2.決意
「それで、アリエルさんにはオレが死んでいるのが見えていた、と?」
「すみません。あの、おかしなこと言ってると思うんですけど」
「いや、別に謝らなくてもいいんですけど」
「…………すみません」
「………………」
立ち話もなんなので、近くの飲食店に入ったオレとアリエルさん。
ひとまずコーヒーを頼んで、話し合うことになったのだが、彼女は黙ったまま。うつむき加減で口を閉ざしていた。なんともこう、気まずいことこの上ない。
オレは運ばれてきた飲料を喉に流し込んで、とりあえず目の前の女性のことを観察することにした。
フードを脱いだ彼女――アリエルさんは、エルフ族の女性。
長い耳に、腰まで伸びる綺麗な銀の髪。蒼の瞳は大きく、顔立ちは驚くほどに整っていた。透き通った白い肌に窓からの零れ日が当たっている。
少し怯えている姿は、どこか小動物のように見えて愛らしい。安直な表現になって申し訳ないのだが、こういう人のことを絶世の美少女、というのだろう。
「……えっと。私には見えたんです」
そんな彼女は、遠慮がちな小さな声で話し始めた。
「貴方――オリベルさんが、何度も死んで。何度も生き返って、いたのを」
「オレが……?」
オレはそれに眉をひそめる。
そして、アリエルさんが口にした言葉を思い出すのであった。
このエルフの少女は、オレが『15回死んでいた』と、そう声をかけてきたのである。そのことはオレにとって聞き捨てならない内容であった。何故なら――。
「――ぴったり、だ。『未来操作』の回数と……」
それは、こちらが能力を使用した回数と同じだったから。
『未来操作』――誰にも認識されないと思っていた新しい力。それをアリエルさんは、見事に看破してみせた。まるで想定外の出来事に、考え込んでしまう。
「どういう、ことなんだ? それじゃあ、この力はいったい……」
しかし、いくら考えても分からなかった。
今の情報だけでは、答えに至れそうにない。だったら――。
「アリエルさん。その、貴女の能力って、なんですか?」
「え、私の……ですか」
「はい」
――そうだ。
もしかしたら、彼女の能力が何か秘密を握っているのかもしれない。
オレはそう思い至って、アリエルさんに訊ねた。すると彼女は目を丸くしてから、どこか恥ずかしそうに口ごもる。どうしたというのだろうか……?
「あの……笑わないで、下さいね?」
「え。あ、はい」
やがて、ようやく口を開いたと思えば出てきたのはそんな言葉。
意味も分からず首を傾げるも、うなずいた。するとアリエルさんは相も変わらず小さな声で、ぽそりと、こう漏らす。
「その……『存在』です」――と。
「『存在』……?」
「はい、です」
こちらが訊き返すと、彼女はコクリと首を縦に振った。
それを確認して、オレはさらに首を傾げてしまう。何故ならアリエルさんの能力は、『観測』に並び、外れ能力として有名なモノだったからだ。
『存在』――それは言葉の通り、ただ在る、というモノである。
「そう、ですか」
「はい。その、使えない能力ですみません……」
「い、いや! そんなことないですよ!? オレなんか『観測』ですし!!」
こちらの言葉に、アリエルさんはどこか申し訳なさそうにする。
その、しょんぼりとした表情に慌ててしまうオレ。必死になってフォローした。やや自虐的になったが、それは置いておこう。女の子を泣かせてる方が問題だ。
というわけで。オレは仕方なし、話を進めることにした。
「それで、どうしてアリエルさんはオレに声をかけたんです?」――と。
それは、実際のところ一番の疑問であった。
仮に彼女に『未来操作』の光景が見えていたとしても、どうしてこちらに声をかけたのか。その理由をまだ聞いていなかった。
オレの問いかけに、アリエルさんは「……えっと」と、話し始める。
「オリベルさんなら、もしかしたら……と、思ったんです」
「もしかしたら……?」
「はい」
そして、意を決したようにこう言うのであった。
「わ、私の母を探すのを手伝って下さいっ!」――と。
◆◇◆
「それで、このペンダントだけが手掛かりなんだね?」
「はい、すみません……」
「…………」
何故か申し訳なさそうにするアリエルさん。
そんな彼女から、母親との唯一の繋がりであるというペンダントを受け取った。持ち主の髪の色と同じ、丁寧な銀細工の施されたそれを見る。
紅い宝石のはめ込まれた、不思議な魅力を持った逸品だった。
「いろんな『観測』持ちの方に見てもらったんですけど、その、どの方も母とは再会できないと仰りまして……」
「なるほど。それで、オレにか……」
話を聞いて納得する。
たしかに、それだとすればオレの『未来操作』が活きるかもしれない。
「すみません。勝手なお願いをしてしまって……」
「いや、いいよ。オレもこの能力の効果がどんなモノなのか、知りたかったところだからさ。手伝うよ、お母さんを探すの」
「……! ありがとう、ございます!」
こちらの言葉に、感極まったような表情を浮かべるアリエルさん。
何度も何度も頭を下げる彼女に苦笑いしつつ、オレは意識を集中させた。
アリエルさんには悪いけど、試させてもらおう。まだまだ未知数なこの『未来操作』を。果たして、どのように未来を変えられるのか、を。
「――――――――」
能力を発動する。
でも、見えたのは――。
◆
――アリエルさんが泣いていた。
暗闇の中で、一人。周囲には誰もいない。
一人でただ、ずっと泣き続けるのであった。
『お母さん……っ!』
そう、出会えなかった母のことを思いながら――。
◆
――そんな、悲しい光景だった。
切り替えたはずなのに。最良の結末に、操作したはずなのに。
「……オリベル、さん?」
「………………」
不安げにこちらを見つめるアリエルさん。
しかし、オレは何も言葉にすることができなかった。
――――どういう、ことだ?
そんな疑問が頭の中に渦巻いていた。
この『未来操作』の効果が、まるでなかったのである。
見えたのは悲しい結末。おそらくは、他の『観測』持ちが見たモノと同じ。
「駄目、だったんですね……」
オレの能力の使用を、何故か認識できる彼女はそう言った。
そして、悲しい表情を浮かべるのだ。それこそ、先ほどの未来のように……。
「………………っ!」
その表情に、胸を締め付けられるような思いがした。
結局、自分は何も変えられないのか、と。そんな思いが、湧き上がった。そしてそれ以上に、アリエルさんの泣き顔が、オレには我慢ならなかったのである。
だから、気付けばこう言っていた。
「大丈夫ですよ! これから、これからです!」――と。
「え……?」
こちらの言葉に、彼女はキョトンとした顔をした。
そんなアリエルさんの手を取って、言うのだ。真っすぐに、その顔を見て――。
「――一緒に、旅に出ましょう!」
自分のスキルの真相を知りたかった。もちろん、それもある。
だけど、一番の理由はこんな可愛い女の子を泣かせてなるか、という気持ちだった。それは突発的な感情だと言われたら、まさしくそうなのかもしれない。
でも、この時の決断をオレは後悔しない。
たとえどんな結末になろうとも。そう、決めたのであった……。




