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俺との鍋パーティー

登場人物

東条 一  :二十二歳 俺

佐々木 裕人:二十歳  俺?

白井 伊織 :十七歳  俺? いや私? 女子高生

渡瀬 沙紀 :二十二歳 俺? いや私? 美しいOL?


 ベッドの間に置かれた座卓の上で鍋がボコボコと沸騰している。

 佐々木達が買ってきた具材を全種類入れると鍋は……地獄絵図のようになっていた。座卓の周りは狭く、俺と佐々木はベッドに座って食べることになる。

 座卓の上には缶ビールが四本。


 ――ん? 四本だと。


「ちょっと待て、伊織は未成年だろ。ビールなんて飲んでいいのか?」

「まったく問題ない。小二の頃から飲んでいた。鍋を前にビールを飲むなと言われたら、お前達だって怒るだろ。……俺を怒らせるな」

 飲む気満々である。

 未成年に酒を飲ませるのがどういった罪になるのか俺は知らないが、この際仕方ないと判断した。

 もし俺が同じ立場なら……。鍋の前で怒り狂うこと疑いなしだから……。


「では、俺たちの同窓会にカンパーイ!」

「カンパーイ! って同窓会ってなんだ、同窓会って!」

 ゴチャゴチャ言おうとする俺を完全に無視して三人はビールを飲み、ぷは~と言って缶を置くと、一斉に拍手をする。

 ……お前らは……忘年会シーズンのおっさんか!


 鍋は味噌仕立てだ。見栄えは闇鍋チックだが、いろんな味が誤魔化し合って美味であった。四人はしばらく話すことも忘れ鍋と酒をむさぼる。鍋の雫が……布団に落ちるのが……気になって仕方ないのだが……乾けば問題ないか。

「マッタケ入りま~す」

 伊織がシイタケの「シャフト」の部分を鍋へと放り込んだ。


 最初に炊いた分がなくなった頃、とりあえず空腹は満たされ、箸のペースが落ち着き、缶ビールが空になるスピードもかなり落ちていた。

「そういえば、沙紀はいつ「沙紀」になっていたんだ? 今日、起きてからなのか?」

 沙紀は立て膝でTシャツの半袖をさらに巻くっている。とうぜんのように首にタオルをかけているのだが、全員が同じ姿だ。

「俺が沙紀になってたのは昨日の朝、起きた時からだ」

「あ、俺もそうだぜ」

 伊織もそう言う。佐々木はみんなを見渡した。

「なんだよ。じゃあ俺達は同じ日に俺じゃなくなったのか」

 俺も少し考えたような顔をした。考えているフリをするが、もうすでにアルコールが脳を侵食しており、難しいことは……どうでも良かった。

 沙紀が昨日からのことを語り出した。みなビールを飲みながらそれを聞く。



 昨日の朝、「脳と肉体の完全支配に成功した」という達成感に満たされた俺の目を覚ましたのは……、プロペラが飛び出して目覚まし時計が鳴り響き、そのプロペラを目覚まし時計に再セットしない限り鳴り止まないという……まるで悪魔のような目覚まし時計だった。

 寝起きでいきなりそんなもんを見て、止め方なんて分かるはずもない。俺はパジャマのままその光景を、ぼーっとしばらく眺めていた。


「おはよう。今日は体調どう?」

 うるさい目覚ましの音が聞こえたのだろう。母親的人物が入ってきて思わず、

「おまえ誰だ! 勝手に入ってくんなよ!」

 って怒鳴ってしまった。

 目を疑うような表情を一つ見せると、母親は扉を閉めて出て行ったが、やっぱ悪いことをしたと思うよ。だが俺だってその時は、まったく違う環境について理解できてなかったんだから、仕方ないよな。


 とりあえず現状把握が第一だったのだが、それでも小便がしたくてたまらなかったから仕方なく部屋を出て階段を下りた。ところがだ、家の中が広くて便所が分からなかった。

 まさか自分家のトイレを聞く訳にもいかず……突き当りの部屋を何個か開けるとトイレが見つかり、ああ助かった~と思ってパジャマをずらして小便をした時――、


 そこで俺は自分が女になっていたのに気がついたんだ!


