07.家に帰れば
結局、大した結論も出せないままヤレイはミライからこれまで得られている情報が書かれている書類を受け取って家路についていた。
中身は見る気もない。おそらく、そこに書かれているのは自分たちにとってあまり良い情報ではないからだ。
しかし、それでも現状把握という観点から見ると、見ないといけないものなのだろうか?
そんなことを考えながら、ヤレイは自宅の玄関ドアを開ける。
「あぁおかえり。遅かったのね」
それと同時に部屋の中から聞こえてきたのは、普段であればかけられることのない言葉だ。
ヤレイは一人暮らしだから、家で待っている人など本来ならいないし、自分が留守にするのに誰かを家に入れたままなどということは基本的にない。
だから、誰かにお帰りといわれるのは何か懐かしい感覚だ。
「……ただいま」
どこかものほしそうな目を向けているマナに返事を返してヤレイは近くにあった椅子に腰かける。
「随分と長い話し合いだったのね」
「ん? まぁそうだな……第一回とはいえ、それなりに話すことはあったし、帰りにちょっと寄り道もしてきたからな」
「そう。まぁ私は関係ないから別にいいけれど」
聞いてきた割には興味なさそうな返答をしてマナはどこからか引っ張り出してきた本を読み始める。
その姿を見て、ヤレイは小さく息を吐きながらミライから渡された書類を机の上に置いた。
「なにそれ?」
「手配書だよ。ドワーフ以外の種族がこの町に紛れ込んでいるっていう内容のな。まぁまだ俺も目を通してはいないんだが……」
「手配書? ちょっと見せて」
ヤレイの言葉で事情を察したのか、マナは読んでいた本を閉じて奪い取るように手配書をつかみ取る。
「……種族、特徴、見た目、危険性……ねぇ極力みられないように気を付けたって言っていたわよね?」
「あぁ言っていたさ。ただ、何かの拍子で見られたのかもな。まぁもっとも、町の奴らの活動が活発な百年祭の時期さえ終われば、また見つからないように脱出することもできるだろうし、それまでの間は俺の家から出なければ安全だ。お前の存在がばれたら俺も面倒だからな。其れなりに対策は取らせてもらう」
「……えぇ。わかったわ。そのあたりはあなたに任せる。私にはどうしようもないし」
「あぁまぁそうするよ」
ヤレイの言葉を聞いて安心したのか、マナは再び本を読み始める。
焦っているのか、それとものんびり構えているのかよくわからない。人間というのはこうもわからないモノなのだろうか? あまりドワーフ以外の種族と接したことのないヤレイには彼女が人間基準で見て普通なのか、はたまた少々変わり者なのかという判定はできない。
ただ、少なくともドワーフの子供よりははるかに大人びていて、どこまでも感情が読み取れない。
今、彼女は何を考えているのか? 不安なのか、それとも大丈夫だろうと楽観視しているのか? そのあたりのことは本人がそのあたりの意思を見せないとわからないが、マナはそういった様子を全く見せない。
「……さて、どうしたものかしらね」
本を読んでいたマナが唐突につぶやいた。
こちらを向いていないあたり無意識なのかもしれないが、やはり彼女も不安を感じているのかもしれない。
「不安なのか?」
それを見越したうえで尋ねてみる。
彼女は顔をあげてどこか興味なさげな目をヤレイに向けた後にすぐに本に視線を落とす。
「別に。見つかって捕まったらそのときはそのときよ。自称人間たる私はそんなことで簡単に不安がったりしないわ」
「あぁはいはい。そうですか」
思ったよりも単純かもしれない。
もしかしたら、感情があまり出ないとかそういうのではなくて、単純に強がっているだけなのかもしれない。
彼女の今の返答というか、態度からなんとなくそんな雰囲気を感じ取れた。
「まったく……わかったよ。それじゃ、夕食の準備するから」
彼女の心情がなんとなくわかったところでヤレイは立ち上がり、台所の方へと向かう。
「……ヤレイ」
マナがいる机から離れて少し歩いたところで呼び止められてヤレイは立ち止まって振り返る。
「……なんだ?」
「これ……この手配書なんだけど……」
やはり、不安な心情を口に出す気になったのかと思って振り返るが、彼女はすぐにそれを打ち砕いた。
「この手配書。種族は“人間”って書いてあるけれど、ちゃんと“自称人間”って書き換えておくように言っておいて」
「……いい加減にしろ」
本当に彼女の性格がわからない。
ヤレイは小さくため息をつきながら台所の方へと歩いていった。
*
「おーい。夕食ができたぞ」
家に帰って来てから約三十分。
ヤレイは二人分の食事をもってマナのところへ戻る。
彼女は相変わらず小難しそうな本を読んでいて、こちらに興味を示す様子はない。
「おい。マナ」
「はいはい。わかったわ」
もう一度呼びかけると、マナはついに本を閉じてそれを机の上に置く。
「まったく、一度でちゃんと返事してくれよ」
「……ごめんなさい。あまりこういうの慣れなくて……」
「……そうかい」
あまり深く詮索するつもりはないが、ドワーフの町の入り口で倒れていたところまで含めてなんか事情があるような気がする。
そもそも、この町にきて丸一日が経ったが、彼女が家族のことについて口にすることはない。
子供でないにしても、家族が心配だとか、もしくは自分のことを探しているのだろうかといったことをいってもおかしくないと思うのだが、それがない当たり、彼女は孤児か何かなのだろうか?
ますます謎が増す中、ヤレイの目の前で少女は夕食として出されたパンをスープにつけて食べ始める。
「まったく、よくわからないな。お前は」
「お前じゃなくて、マナよ」
「……はいはい」
大して表情を変えることなく食事をする彼女を見ながらヤレイもパンを手に取り食べ始める。
こうして人と食事をとるというのは久しぶりだ。
できれば、少し会話を弾ませながら楽しみたいところだが、相手の様子を見る限りそれは無理かもしれないが……
「……マナ。もう少しおいしそうに食べてくれないか?」
「……別においしいから問題ないわよ」
ただ、少しでも改善してほしいという気持ちも込めてそういってみたのだが、結局彼女の表情が変化することなく、そのまま淡々と食事を進めていく。
ヤレイは彼女と楽しく会話をしながら食事など無理なのかもしれないと、半ばあきらめにも近い感情を抱きながら食事を再開した。