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見つからない共通点

登場人物

東条 一  :二十二歳 俺

佐々木 裕人:二十歳  俺?

白井 伊織 :十七歳  俺? いや私? 女子高生

渡瀬 沙紀 :二十二歳 俺? いや私? 美しいOL?

石田 大造 :六十代男性 俺? いや……おっさん


 次の日は日曜日。

 朝はゆっくりと寝ていたかったのだが。俺たちを起こしたのは意外にも良い香りだった。


 誰かが朝食を作っている。俺はベッドのカーテンをそっと開けて確かめた。すると昨日来たおっさんが洗面台の横で料理をしていた。

「……おはよう。おっさん早いなあ」

「おはよう。この肉体は目覚ましいらずだ。夜はすぐ眠たくなるがな」

 そう言いながら味見をしている。

「うん。上出来だ」

 俺達の会話を聞いて他の三人もカーテンを開けた。

「やっぱり夢じゃなかったのか」

 佐々木がおっさんを見るなりそう言った。沙紀が肩まである髪をクシャクシャにしてベッドから降りてくると、

「おはよう。俺は便所でションベンしてくるわ」

「失敗するなよ。それと、俺って言うな。あとションベンもせめて……オシッコとか御小水とか上品に言えよ」

 頭をぼりぼり掻きながら、分かったような分からないような返事をして部屋を出て行った。

 俺以外の部屋員の社会復帰方法を考えるが、なかなか前途多難だと気ばかり重くなる。


 朝食は昨日の鍋の残り汁で作った雑炊だった。おっさんの布団を片付けて座卓を出すと、座る所が昨日より一人分足りない。仕方なく伊織と沙紀に並んで座ってもらったが、そもそも全員一緒に食事をしなくてもいい気がする。

「いや、オリはそう言うが、家族っていうのはやっぱ全員揃って食事をとるのがいいんじゃないかな。団欒の食卓ってやつだ」

 佐々木がそう言いながら雑炊を口にする。俺も返事することなく雑炊を食べる。

「家族ねえ……。こういう関係を家族って言えるのだろうか……。同族? 同人?」

「同棲でいいんじゃないの」

「同性はおかしい。俺達は女だからな」

「「その同性じゃないって」」

 沙紀と伊織の会話に俺と佐々木とおっさんが同時に突っ込む。

「どうでもいいじゃん」

 ……。

 また黙々と雑炊を食べ始めた。


 ――まてよ、ふと気がつき雑炊の入った茶碗を口から放した。


 ……まてよ、この鍋には昨日、なにか恐ろしいものが入っていたのではなかろうか……。そう思いながら佐々木の顔をチラッと見る。


 佐々木の顔は、「ああ、そうとも、ちょうど今、俺も思い出した。だがそのことにはあえて触れないでおこう」と……言っているようだ。


 沙紀の顔も見る。「まさかスリッパが入ってたなんて言ったら……。せっかくの美味しくて楽しい朝食がだいなしよ」と言っているようだ。


 伊織もこちらをみて頷いている。おっさんは自分の作った雑炊が美味しかったのと、皆が喜んで食べているのをみて満足そうだ。


 俺は思う。……ウマけりゃいいのか? 本当にそれでいいのか?

 こんにち、食に求められているのは「安全性」ではなかろうか。おっさん以外の食べるペースがほぼ停止してしまったのは俺のせいじゃない。


 スリッパとパンツのせいだ――。



 さて、日曜日の始まりはやはり洗濯からだ。

 人数が五人もいると、作業を分担できるが、洗濯物の数も約五倍になっている。当然俺の服を皆が着ているわけで、俺のタンスはスッカラカンの空状態だ。……まさか、わざわざ買い足す分けにもいかないが、このまま全員が居座り続けるのならそれも仕方ないのかもしれない。


 ――しかし! そうならないためにも全員の社会復帰方法を考えなくてはならない!