 最初はオネショしたのかと思って焦ったが、現実を知ってもっと焦った――。パンツもズボンもベトベトだ。途中で止めようと思って摘もうとしたが、――摘むモノさえない! 全てを垂らしてしまった! 全てを!


 ……ズボンを脱いでウロウロする訳にもいかないから俺は、ペンギンみたいな歩き方でいったん部屋へと戻ったんだ。

 で、例のタンスから下着を出して着替えて、今度は洗濯機探しだ。とりあえずパジャマは上も下も着替えてグッルグル巻きにして、そのまま洗濯機に放り込もうと考えた。

 ……まるでオネショを隠そうとする子供の思想だ。

 当然だが……洗濯機の場所が分からない。それを探す俺の心境は、まるでちょっとしたホラー映画のワンシーンだったぜ。

 そして父親的存在が現れた時、もし俺がピストルを持っていたら瞬時に発砲していただろうな。

「おはよう」

「――ひっ! お、おはよう」

 パジャマをグルグル巻きにして持ってる俺に対し、その男はそれ以上問いかけてこなかったのは救いだった……。

 そして俺は悟った。日常を振舞おうとしても絶対に無理だ。今日は部屋から一歩も出ないでおこう。

それで作戦を練ろう……とな。



「なんども部屋をノックされたりスマホが鳴ったりしたが、調子が悪いの一点張りでごまかした。それで荷物を密かにまとめ、今朝、早くにこっそり家を出てきたってわけだ」

 沙紀は残った缶ビールを一気に飲み干し、「トイレに行く」と言って立ち上がると、部屋を出た。

「そうそう。女になるとションベンするのも面倒くさいんだよなあ」

 伊織もビールを空にした。

 こいつは……女子高生のくせに飲み過ぎだ。

「おい、お前一体何本飲むつもりだ。飲むのはいいとしても、成長期に飲み過ぎると脳細胞を破壊するぞ」

「大丈夫、大丈夫。これくらい」

 また缶ビールを冷蔵庫から取り出してくる。買ってきたビールの一箱目はとっくの昔に空になっている。

「まあ、佐々木はまだマシだってことさ。俺達は大変だったんだから」

「伊織はどうだったんだ。同じように部屋にこもっていたのか」

「いいや。俺はできるところまで挑戦したさ」

 伊織もビール片手に語り出す。おっさんの寄り合いのような光景だ。



 俺も朝、「脳と肉体の完全支配に成功した」という達成感に満たされて気持ち良く目を覚ました。

 しかし、部屋に置かれたもの全てがピンクや黄色とかで満たされていて、まず日常の変化にはすぐ気付いた。なぜそうなったのかはまったく分からなかったが、とりあえず部屋の中を見回って情報収集をした。

