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06.ミライの懸念

 ドワーフの町の一角にある喫茶店。

 ミライは神妙な面持ちでヤレイとアレイに視線を向けていた。


「……実はお二人に話をしたいという内容はいたって単純なことなんです」

「単純なこと?」


 ヤレイが聞き返すと、ミライは小さくうなづいた。


「はい。非常に単純なことです。実を言うと、今回の百年祭に異種族の介入があり得るという話……いえ、正確に言えばこの百年祭の時期にドワーフ以外の種族がこの町に紛れ込んでいるという情報が入ったんです」


 ミライのその言葉にヤレイの心のうちに一気に焦りを生んだ。というのも今ヤレイの家には種族が自称人間であるマナがいるのだ。アレイもそのことは知っているので、二人が人間をかくまっているという情報が何かしらの形で彼女にもたらされていれば、彼女がわざわざこんなところでこんな話を切り出すというのはかなり自然な流れだ。

 ヤレイはマナのことを感づかれてはいけないと、必死に平静を保ちながら、ゆっくりと口を開く。


「なんでその話を俺たちに?」


 なるべく焦りを悟らせないようにと必死に注意しながら尋ねてみる。

 しかし、ミライは何かを感じ取ったのか、鋭い視線をヤレイに向ける。


「なんでも何もないですよ。あなた方も百年祭の実行委員です。本来なら、全員に話すべきでしょうけれども、ちょっとした事情からあなた方にだけ話しているんです。まぁたまたま同じチームのようなものになったので情報の共有はするべきだと思いましてね」

「そっそうか……それで? 俺たちにどうしろと?」


 ヤレイの答えが満足のいくものだったのか、ミライは満面の笑みを浮かべたうえで話し始める。


「話が早いようで助かります。私たち実行委員はそのことについて軽く調査する必要があると考えています。もしも、異種族の侵入者が百年祭へ何かしらの形で悪い影響をもたらせるのなら、すぐに排除する必要があります。そうですね。少なくとも二度と地上の太陽の光は浴びさせるつもりはありません。このことについては証拠が集まり次第、委員長を通じて元老院に通報するつもりです。順々にほかの委員たちにも協力を要請するつもりですけれど、まずはあなた方から……まぁ異種族を捕まえろとかそういうことではなくて、見たら通報してくださいぐらいのお願いですのでそこまで構えなくても大丈夫ですよ」


 彼女の笑顔を見ながら、ヤレイの心の中でも焦りはさらに重度になる。

 ミライがいう異種族というのはほぼ間違いなくマナのことだろう。彼女は少なくとも、百年祭に害を与えるような目的でここには来ていないだろうが、仮に何かしらの勘違いや意見の相違から彼女がそういったことをするためにここに来たと勘違いされたら一巻の終わりだ。ヤレイの立場もどうなるかわからない。


「わかった。まぁ何かあってもいけないし、このことについては慎重に対処させてもらうよ」

「はい。そういう形でお願いします」


 それにしてもだ。マナがこの町に来てから一晩ぐらいしか経っていない。なのにこのような情報がミライの耳に入っているということは、入り口から自宅まで彼女を運んでいるときに彼女の姿を誰かに見られていたということなのだろうか? いや、自分と一緒にいたのなら“ヤレイと一緒にいた”という情報にならないのはいささかおかしい気がする。いずれにしても、マナのことに関しては必要以上に慎重に対処する必要がある。

 百年祭が終わって、彼女を地上に帰すことができるタイミングが来るまでは家から出すつもりはないが、家の中でも窓から見えないようにするとか、そういった工夫は必要になってくるかもしれない。


「それで? その異種族ってのはどの種族なんだ? そうじゃなくても、それなりの根拠っていうもんがあるんじゃないか? そのあたりはどうなんだ?」


 先ほどまで黙って話を聞いていたアレイがようやく質問をぶつけた。

 ヤレイは“異種族”の正体がマナだと思い込んでいたが、確かにアレイの質問というは重要だ。おそらく、ヤレイ一人であれば、そのまま立ち去ってしまって、特徴も聞かずにどうやって探すつもりだと不審がられていただろう。

 心の中でそのことについて感謝しつつ、ヤレイは質問をぶつけられたミライの方を見た。


「……特徴ですか……そうですね。残念ながら私のところにはあまり入ってきていないんですよ。その目撃者というのもそれらしき影をちらっと見ただけみたいな言い方でして……なんでも、男のドワーフと行動を共にしていたというか、そのドワーフの男がその人物をこっそりと連れ込んでいたように見えたなんて言っていたような気がします」


 ミライから返ってきた答えは限りなく黒に近い灰色な答えだった。その目撃情報が正しいとか正しくないとか、そういった要素を排除して、純粋に事実だけを見て考えると、状況的にはまさに自分がマナを連れ込んだ状況そのものだ。


「そうか。わかった……まぁあれだ。目撃情報もそんな感じだと、なかなか見つけづらいかもな。ヤレイ」

「あっあぁそうだな。確かにそれだけの情報だととてもじゃないけれど見つけられる自信はない」


 アレイの言葉に乗るような形でヤレイは必死にこの時間を乗り切ることを考える。

 とにかく、マナのことをどうするにしてもこの場で自分がマナをかくまっていることがばれたら一巻の終わりだ。


「まぁそれは重々承知です。祭りさえうまく言えば、そのあとその人物が脱走しようが、町の中に潜伏し続けて居ようが私の意に介さないので」

「そうか。だったらよ。百年祭の警備をいつもよりも手厚くして異種族が邪魔をするのを防げばいいんじゃないか? 祭りさえ成功すればいいという考え方ならそいつが町の片隅で逃げ隠れていようが、そのまま地上に出ようが関係ないってことだろう? 違うか?」


 アレイが尋ねると、ミライは納得したように二度ほどうなづいた。

 ヤレイも慌ててアレイの話に乗って口を開く。


「そうだな。確かに祭りを成功させるためにと考えると、そうした方がいいに決まっている。どうだ? こういったうわさがあるから警備を手厚くした方がいいって進言してみるのは」

「そうですね。実際に進言するかどうかはまた判断するとして、この辺りの話はこれくらいにしましょうか。あなた方二人のおかげで中々いい方法を見いだせたような気がします」


 この上なく上機嫌な様子のミライは紅茶にさらに砂糖を一つ落とす。


「はぁ話が早くて本当に助かりましたよ。これがですね。なんて言いますか、信じてもらう得ることが少なくて……今回に限った話じゃなくてですね。時々あったそういう情報をもとに調査を依頼してみてもたいてい信用してくれないんですよね。それでいて、私一人でというのはそれなりに当てがない限りはほぼほぼ不可能ですし……本当に助かりました」

「あぁいや、こちらこそあまり力になれないかもしれないのにそんなことを言ってくれてありがとう」

「いえいえ、それはこちらのセリフです。あぁそうだ。せっかくだからお菓子も出しますね。少し待っていてください」


 ミライはソファーから立ち上がり、そのままパタパタと足音を立てて部屋から出ていく。


 その様子を見る限り、とてもうれしいと感じているようだ。


「……これでいいんだろう?」


 そんなことを考えている横でアレイがどこか得意げな表情でそういった。


「あぁ助かった」


 彼女が喜んでくれているときは少々申し訳なく思ってしまったのだが、こればかりは仕方ないことだ。

 それにマナの件も決定的な瞬間を誰かに見られでもしない限りは何とかごまかすこともできるだろう。


「さて、これからどうしようか……」


 ここまで来ればやることは一つだ。

 徹底的にマナの存在をごまかすこと。ヤレイは低い天井を見ながらそのことについて深く思案し始めた。

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