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すいすい水曜日

登場人物

東条 一  :二十二歳 俺

佐々木 裕人:二十歳  俺?

白井 伊織 :十七歳  俺? いや私? 女子高生

渡瀬 沙紀 :二十二歳 俺? いや私? 美しいOL?

石田 大造 :六十代男性 俺? いや……おっさん


由香    :遠距離恋愛していた元カノ。『サヨナラ』の置き手紙でフラれた

係長    :鬼のような(?)係長

斉藤 美奈 :二十四歳 隣デスクの少し気になる女性。父親が会社の専務


 この日の仕事は、すこぶるはかどった。


 はかどらずに残業なんてことになったら大変だ。いつものように斉藤は仕事をしている。

 朝から今日の予定の話などまったくしない。俺の方から確認しなかったら、斉藤からは何も言わないかもしれないな。……もしこのまま何も聞かずに定時になったら、なんて言うのだろうか。試してみるのも面白いかもしれない。

 そう思った俺は、斉藤から話しかけてくるまで何も聞かないことにして様子を伺ってみた。


 まったく面白い結果ではなかった。

 本当~に定時まで何も話しかけてこなかったのだ――。ひとことも~!


 今は夕方の五時一五分だ。赤い夕陽がオフィスに差し込んでいる。

 斉藤はいつものようにパソコンの電源を切りもしないで帰り支度をしている?


 ……本当に忘れているのか、それとも怒っているのかもしれない。


 「お先」などの挨拶もなしに席を立って帰ろうとする斉藤を、俺は焦って引き止めた。

「さ、斉藤! 今日は、どこへ行く予定なんだ」

 斉藤は振り返らずに俺に聞こえるか聞こえないか分からないような小さな声で言った。

「『友鳥』って焼鳥屋さん、知っているでしょ。そこに十九時丁度に待ち合わせしましょう」

 こちらを向いて続けた。

「東条君は……まだまだ仕事残ってるでしょ」

 ……。確かにそうだ。

 斉藤はそれだけ告げると、さっさとオフィスを出て行ってしまった。


 まるで俺の仕事が遅くて、斉藤の仕事が早いように聞こえるかもしれないが、決してそうではない――。

 斉藤は定時になればどんなに仕事が残っていても帰ってしまうんだ。係長がそのことについてとやかく言わないのは……なにか俺の知らないところで未知の力が働いているとしか思えない。

 見えない力だ! まるでフォースだ! 

 斉藤のパソコンの電源を切ると、また自分のパソコンに向かった。



 ようやく仕事が片付き、時計を見ると、一度アパートへ帰る時間的余裕があった。……別に帰って風呂に入って鬚を剃っておめかしして出かけるつもりはないが、スーツから私服に着替える時間くらいはありそうだ。

 なんせ、友鳥という焼き鳥屋は、俺の安アパートから歩いて十分程の近い所にある。電車の時刻に間に合うように急ぎ足で会社を後にした。



 タタンタタン――タタンタタン――

 電車に揺られながら考える。

 あいつらは晩飯どうするだろう。弁当でも買って帰るか、ピザでも取ってやるか……。

俺一人だけ焼き鳥を食べて飲んで、あいつらは弁当で我慢しとけって言ったら……たぶん怒るだろうなあ。もし俺だったら怒るだろうからなあ。

 だが、まあそれも仕方ないか……まさか一緒には行けない。それはあいつらも十分承知しているだろう。



 安アパートの扉をあけると、そこにはいつものように四人がゴロゴロしていた。

「お帰り。今日は斉藤と飲みに行かなかったのか」

「あまりにも時間が早いわよ」

 ネクタイを緩めながら言った。

「ただいま。これからなんだ。十九時に待ち合わせだ」

 場所は言わない。他の奴らも聞いてこない。俺は着替えが済むと顔だけ洗って出ようとした時に、

「おっと、忘れてた。悪いが今日は弁当かピザでも取ってくれ」

 財布から五千円札を出して机に置いた。

「わかった。……俺達のことは気にせずに十分楽しんでこいよ」

 佐々木がそう言う。

「今日は午前様になってもいいわよ」

 伊織が片方の口を少しだけ上げ、ニヤリと笑いながら言う。

「馬鹿なこと言うなよ」

 俺はそう言うと、扉を開けて出掛けた。

 みんなが「行ってらっしゃ~い」と機嫌良く見送ってくれた。


 約束の時間まではまだあるが、小走りで店へと向かった。あいつらのことだ――、

 ――尾行してくるかもしれない。


 もし俺だったらそうするかもしれない。なんせ暇つぶしに最適だ。時々俺は振り向いたが、電柱の裏、家の塀の角、ゴミ箱の裏、特に怪しい人影は隠れていなかった。

 よくよく考えてみると、俺が帰った時に全員部屋着姿だった。そんなすぐに全員が出掛けられるわけがないか。

 思い過ごしだと一息つくと、普通に歩き、目的地を目指した。



 外はもうすっかり暗くなり、少しだけ肌寒いのだが、店の外で斎藤を待つことにした。……待つこと十八分。斉藤は俺が来た反対方向から歩いてきた。

「こんばんは」

 斉藤の私服を見るのは初めてだった。特に派手さや個性からは遠くかけ離れた、大人しい服装。いかにも斉藤らしかった。まあ、服のセンスについては俺も人のことは言えないのだが……。

