斉藤専務の豪邸
登場人物
東条 一 :二十二歳 俺
佐々木 裕人:二十歳 俺?
白井 伊織 :十七歳 俺? いや私? 女子高生
渡瀬 沙紀 :二十二歳 俺? いや私? 美しいOL?
石田 大造 :六十代男性 俺? いや……おっさん
由香 :遠距離恋愛していた元カノ。『サヨナラ』の置き手紙でフラれた
係長 :鬼のような(?)係長
斉藤 美奈 :二十四歳 隣デスクの少し気になる女性。父親が会社の専務
これからどうしようかとテーブルで腕を組んでいると、佐々木が近づいてきた。
「一人で楽しみやがって。まったく、羨ましい限りだぜ」
「お前らこそ盛り上がってたじゃないか。支払は責任持たないぞ」
「へへへ、そんなの関係ないさ。それより……」
「……ああ。どうするかだなあ」
斉藤がテーブルに顔をくっつけて、眠ってしまったのである。
腕をだらりと下げて顔だけ机につけている独特の寝方だ。何度が会社でも見たことがある。それを確認したから佐々木がノコノコ出てきたのだ。
「タクシー呼んどいたから使ったらいいよ」
そんな気の利いたことを言ってくれたのは、俺達じゃない。店の御主人、マスターだ。
「あ、ありがとうございます」
「いいって。斉藤さんのお父さんもよく帰りにタクシーで帰ってるからねえ。まあ、そんなに遠くないんだけど」
「どのあたりかご存じですか」
「簡単簡単。この道をまっすぐ行った突き当りだから。一応運転手にも伝えてあるから大丈夫」
「ありがとうございます。あと、「おあいそ」」
「あいよ」
俺は礼と勘定をお願いした。
レジでお金を払っていると、ちょうどタクシーも来たようだ。
「ところで、二人は知り合いなのかい」
「ええ、会社で同じ課なんですよ」
「ふうん、君の課には色んな人がいるんだねえ」
マスターは俺と斉藤のことを聞いてきたのではなかったようだ。佐々木や他三名のことだったようだ。
「いや、こいつらは他人です。他人と言うか、顔見知りというか、まあ……」
佐々木と顔が合う。他の三人もじっとこっちを見ている。注目の的だ。
「……実は友達です。今日、ここで飲むのも内緒だったのに来てしまって……。あ! あと、あっちのテーブルも一緒に「おあいそ」してもらえますか」
「え、君が払うのかい」
「はい。払います」
マスターは事情が呑み込めていなかったが、レジを打ち始めた。
「お、サンキュー、オリ」
「オリって言うな、あと顔が近すぎるんだよ佐々木」
佐々木も少し酔っ払って上機嫌だ。他の三人もいい顔色と表情をしている。
「二万五千円です」
想像していた通りの額だな。フッ……。
財布からはすべての札が出払った。
――しまった。これではタクシー代が払えないのではないだろうか。マスターにも気付かれてしまったようだ。
「タクシー代は斉藤さんに今度もらっとくよ。文句は言わないだろうから。あの人は太っ腹だし」
そう言って俺に千円札を一枚手渡してくれた。斉藤の家はここから近いのだろう。
「すみません。ありがとうございます」
「斉藤さんは厳しい人だからちゃんと挨拶しとかないと、知らないぞ~」
脅しでは……なさそうだな……。俺はひきつった笑顔を見せ、その斉藤専務の娘の所へ行った。
「斉藤、タクシー呼んでくれたから帰ろう。立てるかい」
「……ううん。……おんぶう」
……目を閉じたまま言う。
おいおい、本当に寝てしまったのか? っつーか、「おんぶう」ってなんだよ?
