3.出会い
「オリベル、てめぇ――」
「――悪いな、ダン。ここから先は、オレの時間だよ」
そう宣言して、駆け出す。
完全に頭に血が上った大男に向かって。
ダンは、潰れていない左拳を迎え撃とうとした。――が、しかし。それはいとも容易く空を切った。何故ならこちらには見えている。こいつに勝利する、絶対の未来が。
「何ィ、この……っ!」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる相手。
焦りが如実に見て取れるそれに、オレは思わず笑ってしまった。
「調子に乗るんじゃねぇぞ、この役立たずがッ!」
それに腹を立てたダンは、自身の能力を解放する。
こいつの能力は『怪力』――その名の通り、己の筋力を増大させるモノ。
近接戦において、それは優位性を持つ。一撃を喰らわせれば、その瞬間に終わりなのだから。でもそんな大砲があったとしても、
「くそっ、ちょこまかと……!」
「その能力も、もうオレには意味がないよ。残念だったな」
当たらなければ、どうということはない。
オレに向かって振り下ろされた拳が、地面に叩きつけられる。
するとそこには巨大なクレーターが出来上がった。しかしその時にはもう、こちらは範囲外。一段高い場所からダンのことを見下ろしていた。
何故なら、見えるから。
勝利する筋道が、シナリオが。いかに行動し、いかに物事に対処し、いかに攻撃をすれば勝てるのか。絶望的な未来を書き換えて、最良の選択を取る。
「それじゃあな、ダン。短い間だったけど、世話になったな!」
「なっ――」
――ダンの懐に潜り込む。
すると彼は、驚きに目を見開いてこちらを見た。
その恐ろしかった顔に、その顎めがけて、オレは拳を突き上げる……!
「がっ――――!?」
それで、終わり。
大男は糸の切れた操り人形のように、膝をついてその場に崩れ落ちた。
周囲の人々はその様子を見て、困惑の声を上げる。傍から見れば、大男が優男にワンパンで沈められたように見えるのだろう。そう思われた。
でも、実際はそうではない。
オレは何度も未来を切り替えて、この未来を選択したのだった。
「まぁ、別に。理解されなくてもいいか……」
これはきっと、自分にしか分からない。
何故なら他の『観測』持ちが、未来が切り替わったなんて気付くわけがないから。これは体感的な話になるのだが、『未来操作』は、他の人の意識も上書きしていた。それはつまり、一瞬で世界の全ての人が別人になっているようなモノ。
だから、オレは――。
「――ずいぶんと、孤独な能力もあったもんだな」
そう、思うのであった。
でもだからといって、別に不快でもない。
それならそれで、自由に生きればいいだけなのだから。オレはここから始まる自由な人生に思いを馳せた。本当に、今まで無駄にしてきた時間を取り戻そう、と。
けれども、思いもしなかった。
この時。この衆目の中に、すでに一人イレギュラーな存在がいたなんて……。
◆◇◆
ダンを倒した後、オレは何の気なしに街中を歩いていた。
冒険者としての活動を再開するのは、明日からでも構わない。それだったら、今のうちに自分のための準備をしておいた方がいい。そう思ったからだった。
「さて、それにしても。どうしようかな」
目下のところ、だ。
問題としてあるのは、この『未来操作』の運用方法だろうか。
戦闘で扱うとすればさっきのような近接戦、というところだろう。それだとすれば、なにか剣のようなモノを持っていた方がいい。
「それじゃ、武器屋にでも顔を出すとするか、って……ん?」
「…………ません」
と、そんな風に今後について考えていた時だった。
こちらの服の袖を掴む人物があったのは。
「……すみません」
声からして、女性――だろうか?
こっちより少しだけ背丈の低い、黒のフードを被ったその人はか細く言った。
「どうしました? ……というか、貴方は誰ですか」
「すみません。私は、アリエルと申します」
「はぁ、そうですか。それで――」
――その、アリエルさんが何の用ですか?
オレが訊こうとした。
「あ、あのっ……!」
瞬間だった。
「すみません。貴方さっき、15回くらい、その……死んでました、よね!?」
女性――アリエルさんが、そんなことを叫んだのは。
「…………え?」
オレはそれに目を丸くした。
それと同時に、一陣の風が吹く。アリエルさんのフードが舞い上がった。
すると現れるのは、銀の髪をした美しい女性。長い耳に、蒼の瞳。透き通るような白い肌をした彼女は、真っすぐにこちらを見つめていた。
これが、オレとアリエルの出会い。
そして不思議な冒険の始まりなのであった……。