「よう」

 そう答えると、友鳥の扉を開いて二人で中に入った。


「いらっしゃい」

 店員の元気な声が聞こえる。何度か来たことがあるこの店の店員は、もう顔見知りである。カウンターではなくテーブル席に座った。

「斉藤はこの店によく来るのか」

「私は生ビール」


 ……俺の問いかけ、まったく無視? 


「あいよ。お兄さんもビールでいいかなあ」

「は、はい。ビールでお願いします」

 斉藤は俺の話が聞こえていなかったのだろう。もう一度同じことを尋ねてみた。

「うん。何度かお父さんと来たことがある」

「へえ。お父さんと居酒屋に行ったりするんだ」

 お父さんって……専務のことだよなあ。会社の専務の顔を知らないのはまずいことなのかも知れないが、実際に見たのは……入社式の日? 一度あるか、ないかなのだ。


 ビールが運ばれてきたが直ぐに飲むのは我慢し、食べ物を注文した。

「肝刺し、串焼き盛り合わせ、造り盛り合わせ、あと、天ぷらの盛り合わせ」

「あいよ」

 焼鳥屋ではあるが、この店は色んな旬の物が味わえる。

 ホワイトボードにはその日のお勧めが書き記されていて、毎回違ったものが楽しめるのだ。そんな旬の物も遠慮せずにどんどん注文するのは、ここが斉藤のおごりだから……というわけではない。

 いくら無口な同僚とは言え、本気で全部御馳走してもらおうとは思ってなんていないさ。

「お疲れさま」

 斉藤は生ビールのジョッキを出してくるので俺もジョッキを出して乾杯をした。そしてそのジョッキを口にしたとき、思わず吹き出しそうになってしまった――。

「いらっしゃい」

 店員の声に店の入り口を見ると、なんとそこには! ――俺のよく知ってる四人が、不自然さを装って入って来たのだ――。


 俺の驚きの視線を、堂々と無視して店に入ってくる~。


 俺達のテーブルから入口を挟んで反対方向のテーブルに座った。その姿も、全員部屋着やジャージといった姿だ。あんな姿で俺は、コンビニすら行ったことがない……。

 沙紀のジャージ姿は恐ろしいくらい居酒屋にマッチしていた。……どんだけ常連なんだ~と勘違いさせるほどに――。


「どうしたの。知り合いでも来たの」

 斉藤がそう言って振り向こうとする。

「いやいやいや、ただ知ってる奴と――似ていただけだ。ニアミスってやつだ。あの四人はまったくの他人だ。見なくていい」

 額に汗をかきながらそう言って斉藤の気を引く。斉藤はチラリとそのテーブルを一目見て、こちらに向き直った。

「ふうん。若い女子やおっさんが気軽な姿で来てるけど、なんの集まりだろうね」

「そうだなあ……。同窓会なんじゃないか、ハハハ……」

 適当に上手くごまかすが、


 年齢が違う四人で、同窓会のはずがないだろう~。

 俺のバカ~!


 それから普通を装い飲み直したが、凄く居心地の悪さを感じたのは言うまでもない。


 会社で話すことが少ない斉藤とは共通の話題が少なかった。テレビや芸能界の知識などは俺には皆無だし、斉藤が何が好きだとか知る由もない。話はほとんど仕事の話になってしまう。

「東条君は、なんで残業代もつかないのにいつも遅くまで仕事をしているの」

「自分に与えられた仕事は出来るだけ次の日に回したくないの。次の日にはまた次の日の仕事があるわけだし。今日だって仕事は全部片付けて来た。だからこうやって気兼ねなく飲んでられるんだ」

 そう答えてジョッキを口にする。俺はもうすでに数杯を空にしていた。斉藤はまだ一杯目をゆっくり飲んでいる。酒にそんなに強くないのだろう。頬が少し赤くなっていて、それが可愛かったりする。