一瞬どうしようか迷ったが、お互い酔っ払ってるし、このことを明日とやかく言われたりしないだろう。斉藤の横にしゃがんで背中を向けた。
斉藤は俺に体をグラリと預けてくると、仕方なくおんぶして店を出た。
「御馳走さま」
「まいど!」
扉は佐々木が開けてくれた。焼き鳥の礼のつもりだろうか。俺は斎藤と一緒に店の前でハザードを出して止まっているタクシーに乗り込んだ。
「お前らは先に帰ってろよ」
「ああ。専務によろしくな」
小さい声で佐々木がそう言うと、後ろからも声援がくる。
「よろしく言ってポイント上げるのよ」
「一度くらい怒られてもめげるんじゃないわよ。出世と彼女をゲットしよー。あはは」
「二兎を追うものは一兎を追うよりも難しいぞ」
なんのこっちゃ。
運転手にとりあえず出してくれと告げた。
運転手は突き当りの家という「迷惑はなはだしい超近距離」を文句も言わずにゆっくり走ってくれた。
斉藤の家は大きかった。
俺の住んでる安アパートよりも大きく、庭が広い……。
玄関のチャイムを押すと、電子音ではない落ち着いたチャイムが鳴る。
その豪邸の娘は今、俺に支えられて立っている。さすがにおんぶしたままで「ただいま」とはいかないだろう。
「お帰りなさい」
玄関に出てきたのは母親だった。閻魔大王のように怒った専務ではなく……ホッとするべきなのだろう。
とりあえず頭を下げて礼をした。
「どうもすみません。生ビール一杯で酔ってしまったみたいで」
「いいんですよ。美奈も楽しみにしていたようですから」
母親が俺の代わりに斉藤を支えてくれた。
「美奈、お父さんが帰る前に早く寝なさい」
「ただいま~。東条君、また明日ね~。今日はありがと……」
「こちらこそ。じゃあまた会社でな」
そう言うと、もう一度母親に礼をした。そして二人が家に入っていくのを見送ると、俺も帰ることにした。
帰りは当然、歩きである。
まっすぐの道だ、迷おうと思っても迷えない。ただ暗い道を歩いていると気味が悪い。
……なにか……出てきそうだ。
「わ!」
――ほら出た! ……出るとは思っていたが。
俺は飲み過ぎではないが、頭を押さえながらその出てきた奴らに話しかけた。
「出迎え御苦労。っていうか、さっさと帰っとけよ」
「なんだよ、ちょっとくらいビックリしろよ」
佐々木が残念そうな顔で見ている。その後ろには三人が当然のように立っている。こいつらはよっぽど仲がいいんだな、感心するぜ。
「なんで今日、『友鳥』へ行くのが分かったんだ」
「佐々木が一人で走って追いかけて、それで私達は急いで着替えたってわけ」
伊織が答えた。俺は全員の姿を見る。急いで着替えたのは解るのだが……、
「だったらもっとましな服着てこいよ。なんでジャージなんだ沙紀」
「着心地が最高。スカートなんてめくれるから嫌い。めんどくさい」
ジャージの袖はまだ、まくったままだ。
「それより、専務はどうだった。ド叱りされたんじゃないの」
「いや、まだ帰って来てないようだ。だから」
道路から少しそれたあぜ道へ入った。この辺りにはまだ田舎のような風景も残っている。
「出くわさないように、こっちから帰るぞ」
「「おお」」
みんな上機嫌でついてくる。こうでなくっちゃいけない。
「おい、みんな見てみろ、今日は月が一段と奇麗だ」
おっさんの声に皆月を見上げた。満月ではないものの、あぜ道がハッキリ見えるくらい今日の月は眩しかった。
「月がとっても青いから~」
「「遠回りしてか~えろ」」
皆が同時に歌い出した。しかし、誰一人そこから先は歌わない。歌詞を知らないのだ。
「おっさん。次の歌詞はなんなんだ?」
「はっはっは。知らん。この歌の歌詞は、実はこれで終わりなんじゃないかのう」
「それはないだろー」
酔っていたって俺達の突っ込みは素早いぜ。なんせ、全員関西出身だからな。
「そういえば、斉藤のお尻の感触はどうだった~?」
……そんなことしか聞けないのか、お前らは。
ハア~とため息が出るのだが――、
「はっはっは! やわらかくてマシュマロみたいで枕にしたい素材ナンバーワンだったぜって、俺はアホか」
「「おおおおお~!」」
「ええのお。わしも触りたいのお」
「おいおい、おっさんはそんなこと言ったりしない!」
佐々木がそう指摘する。しかし、おっさんは少しうつむいて呟いた。
「ワシなんか、もう……そんなマシュマロのようなお尻を触ることなく朽ち果てていくのかのお……。いやはや、定めとは言え寂しいじゃないか……」
少ししんみりとしてしまった。
青い月は水のない田んぼと俺達五人を照らしている。
すると伊織が潤んだ瞳で言った……。
「そう……だよね、可哀そうだよね。みんな同じ年しか生きてないのに」
コクっと伊織はなにかを決意して頷くと、おっさんに背を向けた。
「いいわ、おっさん。あたしのお尻で良かったら、――触って」
――!
――?
「本当か、本当っっっにいいのかっ!」
おっさん……。指が小刻みにプルプル震えている……。
「おいおい伊織、それに、やめとけよおっさん」
佐々木が二人の間に入ろうとしたのだが、
「いいのよ。こんなことで嬉しいのならどうぞ」
俺達の見守る中、おっさんの手が伊織のお尻に少し触れたかと思った瞬間――、
「いやーん。おっさんのエッチ!」
伊織が大げさにジャンプすると、みんなが笑った。おっさんもゲラゲラ笑っている。
「そうじゃ。そのリアクションの方が、奥ゆかしさがあるんじゃ!」
それからも馬鹿な話をし、笑いながらアパートへと帰った。
今日は本当に楽しかった。皆もそうだろう。聞かなくても分かる。




