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血のような火曜日

登場人物

東条 一  :二十二歳 俺

佐々木 裕人:二十歳  俺?

白井 伊織 :十七歳  俺? いや私? 女子高生

渡瀬 沙紀 :二十二歳 俺? いや私? 美しいOL?

石田 大造 :六十代男性 俺? いや……おっさん


由香    :遠距離恋愛していた元カノ。『サヨナラ』の置き手紙でフラれた

係長    :鬼のような(?)係長

斉藤 美奈 :二十四歳 隣デスクの少し気になる女性。父親が会社の専務


 昨日のゲーム大会で親指の皮がヒリヒリしている。年甲斐なく久々にゲームにハマってしまったことを少し後悔しながら出社した。


 佐々木が昨日のうちにメールしてくれた内容を、もう一度会社のパソコンで確認してから返答メールを送信していく。


 佐々木の仕事ぶりは見事だ。

 まるで自分自身を褒めるようで気分がいい。

 当然だが今日も仕事はたくさんある。その他の雑務もあるが、まずは昨日と同じようにクレームメールを整理していった。


 仕事をしている途中、あることに気付いた。

 今日はいつにもなく、クレームのメールが次々と送信されてくるのだ。

 最初はそれらを後回しにしていたが、気になったのを先に確認すると、そのほとんどが同じ内容のクレームで殺到していたのだ――。


 その内容は、『二回も同じメールが来たがどうなっているのか』というクレーム対応への再クレームだった。


 他のメールにも目を通すと、次第に事情が呑み込めてきた。

 そのうち、電話でもその件についてのクレームが来はじめ、俺の前の電話にどんどん回されて来る。

『まったく同じメールが来たが、おたくの会社のパソコンはウィルスに感染してる恐れなどはないんでしょうね!』

「申し訳ございません。決してそのようなことはございません。弊社担当者の手違いによって、別アドレスから配信したものと重複したようです……」

 ひたすら謝るしかない――。

 同じ失敗ではないが、昔にも一度、俺はこの件で係長に叱られたことがある――。


 自分の家のパソコンから直接メールを相手先に送信してしまったのだ。当然、そんなことをしたら相手先の会社は困惑したり、会社との連絡に支障をきたしてしまう。対応が遅れたり、個人アドレスに不信感を覚えたり、顧客が怒るのは当然だ。

 その時も係長にきつく叱られた。


 ……今回のことも、かなり怒られるだろう。

 電話に数件対応しながら、そっと係長の方を見ると……、


 案の定だ。こちらを睨んでいる……。そして、その顔には、「こちらに来なさい」と書いてあるようだった。


 ケッチョンケッチョンに叱られ、自分の席に戻った。隣の斉藤がパソコンから目も離さずにまた語りかけてくる。

「……今日も叱られたの。いったい、なにをやらかしたのよ」

 答えたくもないのだが……内緒にしていても仕方ない。

「家のパソコンで仕事しているうちに、どうやら先方に、「返信」してしまったみたいだ。それに気付かなかったから……また会社からも返信してしまったんだ……」

 大きくため息をついて言うと、同じように大きくため息をつかれた。

「はあー。東条君、前にも同じ失敗してたものねえ。そりゃ叱られるわ。家に帰ってまで仕事なんてするからよ」

 パソコンの手を緩めず、視線もこちらに向けもせず、そうため息をつく。


 まさか、斎藤にため息をつかれてしまうとは……なんか、自分が情けなくてさらに凹んでしまう。

斎藤は、俺の心配をしていたのか、ただ興味本位で聞いたのか、手は忙しいが口が暇なだけなのか……、表情が変わらないからまったく理解できない。


 そのまま黙ってしまったので、俺も仕事を再開した。


 仕事を再開し、ちょうど一八〇秒経った時だった。

「明日、飲みに行かない?」

 ……?

 斎藤がなんて言ったのか聞き取れず、斉藤の方を向いた。同じようにパソコンに向かって仕事をしている。空耳だったのだろうか。

「斉藤、今、なんか言ったか?」

 そう尋ねると、斉藤はこちらも向かずに続けた。

「言ったわ。明日飲みに行かない? って」

 急に……なにを言い出すんだ?

 この斎藤の考えているとこ、やっぱりまったく理解できない。

 入社したての頃に、一度だけ俺の方から飲みに誘ったことがある。あの時は見事にフラれた。「彼女のいる人とは……一緒に飲めない」……確か、あの時もこちらを見もせずに断られた。忘れるはずもない。


 だが、今回は斎藤からの、お誘い……?


