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やがて来る僕らの終わり  作者: 髭鯨
第四章 世界の終わりとメメントモリ
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世界の終わりとメメントモリ(窮)

「ここ、任せる。ダイチ達が入ってきたらこれでふさいで」


 中は食品売り場につながっていた。モノトーンと化した食品売り場というのは不思議な光景だ。全てが過去のものようで、とても食べ物だとは思えない。とはいえ色があったところで今は食欲なんか湧くわけもないけれど。

 隣には業務用の台車があって、僕と同じくらいの丈まで野菜の箱が積まれていている。これでふたをしろということらしい。それだけ言ってカズハは売り場の奥へ消えていった。


 きたいことは沢山あったけど、


「ダイチ! ハヤト! こっちだ!」


 まずは皆で生き残るのが先だろう。

 扉から首を出すとちょうど二人の姿が見えて、息をんだ。ハヤトは鼻から頬にかけて刀で切られたような大きな傷ができていて、顔の下半分が血だらけになっている。それでもセンター返しの要領で後藤ごとうの頭を勢いよく打ち返すと、傷だらけのダイチと共に走り寄ってきた。


「ハヤト、急げ!」

「くそっ! あのワカメ野郎、全然くたばらねえ!」


 そのハヤトの言葉通り、後藤がまた起き上がって二人を追ってきた。蓋を用意しなければ。背中を台車に預け、待つ、待つ、待つ。


 バン――


 二人が続けざまに飛び込んで、それを合図に台車を壁まで押しやった。


「ギイイイイィ!」


 背中に激しい衝撃が伝わると同時に後藤が叫んだ。奥のドアだけが開いて、やつの黒い腕が台車のドアの間に挟まれている。


 ガッ――


 残った腕が暴れて、幾つか野菜が箱ごとこぼれ落ちた。慌てて台車を押さえ直すも、尋常じゃないほどの力が加わっている。このままじゃもたない。


「ユウ!」


 陳列棚の影からカズハが顔を覗かせた。手招きをしている。もう十分ってことなのだろうか。ダイチもハヤトもそこに飛び込んでいく。

 一瞬の迷いがあったけれど、台車作戦は本当にもう限界で、


「うおおっ!」


 気合いの掛け声とともにカズハのところへ飛び込んだ。

 すぐに背後で大きな音がして、台車がふっ飛ばされて横倒しに通路を滑走していく。


 静かに。


 カズハが口元で指を立てる。そのサインに従って僕らは足音を立てないように無言で、しかしできる限り急いで棚の間を進んでいく。


 びちゃり……。


 びちゃり……。


 後藤の湿った足音がした。奴はまだ近場を探しているのかもしれない。


 その隙になんとか棚の端にたどり着くと、レジのあたりに瀬尾せおさんとモミジが小さくなって隠れているのが見えた。


 カズハは先程の四角い容器を拾い上げてダイチに渡し、身振り手振りで指示を送る。裏から回って上から襲え、そう言いたいように見えた。

 ダイチは少々戸惑っていたけれど、すぐにその意を理解したのか、後藤の位置を気にしながら奥へ進んでいく。カズハ自身も棚の端で身を隠した。いったい何をやるつもりなのか。カズハの背中に近づいた時、ツンと鼻に入り込んだ刺激で全てを悟った。


 ガソリンだ。


 後藤はまだ棚の反対側の通路をゆっくり進んでいるようだった。そしてその姿が僕らの待ち構える列の向こうに見えた時、カズハが何の躊躇もなく立ち上がり、ナイフを棚に打ち付ける。


 カン――


 乾いた音が鳴った。後藤がこちらを向く。当然気づく。

 これは誘いだ。もし後藤に生前の嗅覚と知能が残っていれば、そのことにも気づいたかもしれない。だけど後藤は、


「ギイイイイィ!」


 と声を上げ、おそらく本能的に駆け出していた。そしてその一歩目でもんどりを打って床に転がる羽目になる。ガソリンが床に撒かれていたのだ。やつは今、棚の間の真ん中へ滑り出て、ガソリンを存分に身体に塗りたくっている。

 が、それでも足りないとダイチが裏から棚の上に現れた。乾物らしき商品が棚からこぼれるのも構わずに、容器に残ったガソリン全てを滝のように浴びせかける。


「気をつけて!」


 カズハが叫んだ。もう片方の手にはライターが握られている。レジで売られているものだ。ジ、という音と共に火がついて棚の間は一瞬で火の海と化した。


「ギイイィイイイィイイ!!」


 後藤が苦しみに絶叫した。身体全体が火だるまになっている。だけど、驚いたことにそれでも後藤は立ち上がって、一歩、また一歩とカズハに近づいてきた。


「いやああああっ! もうやだ、だれか早くなんとかしてよ!」


 モミジがもう耐えられないと悲鳴をあげる。


「おい、どけ!」


 ハヤトがバットを握りしめ、炎の道を最後まで渡り切った後藤にご褒美とばかりに渾身の一撃を叩きこんだ。

 それで後藤はとうとう床に倒れてピクリとも動かなくなった。あたりにげた悪臭をまき散らして、蒸発するように身体が消えていく。


 倒した。僕らの間にその達成感は確かにあったのだけど、むしろ一匹でこれだけ苦労しなければいけないのかという絶望感の方が間違いなく大きかった。まだこれが数十は外にいる。