 部屋に鏡もあったし、そこで俺は女を支配したのに気づくこともできたんだ。

 で、考えた……。


 朝ごはんは……「着替えてから食べる派」か「着替える前に食べる派」かについて。


 これは大きな問題だろ。間違えたら一貫の終わりだ。だが天は俺に味方した――。部屋の机に奇麗に制服が畳んで置いてあったから分かったんだ。

 疑う余地もなく、女子高生の制服に着替え、鞄も持って、その横の体操服入れも持って下の階に降りた。そして、

「おはよう。今日は早いのね」

「おはよ。そうなの、今日から朝練があるのよ」

「朝練ってなに!」

 ――しくった! と思ったが俺は動じない。まだ大丈夫だ落ち着け――。

「朝の練習のことよ。やだなあ。クラブの朝練よ」

「そうなの。大変ね。でもそういうことは昨日のうちにお母さんに言ってね。お弁当まだできてないのよ」

 お、なんとかごまかせた。見ると弁当箱には奇麗におかずが詰められている。

 ――男子の弁当とはまるで違う。もっと……ご飯を入れてと言いたかったが、それはやめておいた。

 テーブルに置いてある茶碗をとって、ジャーからご飯をよそい、席に着いた。

「伊織、それお父さんのお茶碗よ。それに、朝からそんなに食べるつもりなの?」

「うん、大丈夫。わたしお父さん大好きだもの。それに、成長期だから食べておかないとね」

 母の眼が……少し疑いの目になりかけた。やっぱり茶碗にご飯大盛りは……まずかったかもしれない。

「それより、お弁当急いでよっ」

「あ、ええ、ゴメンゴメン」

 話をそらして一気にご飯を食べてトイレを済ませ、適当に歯も磨いて家を出るまでは良かった。

 母が見送ってくれたんだ。

「行ってらっしゃい。朝練、頑張ってね」

「行ってきます」

「そっちは反対でしょ」

 玄関を出たが進む方向を右と左で間違ったようだ。

「大丈夫。今日はみっちゃんと行くの」

 みっちゃんって誰?

 って逆に俺が聞きたかったんだけど、母は笑顔で見送ってくれたさ。


 ――だが、そこからは無理だった。

 学校どころか、駅さえ分からないんだ。情けないことに近所で迷子になってしまった。

 スマホを使おうとかとも思ったが、逆に色々まずいことになりそうだから、電源をシャットダウンしてた。

 っていうか、学校に辿り着いていた方が、さらにまずいことになっていただろう。


「で、結局は公園とかコンビニとかで時間を潰して、夕方家に帰ってからは仮病使って、まあ沙紀と同じだな」

 話し終えると、伊織はまたビールを飲んだ。

「佐々木はどうだったんだ」

 伊織がそう聞いた時、部屋の扉が開いた。

「しまった。酔っ払って失敗してしまった」

 見ると沙紀がペタペタとペンギンのように歩いている。沙紀がペンギンの真似をすると……意外に可愛いかもしれないが、

「おいおい、替えのパンツはたくさんあるかもしれないが、着替えはないんだぞ。って――! そこで脱ぐなって!」

 沙紀は濡れたズボン下ろしかけて気づいた。

「ああ、そうだった。じゃあ、お前らあっち向いてろよ。伊織もだ」


 あっち向いてホイのように、三人は窓の方を向いた。


 こそこそ着替える音が聞こえる。「いいぞ」と言う沙紀の声に振り向くと、沙紀は……あろうことか、俺のトランクスを穿いているではないか――!