 朝から座卓を囲んで全員の復帰方法を考えた。


「今日は一日かけて全員の復帰方法を考えよう。まずは自分のことを色々と調べ、あわよくば記憶を思い出すこと。それさえできればなんとかなるからな。ただ、もし何も思い出せないのなら、自分のフリができるように特訓が必要なんだと思う」

「特訓っていったって、なにをどう訓練するんだよ」

 佐々木が難しそうな表情で言う。他の三人も俺を見る。

「とりあえず、自分の呼び方とか仕草とか、左利きとかの練習だ」

 そう言うと佐々木、沙紀、伊織は嫌そうな顔をした。

 おっさんは他人事のように耳垢をほじくっている……。A4サイズの紙を全員に配ると、過去について調べて書くように言うと、表情とは反対に、皆が真面目に荷物から自分のことが分かる物を取り出し、紙に書いてまとめ始める。


 そうなのだ。

 俺だってもし他人になったら、少しでも早くその現状に慣れる努力をするのだと思う。こいつらだってそうなのだ。ここにずっと居てもいいとは思っていないはずなのだ。

 皆が真剣に調べものをしている横で、缶コーヒーの蓋を開けて飲み始めると……、全員の冷たい視線が注がれた。

「……な、なにか問題でも?」

「オリだけ暇なら、洗濯物でも干したらどうだ」

「そうだそうだ。丁度すすぎが終わる時間だ」

「――ち、仕方ない」

 他の奴らが調べものをしている間に洗濯や食器洗いなどの日常作業を片付けることにした。


 小一時間くらい経つと、さすがに全員の過去を探す作業に遅れが見られるようになっていた。

「おいおい、もっと他に調べられることはないのか」

「そんなこと言っても、日記やアルバムからだけじゃなあ」

「そうそう。友達に電話とかもできないし……」

「なんたって、俺達は今。指名手配だからなあ……」

 伊織がボソッとそう言った。

「なに、指名手配? 俺達は……なにも悪いことはしていないぞ」

「指名手配じゃなくて、他の言い方があっただろ。なんだっけ。そうそう、身元捜査?」

「身柄拘束じゃなかった?」

「捕まってどうするんだよ。えっと、身振り手振りじゃないか」

「それは四字熟語じゃない」

「いやまて、四字熟語じゃなかったかもしれないだろう。振り逃げってどうだ」

「逃げるっていうのは合っているかもしれないが、それは野球だろう」

「野球拳やり逃げって面白いと思わないか」

 おっさんがクスクスっと可愛く笑う……。

「野球拳やり逃げって、やっぱ負けたから逃げるんだよな。素っ裸で」

「よし! 俺達は野球拳やり逃げ素っ裸団に決定だ」

「……くれぐれも俺だけはその団には入れないでくれ」

 バカバカしくて聞いていられない。

「なんだよ、オリ。ノリが悪いなあ。じゃあ俺達は今なんなんだよ?」

「なんでもいいからさっさと決めて作業を再開しろよ」

 佐々木に言うと、おっさんが貫録のある声で言った。

「捜査依頼でいいんじゃないか」

「あ、そうか、捜査依頼だ」

「そうそう、それそれ、捜査依頼にしよう」

 満場一致でこいつらは「捜査依頼」に決定したようだ……。しかし、もう作業をするには気が抜けてしまっているのは明白だ。みんなに配った紙を回収し、今度は全員でそれを見た。