「急だなあ。どうしたんだ」

 普通は即答すべきなのだろうが、以前のこともあり、ついそう訪ねていた。

「最近、東条君落ち込んでるみたいだから、おごってあげる」

 そう言いながらキーを叩く。

 どこで? とか、何時から? とか、時と所ってやつが俺にとっては気になるのだが……。それに、そもそも俺の返答を待っているのか、もう決定しているのかすらもよく分からない。

 俺は自分の身の回りのゴタゴタ……仕事以外での……が、まったく片付いていないのだが……。

 ……明日は気晴らしに、俺のために時間を割こうと決意した。そして斉藤に返事をした。

「分かった。場所と時間はまた明日決めようか」

 ……返事がこない。

 一瞬だけ頷いたような……頷かないような……。聞こえていたのかどうかすら分からない。

 この女性……斎藤は、これが普通なのだ。



 今日の仕事は全部俺一人で片づけた。

 帰る頃には九時を過ぎていた。コンビニで弁当を買って部屋に帰ると、佐々木が急に、

「――スマン、オリ! 俺のせいで係長に怒られただろう」

 金髪頭で、昨日の沙紀と同じ仕草で急接近してくると、ビックリするではないか!

「なんだ、なんだ……いきなり」

 係長には悪いが、俺は今朝叱られたことは殆ど覚えていなかった。


 その後のことばかりを考えて仕事をしていたのだ。


「また家のパソコンからメールしてしまった。文句のメールとか……一杯来ただろ」

 他の三人も俺の方を心配そうに見守る。

「……ああ、来た。あと、係長にも怒られたが、なんで佐々木が謝るんだ?」

「え、なんでだよ。怒られた分、謝ってるんじゃないか」

 佐々木は一歩引き下がって言う。

「そういう意味じゃない。どうせメールしたのは伊織なんだろ? だったら別に、佐々木が謝ることないだろう」

「う……」

 俺は別に怒っていない。

 しかし……。昨日冷やかされた仕返しは、キッチリしておかなくてはならないな。

「佐々木は、伊織には妙に優しいからなあ~。なあ、おっさん」

「ああ、ああ! 佐々木は伊織にだけ妙に優しい! そう思う。その点わしなんて、ただの「おっさん」としか思っとらんのじゃろう」

 おっさんが昨日と同じセリフをぼやくと、その場が和んだ。

 俺は今日の失敗のことはとやかく言わず、弁当を座卓に置いて少し遅い夕食とした。


 ちなみに、俺が弁当を五個買ってきたのと、他の四人が何も食べずに待っていたのは言うまでもない。


「「カンパーイ」」

 弁当を食うのにもまずはビールだ。そして酒あれば乾杯。これは人間として当然の行動なのだろう。

しばらく食べた頃に佐々木が聞いてきた。

「ところで、今日のオリはやけに機嫌がいいようだが、なんかいいことあったのか」

「そうそう、さっきのことでもあんまり怒ってなかったみたいだし」

 伊織も気付いたように言う。


 俺は明日のことに期待大……とまで喜んでいたわけではないのだが、……こいつらは鋭い。

「なんてことはないんだが、明日、斉藤が晩飯を奢ってくれるんだ」

「――なに! 斉藤って隣の斉藤美奈のことだよなあ!」

 おっさんが大きな口を開けてそう驚く。

「おいおい汚いなあ。海老フライのしっぽが飛んできたっつーの。おっさんはもっと口元引き締めて喋れよ」


 他にも一緒に飛んできた「ご飯粒」や「バラン」やらを顔から無言で摘み取った。


「なんでじゃ。前に思いっきり拒まれたじゃないか。彼女と別れたから一八〇度方向転換するような女でもないじゃろうに」

 おっさんに佐々木も同調する。

「そうそう。彼女と別れた話をした時も、「東条君って最低ね」て言われたじゃないか」

 そう言われれば、そうだった。


 彼女が『サヨナラ』と書き置きして去ってしまったことを、不覚にも斉藤に話してしまったのだ。仕事中に。あの時も斉藤は、こっちを向きもせずにそう言ったんだ。


「時効よ時効。時が経てば人は変わるものよ」

 伊織がそう言うが、なんか説得力に欠けるのは気のせいか?。

「別にただ飯を食うだけだろ。お前らも知ってるように、あいつにはそんな気なんてないない」

 そうは言いながら、俺は少しだけ期待もしていた。


 同期入社で隣の席の女性と付き合う。

 ……まるで出来損ないの昼ドラのようだ。

「出来損ないの昼ドラのようね」

 そう言う沙紀は少し機嫌が悪そうだ。

 口数も少ない。


 ――って、おいおいやめてくれよ。

 そりゃあ、できれば俺だって、沙紀のような整った容姿の持ち主と付き合いたい願望もあるが……、それができないのが現実だ。

 道理が許さないだろう。

 あとお天道様も許さないし、当然だが俺も許さない。


 弁当を食べ終わると、風呂の準備をした。俺達はアパートの共用風呂に順番で入るが、女性陣はまた銭湯へと向かう。


 その準備をしている最中、急に伊織が具合が悪くなったようで、トイレへ走って行った。

 他の三人は心配していたが、俺にはおおよその予想がついていた――。


 ――恐らく……来るものが来てしまったのだろう。

 俺には……その後のことが心配だった。


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