「おい、コラ! 履き心地がいいかは知らんが、俺のをトランクスをはくな」

「いいじゃねえか。ああ、やっぱこれが一番だ」

「男のトランクスをはくと……、さすがの沙紀も、色気もなんも、なくなってしまうなあ」

 佐々木の落ち着いた考察は正しいと俺も思った。伊織は指を指して笑い転げている。沙紀もウケたようで上機嫌だ。

 酔っ払った俺が……集まるとこうなるのか……。覚えておこう。


 沙紀は当然のようにタンスからズボンをだして穿くと、座卓の横に座った。

「もう失敗するなよ」

「ああ、大丈夫、大丈夫」

 ぜんぜん大丈夫に見えない。

 沙紀が濡れたパンツとズボンをいったいどうしたか? できるだけ考えようとせずに、またビールを飲み始めた。


 恐らくは……そのまま洗濯カゴに詰め込んだぞ。今日はもう洗濯する気にもならんし……どうなるんだ。まあ、どうでもいいか。

 いや、よくないかなあ……。


 鍋を始めてからかれこれ三時間くらい経っただろう。もう材料を足す必要もなさそうだ。ビールは底をつき、皆がチューハイを飲んでいる。

「なんだ、チューハイって美味いじゃないか。冷たくて、甘くて」

「そうそう。もうなんだって同……ゲップ、同じよ」

 ……女子高生がチューハイ飲んで喋りながらゲップをしていいのか? 駄目だろう。

 そう思いながら鍋の底の残り物を摘み上げていると、――! 鍋の具としてあり得ない物が出てきた――。

「――うお!」

 一瞬、箸を放して座卓から跳び下がった。他の三人がこちらを見ている。

「どうしたんだ、オリ。ゴキブリでも入っていたのか」

「いや、そんな物じゃない!」

 これを……全員に見せてもいいのか不安になった。しかし、これは明らかに誰かの仕業。俺の心境は、じわじわと驚きから怒りに変わりかけている。

「誰だ、鍋の中にスリッパを入れたのは……」

 俺は鍋の中で味噌色にそまった、元緑色のスリッパを箸で摘み上げた。

「――おい! 俺達はそのスリッパの出汁が出た鍋を食べていたのか?」

「――底に昆布が浸かってると思ったのは――スリッパだったのか!」

「どうりで、濃厚な出汁の味がして美味しいと思った!」

 スリッパを箸で摘まんで洗面台でへと持って行き、水洗いをした。捨てる訳にはいかないだろう。


 なんせ……、共同便所用のスリッパなのだ……。


「誰だ、怒らないから素直に手を上げろ」

 沈黙の中、静かに手が挙がった。

「やっぱり、沙紀だったのか」

「エヘヘ。御免ね。面白いかと思ってやっちゃった」

 さっき、窓の方を向いている隙に入れたのだろう――。

「可愛く言っても駄目だ!」

「食べ物を粗末にしたら駄目だって親から言われていただろ!」

 佐々木と俺は沙紀に説教をする。

「鍋の中身は全部食べたから、決して食べ物を粗末にはしてないわあ。それに、怒らないって言うから正直に手を挙げたのに、怒るなんて酷おい! 酷過ぎるわ!」

 女口調で喋られると、俺達も辛い。泣き真似までするのが、可愛くハラ立つのだが、やれやれだ。仕方ない、許してやろう。俺がこんなにも寛大でいられたのは……酒のせいだろう。

「まあ、面白かったからいいか」

 佐々木もそう言うと、鍋の底をまた探しだした。

 俺はもう鍋を食べる勇気がない。佐々木も、他に何か入っていないか探しているだけだろう。

 すると……俺は伊織がうつ伏せになって、肩を小刻みに震わせているのに気がついた。

「……? おい、大丈夫か伊織。もしかして、飲み過ぎて気持ち悪いのか」

「急性アルコール中毒じゃないだろうか」

 沙紀も急に真面目な顔をして伊織に近づく。未成年にお酒を飲ましたのはマズかったかもしれない。俺はスマホを探して、万が一の時は救急車を呼ぼうと思った時、佐々木が言った。

「ただ笑ってるだけじゃないのか。そして、恐らくこれのせいだろう」

 佐々木は箸で鍋の中から茶色に染まった……女性物のパンツを摘み上げている。


 俺も沙紀も……空いた口が塞がらなかった。


「あーはっはっはっはー。ヒーヒー死ぬー。笑い死んでしまうー」

「人の気も知らないで! 死んでしまえ」

 俺が怒鳴ると、沙紀は洗濯カゴの方へ飛んで行き、中身を確認している。

「ま、まさか、さっきまで穿いていた奴をいれたんじゃないだろうな」

「な、なんだと」

 佐々木が箸で摘んだままの……味噌色をしたパンツがプルプル震えている。

「大丈夫。一応洗濯済みのを入れたから。食べられるかもよ」

 伊織が笑った後の涙目で言う。

「まったく……、最近の闇鍋って、もっとマシな物が入ってるぞ……ってえ! 言ってるそばから食おうとするな!」

 佐々木はパンツをポン酢に浸けて、口に運ぶ仕草をしている。


 俺が突っ込まなかったら、恐らく噛みついていただろう――。


 もういやだと、笑うしかなかった――。


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