何が起きたのか分からない。ただ、たしかなのはアリエルが連れ去られてしまったということだけ。何も出来ずに、まったく抵抗も出来ずに。
『アリエル……っ!?』
響くのはむなしい声だけ。
そして、その未来の行く末にあったのは……。
◆◇◆
……焼け野原だった。
分かるのはこれが、すべて終わってしまった未来、ということ。
生命はなくなり、誰もいなくなり、残ったのはオレと、そして――。
◆
「――――――っ!?」
オレは瞬間のめまいを覚えたが、それを振り払って駆けた。
書き換える、すぐに書き換える。最後まで見届けることが出来ないほどに凄惨な光景だった。そんな未来が待っているなら、それは間違いだ。
ならば、オレがそれを――。
「『未来操作』……っ!」
――変えてやる!
まずは、アリエルを救い出す。その未来へ!
「なに……?」
困惑の声を発したのは黒装束の少女だった。
何故なら姿を消す直前、その腕の中にアリエルの姿がなかったのだから。
エルフの少女はこちらに。すでに、オレの腕の中にすっぽりと収まっていた。
「ほう、貴様――なかなかやるな?」
感嘆の声を上げる少女。
そこに至って、彼女はオレに対する認識を改めたらしい。
値踏みするようにこちらを見て、何度かうなずいた。そして、
「貴様、名を何という?」
そう訊いてくる。
どこからかナイフのような、しかし黒い鉄塊のような刃物を取り出しながら。臨戦態勢、というところか。どうやらやっと、倒すべき相手と思われたらしい。
でもオレは、素直に答えはしない。
「そういう時は、自分から名乗るものじゃないのか?」
「ほほう。言うではないか、小童が」
アリエルを安全なところに寝かせながら返す。
すると少女は覆面を外し、その幼い顔を晒しながら名乗った。
「儂の名は、ミスズ・カマクラだ。せめて短い時間だけでも憶えておくと良い」
ミスズは、そのナイフのようなモノを構える。
オレも呼応するように剣を正面に。
「オレは――オリベル」
「オリベルか。憶えておこうではないか」
風が舞った。
そして、それが止んだ瞬間に――。
――この闘いの未来は、動き始める。




