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白井伊織と名乗る女子高生

登場人物

東条一とうじょうはじめ  :二十二歳 俺

佐々木裕人ゆうと:二十歳 ……俺?


 次の日、目が覚めるともう太陽は高い位置だった。

 頭が少し痛い。昨日の悪夢を思い出しながら部屋の中を見渡すと、俺一人だった。あいつの姿が見当たらない。いつもの見慣れた俺の部屋だ。


 なんだ、どうやら昨日の悪夢は……、ただの夢だったのか。


 水を飲もうと立ち上がると、部屋の扉をドンドン叩く音が聞こえた。誰が来たのだろうか……。もしかすると、何度か扉を叩いていたのかもしれない。


 扉は開けずに話す。


「どちら様ですか。あまり大きな音を立てないで下さい。響きますから」

 ドアの穴から客の様子を見ると、そこには制服姿の女子高生が立っていた。


 断言できる。

 知人ではない。

 しかし、その女子高生は扉の向こうで堂々とこう言った――。


「やったぞ、喜べよ。脳と肉体の完全支配に成功したんだ。とりあえず中に入れてくれ。しかも女子高生だぞ、女子高生!」


 ……意味が分からない。

 いくら独り者の俺でも、さすがに見ず知らずの女子高生を中に入れる理由を持たない。

 変な女子高生をどうやって追い返そうか考え始めていた。少し頭が痛い。

「まあ、驚くのは当然かもしれないが、俺だってどうしていいか困ってるんだ。とりあえず信じて入れてくれよ」

「そうはいかない。君は部屋を間違ってるんじゃないか?」

 そう答えても、その女子高生は表札を確認すらしない。


 女子高生のくせにえらく言葉が乱暴だ。最近の女子高生は自分のことを「俺」と言うのが流行っているのだろうか。

 ――いや待てよ、今の会話に記憶がある。

 昨日俺があいつと交わした会話と似ている。

 昨日の悪夢がデジャブになって蘇りつつあるのか? ……そう考えていると女子高生は俺のことを話しだした。


「馬鹿なこと言うなよ。俺は東条一。二十一歳独身。今年の4月から株式会社E―フィルムに入社して、営業二課で毎日クレーム対応に追われている。入社して半月は会社の寮に入っていたが、不具合があってこのアパートを借りた。その不具合とは……」

 そこまで話した時、少し扉を開いた。

「なぜ俺のことをそこまで知っているんだ。いったいどうやって調べた!」

 女子高生は俺の話を止めて少し笑って答えた。

「だから、俺はこの体を乗っ取るのに成功したんだ……ってえ、――お前は誰だ~! 俺の部屋の中で勝手になにをしていやがる!」


 はあ?

 ――なんなんだこいつは~!

 まったく意味が分からない!


 新しい詐欺の手口か。

 女子高生だが怪しいものを持っていないか見ると、その女子高生も自分の後ろに大きめの旅行鞄を置いているのに気がついた。


「体を乗っ取るのに成功したとか言ったが、だったらそれが本当かどうか試してやる。一つこれから俺が質問を出す。それに答えられたら入れてやる。どうだ、受けるか?」

 しかし女子高生は俺の言葉を……せっかくのチャンスを受けようとしない。

「ちょっと待てよ、他人のお前に用事はない。東条一がいるはずだ。そいつを出せよ」

 そう言って俺の顔を睨みつけている。

「……なにを言っている。東条一は俺だ。ちなみに今は二二歳だ、独身だがな。……独身だが女子高生に用はない。俺の質問に答えないと言うのなら帰ってくれ」

 扉のノブをしっかり握ってそう言う。女子高生は扉の向こう側で一つため息をついてこう言いだした。

「東条一は髪を金色なんかに染めたりしない。いくら染めたとしても顔が全然ちがう。もしもお前が東条一だって言い張るなら逆に俺が質問を出す。もしお前がその答えをあっさり答えられれば東条一だと認めてやる。まあ、他人のお前には絶対に答えられないだろうけどな。では問題です」

 はあ? なんでそうなるんだよ。大丈夫か近頃の女子高生は?