「ひぐ……ひぐ……」


 モミジが泣き出してしまった。それも無理もないように思えた。

 床はまだメラメラと一列の炎が燃え盛っていて、黒い煙がもくもくと天井付近に溜まっていく。スプリンクラーは作動しないようだ。だけど誰もその火を消そうとはしない。そんな力は残っていなかった。


「やだ。私もう無理……帰りたいよ。パパ……ママ……」


 モミジは呆然と、ふらふらとした足取りで窓の方へ近寄っていく。外は変わらず赤い雨が降っていて窓をおどろおどろしく汚していた。

 いや、今、窓の外で何かが動いたような――


「あまり窓に近づかないで」


 カズハが注意を呼び掛けたその直後だ。

 突然ガシャンという音と共に窓ガラスが嘘みたいにあっさりと割れて、何か大きなものが屋内に突っ込んできた。天井の縁付近から伸びているのはあの触手だ。それが蛇のように一瞬でモミジの身体に巻き付いていく。まさか、あの元凶がすぐ外にいるのか!?


「いやああああああっ!!」


 モミジがこれ以上ない悲鳴を上げた。華奢な身体が軽々と宙を舞う。


「モミジぃいいいい!!」


 ハヤトが我が身もかえりみずに飛びついた。モミジの両膝を両手で抱え、なんとかその身体を留めようとする。モミジはすでに白目をむいて口からブクブクと泡を吹いていた。

 動きが少し鈍った隙に今度はカズハが飛びついて、果敢にも触手に手をかけて引きはがそうとする。ダイチも状況を把握するやそれに加わった。


「引っ張れえ!!」


 ハヤトが叫ぶ。それでもなお、その太くて黒い触手はモミジをゆっくりと外に引っ張り出して、すでに彼女の上半身は窓の外にはみ出ていた。そこへ黒煙がモクモクと流れ出て、僕はただそれを眺めながら、燻製くんせいにされてるみたいだな、なんて最低な想像をすることしかできないでいた。

 カズハがナイフを振りかざして何度も刺している。それが効いたのか触手がひるんで、ようやくモミジの身体が解放されて、


「うわああっ」


 反動で三人とも床に投げ出された。

 同時に鮮血のスプリンクラーが舞う。周りのレジやタバコケースに真っ赤な血が降り注いで、床にはあっという間に血の海ができた。つまり、ああ、なんてことだ。返ってきた身体にはもう頭がなかったのだ。すでに喰われた後だ。


「モミジ……嘘だろ……」


 ハヤトが肩を震わせる。本当にその身体はモミジなのか、それを信じることもできないのかもしれない。

 カズハもダイチもどうすることもできなくて、ただ血だらけの顔で目をそらすだけだった。


「嘘だあああああああああああ!!」


 長い悲痛な慟哭どうこくが響き渡った。

 僕もそのハヤトの姿は、どうしても直視することができなかった。




 オオオオオオオオオオオオ――――――




 ハヤトの叫び声に引き寄せられてか、黒い化け物達の姿が外に見え始めた。すでに群がり始めている。

 バン、バン、と奴らが窓を叩いた。やたらとブヨブヨした顔がいるなと思ったら、奥山おくやまの顔だった。もうすぐモミジもそこに加わるのだろう。


 後藤を燃やし尽くした火も、棚の食品に燃え移って止められない勢いになってきた。


「ここはもう駄目だ。中へ逃げよう」


 血のしたたる顔でダイチが言った。

 ガラスが割れてしまったのだ。奴らはすぐにでもそこからなだれ込んでいるかもしれない。


「ハヤト、ここにいたら死ぬぞ」


 ダイチがハヤトをかかえ起こしたその横で、ばったり、と音を立ててカズハが倒れた。脳で血管が詰まったような嫌な倒れ方をした。


たちばな、おい、しっかりしろ。先生、来てくれ!」


 瀬尾さんが駆け寄った。僕も続く。


「うう……」


 カズハが小さくうめき声をもらした。意識はある。


「カズハちゃん、だ、大丈夫?」

「とりあえず後だ。逃げよう。奴らが入ってきちまう」


 その言葉の通りだった。奴らの一体が、窓の割れたところから身を乗り出して手を伸ばしている。


「ダイチはハヤトを頼む!」


 もうボロボロだった。メガネを失った先生がカズハに肩を貸しながら、手錠をはめられた僕が二人を先導する。傷だらけのダイチが呆然自失のハヤトを運ぶ。僕ら五人はもはやグループの体を成していない。かろうじてダイチがまともに動けるけれど、それゆえいざという時は僕ら四人が彼の足を引っ張ることになる。四人もだ。


 中央の通路に出て、あることに気付いた。赤い水が入り込んで、まだ一センチにも満たない程度だけれど床に膜を張っていた。バリケードを用意したはいいが水まではさすがに防げなかったわけだ。それにしても水位がここまで上がっているのか。

 このままどこまで増えるんだろう。そんなことをぼんやり考えながら、建物の上を見上げた。上の階の通路は大きな吹き抜けを挟むような構造になっていて、最上階の三階まで様子を伺うことができる。

 ひとまず今の僕らは、何も考えずそこへ向かうしかなさそうだった。

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