2.未来
「本当に、ありがとうございました」
「おにいちゃん。ありがとう!」
ミレイナとその母親は、こちらに頭を下げて去って行く。
この街にいては危ないから、と。オレは彼女たちに忠告した。どうやら、あの男たちは悪徳な金貸しだったらしい。金利も何もかもが滅茶苦茶。返済しても、それ以上の金額を要求してくる。
母親も危機感を抱いて、ミレイナと一緒に逃げようとしていたところだった。
その最中の、娘の行方不明。
一歩間違えれば、最初に『観測』した結末に至っていたのだ。
「良かった。本当に……」
ホッと、胸を撫で下ろす。
とにもかくにも、最悪の事態に陥らなくて良かった、と。
だが、それと同時に疑問も浮かんできた。その疑問と言うのは、他でもない。
「でも。さっき、見えたのはいったいなんだったんだ……?」
そう。それは、今までに見たことも、感じたこともない現象だった。
こちらの願いに応じて、まるで未来が変わったかのように。そんな馬鹿な、と。誰かに話せば一笑に伏されてしまいかねないモノだった。
それでも、そうだとしか思えなかった。その確信があった。
「もしかして、能力の進化……?」
そして、思い当たったのはそんな結論。
稀にだが、その能力が上位のモノに強化されることがあるとされていた。
分かりやすい有名どころを挙げるなら『フレア』から『ヘルファイア』への進化、であろうか。名前からも伝わるように、単純な火力の上昇だった。
「だとしたら、これは何なんだ? 『観測』の上位互換……」
しかし、この『観測』の進化なんて聞いたことがない。
何故なら主に能力というのは、冒険者としての鍛錬によって強化されていくものだからだ。女神の加護は元より、冒険者のために授けられるモノである。
商人たちがそれを扱うのは、本来的には用途として誤っていた。
「だとしたら、これはオレだけの能力、ってことか」
すなわち、この能力は唯一無二のモノ。
この世界中を探しても、オレにしか扱えないモノだった。
「だとしたら、名前を付けないと。そうだなぁ……」
そんなことを考えていると、だんだんと上機嫌になってくる。
諦めかけていた冒険者としての道に、一気に光が差してきたのだから。
「未来を『観測』して、それを変えることができる。つまり――」
一人、考える。
するとその時だった。
「――おい、てめぇ!? オリベル! こんなところにいやがったか!!」
「え……?」
元パーティーリーダー――ダンが、オレに声をかけてきたのは。厳つい顔をした巨漢は、大股でこちらに迫ってきた。そして、衆目の最中だというのに、こちらの胸倉を掴み持ち上げる。足が地から離れて、宙に浮く感覚があった。
「ぐっ……!?」
「オリベル、てめぇ! いよいよ逃げ出しやがったな、この腰抜け!!」
ダンはその状態のまま、唾を吐きつけながら言う。
「てめぇが抜けだしたせいで、ギルドから制裁金をふんだくられたじゃねぇか!? どうしてくれんだ、この役立たずが!! ――――あぁ!?」
「う、うるさい! あのままオレに任せてたって、間に合わなかったっての!!」
「口答えすんじゃねぇ!!」
「――――っ!?」
言い返すと、大男はその太い腕を振り回した。
するとオレの身体は宙を舞って、大地に叩きつけられる。
全身をしたたか打ち付けて、思わず苦悶の声が漏れてしまった。口の中を切ったのか、鉄の味が広がっていく。ダンの方を見たが、怒りは収まってないようだ。
顔をその感情で歪ませて、倒れるオレに向かって拳を振り上げた。
「――死にやがれっ!」
そして、こちらの顔面めがけて――。
◆
――岩石のようなそれを、打つ。
狙い過たず額を捉えた一撃は骨を砕いた。
そのままの勢いで、後頭部を激しく地面にぶつけてしまう。瞬間、なにか濡れたような感触があった。オレの背中をなにかが――大量の血だ。
『あん? ……あぁ、運がなかったなオリベル。まさか頭の下に、こんなゴツゴツした石が転がってるなんてなァ』
『あ、が……っ!』
ダンは、一つの鮮血に濡れた石を拾い上げる。
それはまるで鈍器のようなモノだった。石というより、岩と表現した方がしっくりくる。そんなモノに強く頭を打ちつけたのなら――考えただけで寒気がした。
いいや。オレは、打ちつけたのだ。その証拠に、意識が遠退いていく。
『残念だなァ、ホントに。誰の役にも立たないまま、死んじまうなんてなァ……』
最期に、そんなダンの言葉を聞きながら――。
◆
――血の気が引いた。
これは、最悪も最悪。自分の『死の観測』だった。
『観測』の能力を持つ者は、これを見て己の死期を悟る。そして、それは避けることのできない運命で、すべての者は静かにそれを受け入れるのであった。
オレは、ここで死ぬのか。
それもこんな、呆気ない終わり方で……。
「……そんなの、嫌だ」
こんな人生の終え方、あってたまるか。
何者にもなれず、誰にも必要とされずに死んでいくなんて。
それなら、最後の最後までオレは足掻いてやる。まだ扱い切れるか分からない、この新しい能力を使って――!
「――――――――っ!」
刹那――一つの未来を『観測』した。
見えたのである。やはりこの能力は、そういうことだ……ッ!
「『未来操作』……ッ!」
今、オレの世界はここから変わる。
ニヤリと、思わず笑ってしまうのであった。
だってそうだろう? アレほど、こっちを馬鹿にしてきたあのダンが――。
「――てめぇ、オリベル……っ!?」
苦悶の表情を浮かべて、こちらを見上げていたのだから。
ひしゃげた自身の拳を守るようにして。
「悪いな、ダン。ここからは――」
オレは宣言した。
そう、今この時。今ここからは、
「――オレが、すべてを決める」
オレが、世界の結末を決めてやる。
くそったれな今まで、無駄にしてきた時間を取り戻してやる、と。




