1.少女の見たもの
一人の青年が、大きな男と相対していた。
フードを被った少女は人混みの、その隙間から二人を見つめている。
力量差は一目瞭然だ。大男の周囲にはクレーターが出来上がり、土煙が待っている。身にまとう闘気はまさしく、戦闘面においては一流のそれだった。
「………………えっ?」
だが、少女は不思議に思う。
それは先ほど、ほんの一瞬だけ見えた、そんな夢のような光景のこと。
青年を中心に空間が歪み、そこからまるで時間が巻き戻ったかのようになった。気付けば彼はクレーターの上に立っている。その直前までには、間違いなく――。
「――あの人、死んでました、よね」
そう、少女には見えていた。
腹部を激しく突き抜かれ、血の塊を吐き出して絶命する青年の姿を。
それは何だったのか。幻覚だったのか、それとも――いいや。しかし、少女の脳裏にはあまりにも鮮明にその光景が刻み込まれていた。
間違いない。
あの青年は死んでいた。それなのに――。
「――どうして。どうして、生きてるの?」
少女は言いようのない恐怖心に駆られたように、その身を震わせる。
しかし、そんな彼女の目の前ではさらに信じられない出来事が繰り広げられるのであった。そして、それはまさしく今ほど見た、恐怖しか覚えられないモノ。
刹那の合間に、青年は3回死んだ。だが、おかしい。立っていた。
青年は平然と、そこに立っている。そして幾度となく視界が切り替わり、その度に大男に突撃し、殺されるのであった。
「なん、なの……?」
思わず、少女は呟く。
今まで経験のない事象を目の当たりにし、完全に困惑していた。こんな能力は見たことがない。時間の逆行や、蘇生とは異なる。少女にはそのように、思われた。
もしそうなら、彼以外の人間にはその認識があるはずだったから。それだというのに、どうにも彼の死を見ているのは少女以外にいないようであった。
さらには、もとより時間の経過などない。
だから、それは――そう。『未来を書き換えている』ような……。
「未来を、書き換える……?」
彼女はそこでハッとした。
もしも、そうならば、と思考する。
「あの人なら、もしかしたら――」
――自らの願いを叶える、その助けになってくれるかもしれない。
すでに須臾の死の回数は、15回に及んでいた。
その直後に。今度はたしかな時間の経過をもってして、青年が動き始める。
ゆったりとした足取りで大男のもとへと歩み寄って、その拳を掻い潜っていた。まるでその結果を、未来への道程をなぞっているかのように。
「あっ……!」
少女は思わず声を上げた。
何故なら、瞬きの最中に勝敗が決したから。
青年が大男の顎を打ち抜き、一撃で、圧倒的な力量差を覆していた。その結末を観衆は、どよめきをもって迎える。パラパラと拍手が聞こえた。
「――――――」
だが、少女はそのどちらでもなく。
ただただ、立ち去る青年の背中を見守っていた。
そしてすぐに、駆け出す。
もしかしたらでも、構わなかった。
その先にある未来が少しでも変わる可能性があるのなら――。
「――私は、どんな代償でも支払う!」
少女は、そう言って走るのであった……。




