俺だけ月曜
登場人物
東条 一 :二十二歳 俺
佐々木 裕人:二十歳 俺?
白井 伊織 :十七歳 俺? いや私? 女子高生
渡瀬 沙紀 :二十二歳 俺? いや私? 美しいOL?
石田 大造 :六十代男性 俺? いや……おっさん
由香 :遠距離恋愛していた元カノ。『サヨナラ』の置き手紙で……フラれた
目覚ましの音が頭に突き刺さる。二日酔いの頭に轟音の目覚ましは寿命を縮めそうだ。俺は目覚ましを一秒も奏でさせることなく止めて、躊躇なくもう一度眠りについた。
次にスマホの目覚ましが鳴る。右に同じ。俺は音を立てて微動するスマホのアラームを止め、躊躇なくもう一度眠りについた。
またスマホが音を立てて微動する。
今度は先ほどと違うメロディーを奏でている。ダスーベイダーの登場曲――係長からの着信だ!
慌ててスマホの通話をタッチする――。
『――東条か、今日は出勤しないつもりか!』
いきなり耳元で大きな声を出さないで欲しい。思わずスマホを耳から遠ざける。
「す、すみません。今起きました。。これから直ぐに出勤します」
答えると、……なにも返答がない。こいつはマズい。かなり怒っているようだ……。
『あれ、東条のスマホに掛けたはずなんだが。どちら様ですか』
自分で掛けてきておいて……「どちら様ですか?」はないだろう……。髪をかき上げてスマホを耳に当てる。
「係長ですよねえ。はい、東条です。間違いありません。すぐに出勤しますので」
『ああ、ではよろしく伝えて下さい』
係長から通話を終了した。
まいった……。初めて寝坊をしてしまった。時計を見ると八時半を過ぎている。
頭を掻きながらふとベッドの隣を見るとそこには……、
――寝息を立てて眠る見慣れた顔があった!
――あれ、どうして俺が隣のベッドで寝ているんだ……。
二日酔いで痛む頭を押さえて考える。
全てを理解するのに一分を要した。
そうか! 俺は東条一じゃない。――渡瀬沙紀だ。座卓の横で座ったまま眠ってしまったのか~!
どおりで係長の対応がおかしかった訳だ。
……こ、こ、これは、まずいことをしてしまったのではないだろうか……。係長に俺の声で……沙紀の声で返事をしてしまった……。どうしよう。
だが終わってしまったことを今さらくよくよ考えていても仕方がない。とりあえずオリを起こそう。
しかし……このことは言うべきか、いや、言わないべきか……。
ああ、頭が痛い。あなたならどうする状態だ~。
「オリ、起きて、もう朝よ。もう仕事の時間になってるわ」
沙紀の声でゆっくり俺は目覚めた。美人に優しく微笑んで起こされるってのは……目覚まし時計に起こされるよりも、数億倍気分がいい……。
「お、おはよう。起こしてくれてサンキュー」
礼を言ったが、時計を見て愕然とした――。
――ほぼほぼ九時!
「――なんてこった! これじゃ遅刻じゃないか!」
目覚まし時計をにこやかに握りしめ、幸せそうに眠る……おっさん。
――絶対にこいつが目覚ましを止めやがった。聞かなくても分かる――。このまま永眠してしまえと残酷な想像すら脳裏にチラつく~――!
しかし……スマホのアラームはいったい誰が止めたんだ? ベッドの枕元に置いているのに。
誰かがわざわざ止めにきたのなら、その時に起こしてくれてもいいはずなのに――。
沙紀は何も言わずに俺のシャツやネクタイを手渡してくれる。それがまるで、新婚ホヤホヤの愛妻のようで気恥ずかしかった。
「行ってらっしゃい、あ・な・た」
そう見送られると、――心臓がドキドキして二日酔いの頭はズキズキする。
「バ、馬鹿なこと言うんじゃない。じゃあな。大人しくしてるんだぞ」
シャツのボタンをとめながら部屋の扉を閉めると、俺は駈け出した。
ああ、頭が痛い。
酒のせいでもあるが、入社して初めて遅刻をしてしまったせいでもあった。
普段の出勤時間から一時間も遅れて会社に着き、まずは係長のデスクへと向かう。
「申し訳ありませんでした。ただいま出社しました」
深く頭を下げると、係長は特に叱る訳でもなく業務につくように指示した。俺が自分の机に向かおうとすると、小さい声で後ろから語りかけてきた。
「……まあ、若いうちはそういうこともある。親しい彼女ができたのならいいことだ」
「えっ?」
「ただ、今後何度も遅刻することはないようにな」
肩をポンと叩き、係長も席に戻っていく。
……?
なんのことか分からなかった……。
席に着いてパソコンの電源を入れ、ふと気になりスマホの着信履歴を確認すると、――寒気が走った――。
『着信履歴、八時三五分、「係長」』と表示されていた――。思わず二度見してしまった!
じゃあ……いったい誰が係長からの通話に出たんだ――。
沙紀は……俺を起こしてくれたが、そんなこと一言も言ってなかった。なら……おっさんか? それとも他の二人か……。いずれにせよ、知らずに通話に出てしまい、俺に見つかると分が悪いから黙って寝たフリをしていたのだろう。
狸寝入りしていたのだろう――!
さっき係長は……親しい彼女ができて~どうのこうのと言っていた。ということは犯人は絞られる。
……伊織だ。間違いない。
あいつが勝手にスマホに出て、そのまま寝たフリをしていたんだ……。
あいつが狸だったのか! クシャクシャの頭を掻きながらスマホで話す伊織。その光景が頭から離れない。
「あああ~、なんてこった。参ったなあ」
思わずそう呟いてしまうと、隣の席から声をかけられた――。
「どうしたの、東条君。遅刻したせいで何か忘れ物でもしたの?」
慌てて頭の上に思い浮かべている伊織の光景を振り払う。
「いや、なんでもないんだ。遅刻してしまったことを反省してただけ」
咄嗟にその女性にそう返す。