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第十九話
「それで、ご案内しましょうか。この地下街の往時の姿を」
パン、と柏手を打つと、電気だけではなく、近くを風が抜けた。
「これは……」
思わず声が漏れる。
そこら中に人が歩いている。
家族連れ、カップル、一人のサラリーマン。
様々な人が、様々な理由でこの地下街を歩いて、あるいは何かを買っている。
「君はこれを知っているのかい」
「ううん、私が知っているのは、私が知っているということだけ」
まるで哲学論争だ。
どうやっているのかは分からないが、それぞれの呼吸すら分かるような感覚がある。
美味しそうな焼き立てのパンの香り、繁盛している店の掛け声。
その一つ一つが、明らかな現実と俺に認識を迫ってくる。
「でも、これは仮初。何もないのが今なんだな」
「そうね、その通りよ」
再び柏手を打つと、さっきの光景が戻った。
「それでも、今は今よ。いずれはみんなが帰ってきてくれると信じてるの」
そういう科学は、何やら寂しそうな顔をしていた。




