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金曜日

登場人物

東条 一  :二十二歳 俺

佐々木 裕人:二十歳  俺?

白井 伊織 :十七歳  俺? いや私? 女子高生

渡瀬 沙紀 :二十二歳 俺? いや私? 美しいOL?

石田 大造 :六十代男性 俺? いや……おっさん


由香    :遠距離恋愛していた元カノ。『サヨナラ』の置き手紙でフラれた

係長    :鬼のような(?)係長

斉藤 美奈 :二十四歳 隣デスクの少し気になる女性。父親が会社の専務

斉藤専務  :閻魔大王のような(?)専務


 あいつらはもう帰ってこないかもしれない。


 そして……そのまま本人の記憶が戻ってしまい、あいつらの存在した時間すら過去のものとなるのか……。


 寝付きが悪く、いつの間にか外は明るくなっていた。いつものようにスーツに着替えると会社へ向かった。こんな日は仕事に集中している方がよっぽど楽だ……。


 いつもより早く会社に着くと、もう係長は出勤していた。今まで気付かなかったのだが、毎日この時間に出勤しているそうだ。俺は斉藤が出勤するのを待っていたが……、今日もどうやら休みのようだ。

 あれから連絡も取れない……。係長も参った表情をしている……。


 時計が電子音で始業の時間を告げるのと同時に、内線電話が鳴った。

「はい、営業二課」

 係長が電話に出るのを遠目に俺はパソコンで仕事を始めている。昨日、今日と斉藤が出社していない理由は噂となり、またたく間に課全体に広まっていた。しかし、そんなことを気にしていたら今日も仕事にならない。

 これからどうなるにしても、今の俺は仕事しかすることがないのだ……。


 気が付くと係長がいつのまにか隣に立っていた。

「東条、斉藤専務から……専務室に来るようにと連絡があった」

 係長の顔色は思わしくない。専務が俺に用事があるとすれば、仕事関係では絶っ対っにない――。

 顔さえ見たことがない専務に……初めて会い、恐らくは謝罪しなくてはならないのだ。

「……わかりました」

「……かならず……生きて戻ってくるんだぞ」

「か……、係長?」

 係長なりの励ましのつもりなのだろうか……。まったく冗談には聞こえなかった。顔面蒼白になる。


 エレベーターで初めてビルの最上階へと昇る――。

 ゆっくりエレベーターの扉が開くと、他の階とは全く違う作りの階層となっており戸惑ってしまった。一人の女性が俺に近づいて問いかけてくる。

「おはようございます。営業二課の東条さんですか」

「は、はい。そうです。専務室はどこですか」

「こちらです」

 アンドロイドのような作られた笑顔を見せ、先に歩いて案内してくれる。

 コツコツと固いヒールの音だけが静かな廊下に響き渡る……。


 大きな扉の前で立ち止まると、そこからはなにも言わず、俺が扉を開けて入るのをじっと無言で見守る。


 膝は……少し震え、自分の意思では止めることができずにいた。


 ここでずっと立ち止まっている訳にもいかない。大きな扉を二度ノックし、失礼しますと言い中に入った。

 しまった――名乗るのを忘れていたが、もう部屋の奥の窓際では専務が仁王立ちしており、こちらを鋭い眼光で見ている。


 部屋の広さは、営業二課よりも広い。このフロア全てが専務室のような錯覚に陥ってしまうくらいだ。

大きすぎる窓からの逆光に、目がくらみそうになる――。


「おはよう。君が東条君だね。座りなさい」

「お、おお、おおはようございます。失礼します」

 専務室中央に設けられた黒い革張りのソファーに浅く腰掛けた。専務も目の前に悠然と座る。

「だいたいの察しはついていると思うが、君を呼んだのは仕事とは関係ない。まあ楽にしなさい」

「はい」


 ――いっそ、一思いにラクになりたい……。

 血の気が下がり、目の前が暗くなってしまいそうだ……。


 専務室の扉がノックされ、秘書が茶色いコーヒーをそっと置く。その間、専務は一言も喋らず、俺はビクビクしたままだった。

 秘書が部屋から出ていくと、専務は話を始めた。

「君のことは娘から聞いている。いつも世話になっているようだねえ」

「いえ、こちらこそ迷惑をかけているばかりで申し訳なく思っています……」

 専務はコーヒーを一口飲んで口を潤すと、いよいよ本題に入った――。


「うちの娘が……今どこにいるか、知っているかね」

 

 頭が真っ白になる。どこで何をしているか検討すらつかない。

「す、すみません! 連絡も取れず、私にはわかりかねます――」

 ということは、斎藤もあいつらと同じで、家を出たまま、どこかに行ってしまったのか……。


 昨日から悪い方にしか思考が進まない……。


「うちの娘は臆病者でねえ。君には心配掛けたかもしれないが、……実は、うちにいるんだよ」

 ――?

 専務のうちってことは……家にいる? あの大きな豪邸に?

