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1.光明





 ――翌朝。

 目が覚めると、なにか不思議な感覚があった。

 その正体は分からないけれど、何となく身体が軽いような。もしかしたら、冒険者をやめると決めたことで、どこかで感じていたプレッシャーから解放されたのかもしれない。そう思った。


「さて。それじゃ、仕事を探さないとな……」


 そんなことを考えながら。

 オレはテディアをぶらぶらと歩いていた。

 煉瓦造りの家々の街並みを眺めながら、閑散とした道を行く。果たして自分に適した職業は何だろうか、と。そうボンヤリと思いつつ、ふと足を止めた。少ない人の往来を見て、ため息をつくのである。


「でも、向いていると、やりたいじゃ――やっぱり違うよな」


 そうだった。考えがやはり浅かった。

 昨日、唐突に思いたってやめたものの――言ってしまえばノープランなのだ。

 商人になろうにも、伝手がない。コネがない。いきなり、何の知識もない男を一人、雇ってくれる都合の良い場所なんてありはしない。

 それに加えて、結局はやりたくない、という気持ちが出てきてしまった。


「どうしたモノかな、ホントに……ん?」


 揺らぐ気持ち。

 それに頭を痛めていた時だった。


「これは、子供の泣き声……?」


 路地裏の方から、女の子のすすり泣く声が聞こえたのは。

 オレは『観測』を使用する。すると脳裏に浮かぶのは、やはり小柄な少女の姿だった。栗色の髪、白いワンピースを着た彼女は膝を抱えて座っている。


『お母さん……っ!』


 迷子、なのだろうか。

 見てしまったからには無視など出来なかった。

 そちらへ向かって、歩みを進める。そして、ひょいっと路地裏そこを覗き込むのであった。するとご対面するのは、少女のキョトンとした表情。


「やあ、どうしたの?」


 オレはなるべく、怖がらせないよう優しく声をかけた。


「おにいちゃん、だぁれ……?」

「あー、うん。オレはオリベル……キミは?」

「わたし、ミレイナ……」


 訊ねると、少女――ミレイナは小首を傾げる。

 怯えている様子はなく、とりあえずはこちらの話を聞いてくれるようだった。


「もしかして、迷子……なのかな?」

「ふえぇ……っ!」


 だがしかし。

 そう問いかけた瞬間に、自分の置かれた状況を思い出したのだろう。

 ミレイナは円らなその瞳にいっぱいの涙をたたえた。――しまった、と。そう思って、慌てて彼女の手を取るのであった。ひとまずは慰めないといけない。


 考えて、オレはふっと息をついた。

 目を閉じて上手い言葉を探す。すると、


「ん……?」


 勝手に・・・『観測』が発動した。

 しかし、こちらが不審に思ったのはその内容で――。





 ――夕暮れのテディア。

 その外れで、一人の女の子――ミレイナが泣きじゃくる。

 向かいにいるのは、彼女をそのまま成長させたような女性だった。顔立ちもそっくり。すぐに、この人が少女の母親なのだろうと分かった。


『ミレイナ――――っ!』


 母親は娘の名前を叫ぶ。

 しかし、それは届くことはなかった。

 何故ならその女性の両脇を、二人の男が固めているから。


『けけっ……悪いな嬢ちゃん? アンタの母ちゃんは、俺たちに借金があるんだ』

『それを今から、返しに行くんだよ。奴隷としてなァ!』


 そいつらは、下卑た笑い声を発しながらそう言った。


『そんな! 話が違うじゃないですか!?』

『予定が変わったんだよ!!』


 ミレイナの母親は抗議するが、聞き入れられるわけがない。

 それどころか火に油を注いでしまったらしく、男たちは何かを閃いたように口角を吊り上げるのであった。そして、ミレイナに向かって手を伸ばしながら言う。


『そんなに離ればなれになるのが嫌なら』――と。




 少女の手を取って、そのまま――。





「――――――――っ!」


 ――最悪、だ。

 最悪の未来が見えてしまった。

 吐き気を催すような、そんな結末が見えたのである。それは口にするのも、これ以上述べることもはばかられる、そんな悲劇であった。


「はぁっ……!」


 呼吸が止まっていたらしい。

 オレは全身から汗が噴き出すのを感じながら、それを整えた。

 いまのは『観測』のその一端。未来の『観測』だった。この先、何が起きるのかを見る。しかしそれ以上は何も出来ない。どう足掻いても、結末は変えられない。


 そう、出来るのはあくまで『観測』するだけ。

 ただ結果を先取りしてしまう。それだけの、無駄な能力だった。


「……………………」


 そして、ここからはその過程をなぞるだけ。

 これがオレにとっては、苦痛でしかない。『観測』した以上は、その結末を目撃することが決まってしまっているのだから。


「おにいちゃん……?」

「え? あぁ、ごめんね。ちょっと……」


 そんなことを考えていると、今度はミレイナが心配そうにこっちを見た。

 無垢なこの少女に、この先あのようなことが起こるなんて。申し訳ないがオレは思わず、彼女から目を背けてしまうのであった。

 とても、見ていられない。これから先の悲劇を知って――。


「――くそっ!」


 そこでつい、そんな悪態をついてしまった。

 どうにか出来ないのか、と。こんなの、あんまり過ぎる。

 どうにかして、ミレイナのことを救ってあげたい。そう、心の底から思った。


「オレに……!」


 オレに、もしも何かを変える力があるならば――!


 そう願った――瞬間だった。


「え……?」


 不意に胸の辺りが熱くなった。

 どう言えばいいのか。身体の芯が熱くなって、そんな感覚があった。

 そして、脳裏に浮かぶのは先ほどとは違う光景。より鮮明な、映像だった――。





 ――先ほどの男二人が、街の外れで管を巻いている。

 そして、こう口にするのだった。


『けっ、逃げられちまったか』――と。


 もう一人が同意する。


『まさか。勘付かれていた、ってのは考えすぎか。街の外に出られたら、俺らもどうしようもねェからな。今回はついてなかったって、考えるか』


 彼らは地面に唾を吐き出しながら、その場を後にした。

 その先を見ても、終ぞミレイナたちに関わることはないようである――。





「――いま、のは?」


 オレは胸に手を当てて、目を丸くした。

 こんなことは初めてだった。短い時間の間に、異なる結末を『観測』するなんてこと。――いいや、あり得ない。そんなこと、この能力とは完全に矛盾していた。


 でも、見えたのは幻想でも空想でもなく『観測』のそれ。


「もしかして……?」


 胸には淡い希望が浮かんだ。

 もしかして『未来が変わった』のだろうか、と。

 そうなのだとしたら、オレは確かめなければいけなかった。


「ミレイナ! お母さんを探そう、今すぐに!!」

「ふぇ? お、おにいちゃん?」


 オレは再び少女の手を取る。

 そして、駆け出した。『観測』の示す通りなら、すぐに再会させられる。







 小さな可能性。

 それに初めて、胸を躍らせながら……。




 


もしよろしければ、ブクマ等していただけると幸いです。

<(_ _)>

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