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3.接敵







 オレの『未来操作』でも、アリエルの望みは叶えられなかった。

 母親との再会の未来が見えない。その謎は、そのままこの能力の謎となった。


「…………ふむ」

「どうしたのですか? オリベルさん」


 顎に手を当てて考え込む。

 この能力でも、変えられない未来がある、ということだろうか。いいや、そう考えるのはまだ早いと、そう思われた。まだこの能力は未知数なのだから。

 しかし、そうなるとどうやって確かめるのが良いだろうか――。


「――オリベルさんっ!」

「おわっ! アリエル!? どうした、突然……」

「す、すみません。でも突然じゃないです。私、オリベルさんのこと、何回も呼んでました。それなのに、なにか悩んでいる様子でしたので……」

「え、そうだったの? ごめん、気付かなかった」


 と、そうしていると。

 隣にいたはずのアリエルが、こちらを覗き込んでいた。

 ガタゴトと揺れる荷馬車の上で、彼女の蒼の瞳も揺れている。風になびく銀色の髪は、日差しを浴びて輝いているようにも思われた。


「ていうか、『さん』は付けなくてもいいって、何回も言ってるのに……」


 オレはそこでふと、アリエルの言葉遣いを思い出す。

 一緒に旅をすることになった以上、互いに『さん』付けはやめよう。そう約束したのだが、どうにもまだまだエルフの少女は慣れていないらしく……。


「あ、すみません。その……私にはまだ、難しいです……」

「……そっか」


 そう言って、縮こまってしまった。

 まぁ、この辺りは無理強いしても意味がないだろう。

 アリエルのタイミング、気持ちを尊重することにした。そんなわけで、それ以上追及することはせずにこちらは周囲の確認をする。


「周囲に魔物の気配はなし、と……」


 静かにオレは、そう口にした。

 テディアを離れて新しい街を目指すため、引き受けた行商人の護衛。揺れる荷馬車の後方に乗って、オレたちは大平原を進んでいた。


 ちなみに、この依頼を受ける際に『未来操作』は使用していない。

 あれはその効果からして破格な能力だ。知らぬところでデメリットがあってもおかしくはない。そのため普段使いするのは控え、自分で考えて行動することにしたのであった。


「それにしても、この平原は平和だな。魔物が頻繁に出るって噂だったのに、今のところそれっぽい影すら見えてこない」

「私たちの運が良かった、ということでしょうか」

「さぁ、どうなんだろ」


 アリエルとそんな世間話をしつつ、周囲への警戒は怠らない。

 さて。そうしていると、声をかけてくる人物があった。


「うん! 快調、快調! お二人は、幸運の客人かなぁ?」

「あぁ、誰かと思えばレイさんか」


 その声の主は商人の娘――レイ。

 長めの赤髪をお下げにした少女だった。まだ10余歳という年齢にしては、不相応に大人びた口調をする。くりっとした円らな茶色の瞳は、まるでリスのよう。外見に関しては年相応なのだ。

 そんな彼女は、オレとアリエルの間に飛び込んできて笑った。


「オリベル? キミこそ『さん』付けは必要ないんだよ、分かった?」

「あ、あぁ……そうだったな。ごめん、レイ」

「分かればよろしい!」


 言ってレイは、手に持っていたパンを頬張る。

 そして今度はアリエルの方を見て、こんなことを言うのであった。


「アリエルも、これくらい言わなきゃ。関係は進展しないよ!」

「ふぇっ……! か、関係、って……!?」

「ぶふっ!」


 吹き出したのはオレの方。

 なにを言い出すのか、この女の子はっ!


「レイ! 何回も言ってるけど、オレとアリエルはそんな関係じゃないからな!? ……茶化すのはやめてくれ、本当に」

「えーっ? でも、若い男女が二人旅って、そうとしか……」

「なに言ってくれてんの、このおませさんは!?」

「にゃはははっ!」


 こちらが声を荒らげると、それに対して愉快そうに笑うレイ。

 そして、揺れる荷馬車の荷台の上でも器用に立ち上がり、たたたっと運転席の方へと駆けていってしまった。その先にいるのは、少女の父親である商人――ハルトさんである。しっかりとした顎鬚を蓄えた彼は、娘に相づちを打ちながらも、しっかりと馬を操っていた。


「おう、オリベルの坊主! 娘の言う通りだぞ!」


 そして、こちらを肩越しに振り返ってそんなことを言う。

 間違いない――親子だ。紛うことなき親子である。


「ったく……ハルトさんまで。困るよな、アリエルも……アリエル?」

「……………………」


 と、そんなことを考えていると、だった。

 隣に腰かけるエルフの少女が、どこか上の空であることに気付く。

 アリエルの綺麗な瞳の向く先にあるのは、商人の親子の姿。和気藹々と触れ合うその様子は、たしかに目を惹かれるモノであると思えた。

 でも、オレには分かった。それがアリエルにとってはなにを意味するのか、を。


「……アリエル?」

「えっ、あ……すみません。私ったら、ぼーっとしてしまって……」

「いや、大丈夫だよ。気にしないで」


 呼びかけにようやく反応した彼女は、少しだけ申し訳なさそうにうつむく。

 しかし、オレはそれを咎めるつもりは微塵もなかった。仕方のないことなのだろうと、そう思われたから。だから静かに、アリエルの次の言葉を待った。

 するとエルフの少女は、どこか遠慮がちな声でこう訊いてきた。


「あの、オリベルさんのご両親は……?」――と。


 その問いかけは、とても寂しげなモノ。

 まるで一羽だけ取り残された小鳥のようなそれだった。


「………………オレの、両親」


 だから、それに応えるべきか迷った。

 ここで自身の思い出話をしてもいいものか、と。

 だが、そんな風に考えていた瞬間であった。少しの異変を感じたと同時に、未来の『観測』が発動したのは――。





 ――一瞬の出来事だった。

 キラリと、何かが日の光に反射して輝いた後に、アリエルが悲鳴を上げたのは。


『アリエル……っ!?』

『オリベル、さん……』


 そして、気付く。

 彼女の首に、一本の矢が突き刺さっていたことに――。





 ――瞬時に、オレはその『観測』した未来を操作する。

 カチリと、何かがハマるような感覚があった。その直後にオレは、確定した未来をなぞるようにして、腰元に携えていた剣を引き抜く。

 真新しいそれは、風切り飛来する矢を撃ち落とした。


「オリベルさん!?」


 そのことに、驚き声を上げたのはアリエル。

 彼女は目を丸くして、カランと転がった矢尻を見ていた。

 急停止する荷馬車。いななきを聞きながら、オレは立ち上がり剣を真正面に構えた。そして周囲に注意を払う。『観測』を使用し、未来を見通した。


 だが、その結果が出るよりも先に――。


「ほう。今の攻撃を防ぐか……」


 ――そんな声。

 オレは、警戒を強める。

 そしてそのすぐ後に、姿を現したのは――。


「なに、警戒するでない。儂はそのエルフに用があるだけじゃ」







 ――幼い。小柄な女の子だった。




 

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