 寝起きの俺は理解に苦しんだが……こいつが出す問題っていうのが、聞かなくても想像できる。夢で見たようなことを言っていやがる。


 だから先に言ってやった。

「その問題を言う必要はない。どうせ、「俺が一歳の時にした火傷の痕が今もあります。何処でしょう~?」だろう。そして答えは「右腕にカニみたいな火傷の痕が残ってる」で間違いない」


 女子高生は口を空けたまましばらく驚いていたが唸りながら言った。


「な、なんで、他人のお前がそこまで知っているんだ……。そのことを知っているのは俺の家族だけだ……。いや、家族ですらもう忘れているかもしれないのに……」

 その女子高生は立ち尽くしていた。

 だが確かにこの女子高生は俺のことを知っている。俺が見た昨日の悪夢のように、こいつは朝起きたら俺の記憶のままでまったくの別人……女子高生になっていたのかもしれない……か。


 俺が昨日、起きたら佐々木裕人になっていたというあの悪夢が……、この女子高生には現実に起こっているのかもしれない――。


「とりあえず入りな。話くらいは聞いてやるから」

 女子高生はトボトボと旅行鞄を持って部屋に入った。誰かに見られていたら色々と噂されそうだが、人が滅多に通らないのがこの安アパートのせめてもの救いだ。


「俺もたまたま昨日、今のお前と同じ境遇に立たされる悪夢を見た……。ある朝、目が覚めたら自分が別人で、その時は「支配に完全に成功した」って喜びの実感だけがあった。この部屋に辿り着くと、東条一のオリジナルがいたんだが、そのことを全く信じてくれない。信じさせるのに苦労をした……。俺が見た夢がお前には現実に起こった……そう言いたいんだな?」

 女子高生は頷いた。どうやら少し落ち込んでいるようだ。無理もない。


 やれやれ、これからどうしたものか……。

 しかも今日は土曜だが仕事にも行かなくてはならないはずだ。俺がそう言っていたのを覚えている……。


 少し長くなった前髪を触って考えると……重大なことに気がついた。

 ――前髪が長い! 長過ぎる! そしてその前髪は……金色だあああ!


 悪夢を振り払おうと頭を振り、思わず座卓を挟んで座る女子高生に問い掛けた――。

「俺の頭は、金色なのか!」

「さっきそう言っただろ。だからお前が東条一だなんて信じられなかったんだ。俺は……たった一年の間に……そんな姿になってしまったんだなあ……」

 またうつむいている。ショックを隠せないみたいだ。だが、今はそれどころじゃない! バッと立ち上がり、洗面台の隅に置いてある鏡で自分の顔を確かめた。


「な、なんてこった。この顔は、さ、佐々木裕人のままじゃないか。夢だと思っていたが……夢じゃなかったのか……」

 ショックを隠せないのは……俺の方じゃないか!


 驚く俺に女子高生が、

「ってことは、お前ももしかして、俺と同じように、脳と体の支配に成功した東条一なのか」

「……昨日の悪夢が現実だったのなら……そうなる」

 そうなってしまう……。


 俺は東条一が乗っ取った佐々木裕人。その現実に愕然としながら、うなだれるように畳に座った。

女子高生も気の毒そうに俺を見ている。そんな哀れむ目で見ないで欲しかった……。


 一息吐くと、少し笑って挨拶をした。

「初めまして、今の俺は佐々木裕人だ。よろしく」

 笑ってくれて構わない。

「こちらこそ、俺の名は白井伊織。十七歳。ピチピチの女子高生だ。本人が見たら喜ぶだろうなあ」

「……だよな。制服は好きだが普段はまったく女に縁がないからなあ」

 とりあえずは伊織の苦労話でも聞いて、オリジナルの東条一を待つことにした。


 さっきは慌てていて気付かなかったが、二人が挟む座卓の上には小さなメモが置いてあったのだ。

『仕事に行くので適当にくつろいでいてくれ。できればあまり出歩かないように』

 俺の筆跡だ。


 伊織と名乗る三人目俺と、俺とは……当然だが話がよく合った。


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