とある絵描きの内情
真っ白な紙。キャンバスともいう。
この白い四角の中に閉じ込める世界。
それは自分の世界だろうか。他人が紛れ込んだ世界だろうか。
好きなものを、そのためには多少他人を受け入れなければ行けないのかもしれない。
「どうですか?」と私を呼ぶ声が聞こえる。
「まだ」と答えると苦笑いした。
別に、逃げているわけではない。
描きたいものがかけないときだってあるさ。
誰かは言っていた、「苦しそうに描くね」と、
そりゃそうだろう。私の絵は『苦しみ』だ。
良くある話だ。『描いている時、描かれているものと同じ顔をする』。まあ半分は元々そんな顔と言うのもあるのだが。
とにかく、私はこれが苦ではない。そもそも苦ならば描いていない。
少し我儘だが、もっと楽しみたい。その時を待っているのだ。
されど体はそれを許してはくれない。
昔少し頭のおかしい女に付きまとわられて、手をやられてしまった。その時の傷が痛むのだ。
だけど世間は待っちゃくれない。病気など、怪我など、逃げるための言い訳だと言われた。
私は絵描きである。だから絵で伝えようとする。と言うのが、さらにややこしいことになっているんだろうな。
今私の絵を待っているのは、商売ではなく趣味として私を待っているのは。後ろにいる彼女1人だけである。
1人、たった1人。
あの女にやられた頭と腕を治すための療養期間、その後の絵、世間の私に対する興味と言う波が引いてくのに感じた。
けれど私はその波を感じるとともに同時に思った。
『私は何のためにやっている?』
考えた末にたどり着いた。
『私は此処に生きているという証明を、私の好きなことで示す』
私を待つのがたった1人でも私はやめない。
・・・しかし、少し疲れた。
ああ、毛布は要らない。と、言っているのに君は多少強引に毛布を掛けるんだ。
本当、君は優しいな。私はきっとその優しさに甘えてしまうんだろう。
すまない、今日は苦が上回ったので明日にするよ。わかっているさ、無理せずに、少しずつ。
何もできないと嘆くより今日は此処までできたと自分をほめる、そうやるんだ。
分かっている、すまないではなくありがとう、だな。うん、ありがとう。
明日描くよ。もしかしたら・・・まだ時間はかかるかもだけど、待っていてくれるかい?
昔の生きるため生き残るための行動
消せないのならば上書きすればいい、行動で
障害に足掻く姿は白鳥のよう。誰にもわからないのならばいっそ上辺だけは綺麗にと。
あがけ