「仕事で疲れた後のビールは最高だ。逆に言うと、その最高のビールを飲むためにわざわざ仕事を疲れるまですると言ってもいいかも」

「東条君って若いくせに、おっさんみたい」

 斉藤は笑いながらそう言った。俺も笑ったが、「おっさんみたい」というのが、心にグサッと突き刺さった。

 ちらっと向こうのテーブルを見ると、通称「おっさん」がビールを飲み、注文をしていた。

「おーい注文。レバ、ハツ、ズリ、カワ、くび、ケツ、とり」

「おっさん、最後の「とり」ってなんだよ。全部鶏じゃねーか~」

 全員にそう突っ込まれている。こっちのテーブルと違って、盛り上がっていて楽しそうだ。

他にも数人客が入り店内は賑やかだった。

「ねえ、あれから彼女とは別れたの」

 視線を斉藤に戻した。……いきなりそんなことを聞いてくるのはいかにも斉藤らしい。

「え、ああ。あれ以来音信不通さ。もうかれこれ一年くらいかな」

「十カ月ね。別れたのクリスマスだったんでしょ」


 そういう嫌なことだけ……よく覚えていらっしゃる……。


 そうは口にしないが、俺はまたビールを口にした。

「あの時も東条君落ち込んでたもんねえ」

「ああ。そんなこともあったかなあ、ハハ……」

 はあ~。その話題はできれば踏み込んで欲しくないのだ。

「で、それからはどうなの」

「……? だから音信普通のままって言わなかったか」

「そうじゃなくて、それから誰か彼女はできなかったの」

 机に両肘をついて俺の顔を覗き込んでくる。顔がまた赤みを帯びている。会社では見せない表情だ。

「できないできない。俺はそんな簡単に彼女ができるような男じゃない。そんな男前にも見えないだろ」

「うん」


 ――即答しやがった。


 フン、俺だってできれば可愛い彼女が欲しい願望ならあるさ。草食系男子だなんて思われたくもない。

そう思ってふと目にしたのは申し訳ないが斉藤ではない、向こうテーブルの沙紀である。


 沙紀のように美人な彼女がいたら、最高だろうなあ。


 しかし……。沙紀がジャージの袖をまくって、ビールジョッキをグイグイ傾けているのが見えると、少しがっくりし、そんな妄想を振り払った。

 当然のように他の奴らも同じように袖まくりをしている。そして俺も――袖まくりをしているのに気がついた。

「また向こうのテーブル見てる。誰か可愛い子でもいるの」

「あ、ごめんごめん」

 慌てて斉藤に視線を戻すと、少しふくれっ面をしている。俺は何気なく、まくった袖を元に戻した。

「でも最近彼女できたんじゃないの」

「だ~か~ら、できてないって」

 嘘はついていない。また口にビールを運んだ。

「でも係長が、「東条のスマホに電話したら若い女が出た」って驚いていたわよ」


 ブー――!


 クイズ番組の間違い音ではない。俺がビールを噴き出しただけだ。係長、あんたは何を誰に言いふらしているんだあ。人のプライベートを~って……。


 遅刻した俺が悪いのか……。


「やっぱり彼女できたんでしょ」

「いや、違うんだ。あれは田舎から出てきたおふくろが勝手にスマホに出たんだ。もう帰ったけど、東京巡りする拠点にする~とか言って、俺の安アパートに来てたんだ」

 口元を拭きながらサラリとありそうな嘘をつく。斉藤は分かったような疑ったような返事をした。

「でも、若い女性の声だったって言ってたわよ」

 チラッと上目遣いをされると、ちょっとドキッとしてしまう。

「ああ、いい年の女性はなぜか高い声で電話に出るだろ。あれを若いと聞き間違えたんだろう」

「ふーん」

 またビールを口に運んだ。


 分が悪いことに、係長と沙紀がどんな会話をしたのか俺は知らない。こんなことなら一字一句、問いただしておくべきだった……。


 斉藤に気づかれないように目だけで向こうのテーブルを確認した。飲む量が多く、かなり盛り上がっている。五千円ではとっくに足りない額だろうが、もう俺の知ったことではない。

 少し酔いが回ってきている。

「俺のことばっかりだが、斉藤はどうなんだ。いい男でも見つかったか」

 いま誰かと付き合っているのかと聞かないのは、その必要性を感じないからだ。


 斉藤に彼氏ができたなら、鈍感な俺ですらその変化に気が付くと思う。

 それにだ、彼氏がいるのなら、わざわざ俺なんかを誘って居酒屋に来ることもないだろう……。


「ちょ、ちょっと急になによ。私のことはいいじゃない。……内緒よそんなの」

 その返答でよく分かるよ。

 まさか斉藤が自分の彼氏の自慢話をしたいために飲み屋に誘ったりなんてしないだろうからな。

斉藤の顔がまた赤くなっているのが、ちょっと可愛い。

「そういえば東条君のスマホ……番号もアドレスも教えてもらってない気がするけど」

「……そりゃあ、聞いてきたことがないんだから当然だろ?」

 番号をさらりと言うと、聞き直すことなく斉藤は自分のスマホに登録していた。

「私のも……聞きなさいよ」

 えらく命令口調だ……。会社では数年後そういう立場になっているかもしれないが……。

「はいはい」

 スマホを出して斉藤の番号を登録した。気のせいか斉藤は嬉しそうだ。


 最初は斉藤と何を話していいか分からなかったが、楽しい時間を過ごせたと思う。


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