「――え、そ、そうなんですか」

「ああ。サボっている。無断欠勤だ」

 ……。

 とりあえず一安心した。最悪の事態にはなっていないようだ。ただ、この後もそうとは限らない。

だから先に、ありのままを話しておこうと考えた。

「実は昨日の朝、斉藤さん……美奈さんから私のスマホに着信が入ってきたようなんですが、家に忘れていてしまい、その……」


「沙紀ちゃんか伊織ちゃんが通話に出てしまったって訳だろ」


 ――!

 専務からその名前を聞き、心臓が止まるくらい驚いた。

 ――なぜ専務が――二人の名を知っているんだ――!


 どこに、なんの繋がりがあったのだ! おっさんか? それとも、俺はいままで、あの四人に、なにかとんでもないトリックに掛けられていたのか?


 もしかして、騙されてでもいたのだろうか――?


 専務は得意げな顔をして続ける。

「係長やわしの娘に嘘までついて内緒にしているようだが、君の狭くて汚い六畳間には最近になって客が大勢来ていた。……違うかな」

「ま、まったく違いません。なぜ……それを知っているんですか」


 係長が俺の人生やプライベートの心配をするように、その上役の専務は社員の私生活を隅々まで知る必要があるのだろうか。

 ――いや、そんなのは無理に決まっている。

 気が動転し、何を考え、何を話していいのか、まったく分からない――。

「佐々木君とおっさんも楽しそうに話していたからねえ」

 おっさんは名前でなく「おっさん」のままなのか。まるで俺達の会話でも聞いていたかのようだ。

俺たちが最近会話をしたといえば……、


 ――!

「も、もしかして」


 専務がニヤリと笑みを浮かべ、どっしり掛けたソファーから少し乗り出し話を続けた。

「そのもしかだよ。君と娘の後をつけて来たのは……、君の友達だけじゃないのだよ」


 そうか――。

 あの日、『友鳥』には俺達以外の客が何人も入っていた。俺は専務の顔を知らない……。斉藤は俺の方をずっと向いていた……。


 知らないフリをしてカウンターで一人飲んでいれば、俺が気付くはずがない。

 斉藤は……周りなんて気にしてない。――いつものことだが……。


 だったら、店のマスターぐらいは気付いていたはず――ああ! だから帰りにタクシーの手配までしてくれたのか!

 それか……見るに見かねて専務がマスターにタクシーを頼んだか……そのどちらかだろう。


「可愛い娘には旅をさせろというが、なかなか旅立つようにも見えない。ちょっとは大人らしい社会の楽しみ方なんかも教育してやれれば良かったのだが、君も知っての通り、なんせマイペースなところがあってねえ」

 まったく同感です。とは……返答できないな……。

 専務はまたコーヒーを飲む。俺のコーヒーはまだ置かれた時のままの量を保っている。

「勘違いさせるようなことをしてしまい、すみませんでした」

「いいってことだ。勘違いする方が悪い。まして、それで会社を無断欠勤するなど、もってのほかだ……と言いたいところだが、いまどきの若者風で、それはそれで実にいい」


 専務が斉藤を大切にしているのが伝わってくる。


「係長が言うように、仮に君が二股や三股をかけているとしても、それで引き下がったり諦めたりするような娘には育って欲しくないのだが。なんせそういった経験がまったくないからなあ。あの娘は」

「は、はあ……」

「もっと人生経験を積まねばならん。それは君にも、わしにも言えることだがな」

 ごもっともでございますと言いたかったが、いま口を開けば、舌を噛んでしまうかもしれない。


 専務は時計を一度見ると立ち上がって話を続けた。

「娘のことで心配を掛けたなら謝る。いや謝らせねばならんな」

「いえ、まったくそのような心配はしていませんでした」

 ……あれ? この答えは間違えたかな。

「いえ、はい。心配でたまりませんでした。?」

 急いでそう言い直したが、……あれ、これでは専務と専務の娘さんに謝れと言っていることになってしまうではないか~!


 誰かこの問い掛けに「模範解答」ってのがあれば、教えて欲しい~。


「ええっと……、心配していましたが、家にいらっしゃると聞いて安心しました。なので、……そうお伝え下さい」

「そうか、分かった。伝えておく。君とも話せて楽しかった。機会があればまた『友鳥』ででも飲もうか。近いうちにな」

「は、はい。では、失礼します」

 ソファーから立ち上がると、そう言って扉へ向かった。専務は笑顔で頷いた。


 座っていたソファーには俺の汗染みが、クッキリと残っていた……。



 専務室から営業二課へ戻ると、一瞬全員がこちらを向き、その後、気がつかなかったかのように顔をそらした。大勢にチラ見される……。どうせ色んな想像を膨らませていたのだろう。係長に無事生きて戻ったことだけを告げ、仕事を再開した。


 とりあえず、一つの悩みは解決されたと思っていいのだろう。月曜日には斉藤が、なにもなかったかのように……いつものように出社する。そんな気がした。


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