 色々なことをタラタラ箇条書きにしているが、特に気になるところがない。しいて言えば、全員筆跡が同じというくらいだ。

「共通点がなにもないなあ。他人を支配した時間は同じだというのに、これじゃあ無差別乗っ取りだ。しかも俺の趣味や好みとかも全然反映されていない」

 みんなを見回した。しかし、反論したのは佐々木とおっさんである。

「おい、オリの好みっていうのは沙紀や伊織だって言いたいんだろ! このスケベが。おっさんもなんか言ってやれ!」

「ああ、どうせ女ばかりのハーレムが良かったと思ってるんだろ! そりゃあ……」

 おっさんが少し沙紀や伊織をチラ見して続ける。

「そりゃあ、俺だってそう思う。自分で言うのもなんだが、おっさんがいきなり「脳と肉体の支配に成功した!」って言って部屋に来られても……困るだけだよなあ」

「自分で言うな!」

 佐々木がおっさんに肘鉄を食らわしながら制した。

 沙紀と伊織は少し優越感に浸った表情で笑いながら髪を書き上げる。俺はそんな仕草をしたことがない。……頭が痛いぞ。


 次に全員が持つ、「俺の記憶」について見ていった。そこには共通点こそなかったが、意外なことが判明したのだ。


 佐々木 裕人 今年六月頃迄の記憶あり。

 白井 伊織  去年一一月頃迄の記憶あり。

 渡瀬 沙紀  去年八月頃迄の記憶あり。

 石田 大造  去年五月頃迄の記憶あり。


 順番ではこうなる。この期間の差はいったいなんだ。黙って考え込んだ。

「俺達の誕生日とも異なるし、この時期に何か接触でもしたんだろうか」

「仕事関係かもよ。名前が客リストの中にあるかもしれない」

 そう聞くとパソコンを立ち上げた。


 顧客リストの中に同性同名で登録されている人物がいるかもしれない。ただ、石田大造の時期は、まだ入社したてで研修中だったはずだ……。

「まだ家のパソコンで仕事やってんのかよ。お前はやっぱ仕事の鬼だな」

 俺の横から佐々木がそう皮肉を言う。

「そのパソコン、いつ買ったんだよ。すごく動作が早いじゃないか」

「もしかして、ネットも早いのか? もしかして……」


「ふっ、光だ」


「「おおおお! シャイニング!」」

 歓声が上がる。

「別にオリが凄いって訳じゃねーだろ!」

 佐々木がつまらなさそうにそう言う。俺は少し得意げにファイルを開いて検索始めた。

 沙紀と伊織がノートパソコンのディスプレイを覗き込んでくる。おっさんも佐々木も俺に近づく。

「お前ら、顔が近いっつーの。暑苦しいだろ、離れろよ」

「ああ、ごめんごめん」

「胸が当たっちゃって興奮した?」

 伊織がそう言うと――少しドキッとした。真剣に探しているんだから、そういう冗談で茶化さないでくれよ。

「図星だな、図星。俺ってそういうの大好きだもんなあ~」

 沙紀が言う。お前が言うな。

「いや、俺に限らず男はみんな好きなはずだ。そういうシチュエーションを待ってるんだ」

 おっさんがそんな台詞を言うと、なんか説得力がある。

「あ、あった」

 俺がそう言うと、みんな黙ってディスプレイに釘付けになった。しかし、その住所録や年齢が違うのに全員がすぐ気付く。

「あ、こっちもあった……」

「あ、これもじゃないか?」

 同性同名は何人か見つかったが、こいつらと同じ人物はどうやらいないようだ。

 俺はパソコンから離れたが、他の四人は探し続けている。

「あ、あった。……これも違う」

「あった、あった、違った」

「ほーあたたたたたた、あたっ!」

 沙紀がドヤ顔でこちらを振り返る。ふん、面白くもない。笑ってやるものか。沙紀はしぶしぶまたディスプレイを見た。

 ……全員がその北斗の拳ごっこに飽きるまで、半時間を要した。結果は俺の予想通り無駄骨だった。

「日付の記憶が無いってのが妙なんだよなあ……」

 佐々木がパソコンから離れて天井を見ながらつぶやく。

「俺もそう思う。オリの何月何日何曜日までの記憶とか……覚えててもよさそうなのに」

「……オリの記憶が最後に残っている日、なんかしたんじゃないか?」


 四人が一斉に……俺を見やがる。

「なんか……得体のしれない物でも発射したんじゃないのか」

「――おいおい、なにを言い出すんだ! って言うか、俺に何の答を要求しているのか……なんとなくは分かるが、佐々木だって沙紀や伊織だって俺の記憶あるんだろ。だったら、わざわざ聞くなよそんなこと――!」

「いいや。俺達には記憶にないよなあ」

「ああ。ない」

「記憶にございません」


 沙紀も伊織もとぼけている。

 ……こいつらの記憶はどこまで都合がいいんだ。


「もうこの話はやめだやめ。そんな、何月何日に何回俺が~出発したとかなんて、覚えてるわけないだろ」

 数えているわけないだろ?

「そうだよな。逆に回数が多すぎて覚えきれるわけがないよな」

 佐々木がサラッと恥ずかしいことを暴露する……。沙紀や伊織がニヤニヤいやらしい表情で見ているのが……妙にムカつく。


 ああそうさ!

 どうせ、一人者でこんな所に居りゃあ……って! なにを言わせる気だ!


「だが、佐々木の言うとおり、そんなことは物心がついた頃から猿のようにしているから、俺達の記憶とは直接関係ないだろうなあ。もし関係があるのなら今頃、俺達と同じような奴が何十……いや何千人もいるだろう」

 おっさんが話をまとめ上げてくれた。


 結局、この時は俺とこいつら四人の関連について、なにも分からなかった……。何千人は……多過ぎるだろう……。



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