永島、逝く。
Y市に住む不良高校生の長谷川(15才・男)とその子分たちは、今日もバイクをブンブンいわせながら、Y市内の国道を疾走していた。
夜中のちょうど1時、とある交差点の中央から一斉に走り出す。3キロ先にある大きなカーブの手前まで行くと、再び引き返す。これを何度か繰り返した後、彼らは家へ帰っていった。
なぜ1時からなのか。それは、数字は1から始まると思っていたからである。長谷川たち不良高校生にとって、1日の始まりは1時からであった。
いつものように暴走していた長谷川たちであるが、この日は不運に遭遇した。
スタート地点の交差点から1キロほど進んだところにある横断歩道に差し掛かったときのこと。 仲間の一人、永島(15才・男)は突然お腹が痛くなり、ハンドルを操作できなくなった。
そして、痛みに耐えきれず、彼は猛スピードのままバイクごと道路脇の植え込みの中へ突っ込んだ。爆音で事故に気が付かない長谷川たちはそのまま走っていく。永島は助けを呼ぶ力も無く、不意に訪れた静けさとともに取り残された。
3日後、市内の公民館でお葬式が執り行われた。永島元気(享年15)は、彼の両親、祖父母、曾祖父母、そして長谷川とその子分たちに見送られ、冥土へと旅立った。
式が終わり、式場でお食事会が始まるというとき、参列者一同を前に喪主である元気の父長寿(42才)は、ご挨拶と称してこう言った。 「皆様、今日は息子のそー式にわざわざお越し頂きありがとうございました。何と言って良いのやら…病を乗り越えた私たちも、事故死は避けられません。」
言葉につまった。長寿は、葬式など初めてであった。
「いやぁ、我々には『死ぬ』なんて発想はありませんから…年寄りだらけのY市で事故が起きたのも百年ぶりとのことで、もちろん、そー式も百年ぶりとなりまして…」 参列者の中にいた長谷川の曾祖父きらら(156才)は、見かねてスピーチに横槍を入れた。
「皆さん、そー式というのは、遺体を燃やすものなんですよ。放っておくと変な臭いがしてくるからね。皆さんはご存知ないだろうが、私が二十歳のころにはまだ『衛生』という言葉があったんですよ。そしてね…」
きららのうんちくはいつまでも続いた。衛生、ばい菌、インフルエンザ、宗教、ゴータマシッダールタ…参列者たちは聞き慣れない言葉、思想、文化に興味津々であった。きららが垂れるうんちくは、ありとあらゆる分野、方面に及んだ。参列者たちは、きららが大きな身振り手振りを交えて語るたびに、おぉとかへぇとか感嘆の息を漏らすのであった。そしてこのうんちくの中で、最も彼らが理解に苦しみ、笑いのタネとしたのは、ビニールシートを敷いて、家族や友人とともに、散りゆく桜を見ながら酒を煽るという行為であった。