05.投票結果とミライの誘い
すべての投票が終わり、今はみなが見ている目の前で開票作業が行われている。
不正が行われていないと証明するためか、開票をしているミライは一枚ずつ頭上に掲げてそこに書いていることが全員に見えるようにしている。
その投票紙には自分たちが書いた内容がしっかりと表記されていて、勝手に書き直されたりしたような痕跡は見当たらない。当然といえば当然なのだが……仮にそのようなことがあれば、大問題となる。
元も子もないことを言ってしまえば、投票には元老院がエルフから仕入れたという少し特殊なペンを使って記入しているので、そもそも書いた内容を消すことはできないのだが、念には念をということなのだろう。
だが、ここまで不正がないと露骨にアピールされるとむしろ怪しく見える。やはり、何かあるのではないだろうか? 例えば、何かしらの方法による思考誘導……いや、たかだがテーマを決めるだけのことでそこまでやるのはやりすぎだ。はっきり言って、考えすぎかもしれない。
そのまま何事もなく開票は終わり、今度の百年祭のテーマは“未来へつなぐ”に決定した。
決選投票もする必要のないほどの圧勝である。この結果にミライは満足そうな表情を浮かべていた。
「それでは具体的に百年祭をどう進めるか議論していきましょうか。といっても、皆さま思うところあるでしょうから、今回はこれで散会とします」
そういって、委員長がミライに視線を送る。
それを受け取った、ミライは小さくうなづいてから皆の方を向いた。
「それでは皆さまご起立ください」
その声に合わせて一斉に立つ。
「これで第一回の会合を終えます。次回は一週間後、集合時間は同一です。以上」
彼女の声を合図にするようにして、委員会の面々は席を立ち、バラバラに会場から出ていく。
ヤレイもアレイとともに会場から出ようとするが、その肩をミライが軽く叩いて立ち止まらせる。
「どうかしたの?」
「えぇ、ちょっとだけ話しがしたくて……いいですか?」
「あぁまぁかまわないが……この場でいいのか?」
ヤレイがきくと、ミライは首を横に振る。
「ここで長居しては迷惑ですので場所を移しましょう。そうですね……近くの店にでも入りましょうか。いいところ知っているので」
「そうか。それじゃそこへ行こうか。アレイもいいか?」
「俺は問題ない」
アレイの了承もとれたし、ヤレイとしても家に残してきたマナのことが気にはなったが、とりあえずは大丈夫だろうと判断して彼女についていくことにした。
「……おい、あの子供はいいのかよ」
どうやら、同じ発想に至ったらしいアレイが耳打ちをするが、ヤレイは“問題ない”と返してミライの背中を追って歩き出す。
会合の時間自体はあまり長くなかったし、次回以降長くなった時に彼女が待てないでは困るのでこういったことはある意味で必要だろう。
これでダメなようなら次から少し策を考える必要がある。
そんなことを考えながらヤレイは町の中を歩いていった。
*
この地下にある都市にとって、地上からの光が直接差し込む場所というのはある意味で貴重である。
もちろん、いくつかある採光口から光を取り込んでいるので地下とは言えども明るいのだが、それは下の階層にいくにつれて徐々に数が少なくなり、暗くなっていく。それもまた仕方ないことだ。もう少し言えば、地上から取り込んだ光を鏡で反射させて地下へ地下へと届けているので本当の意味での陽の光が当たる箇所というのは浅い階層のみといっても過言ではない。
そんな中でその店は天井に大きい採光口を持ち、陽の光がさんさんと降り注出いてとても明るい空間が出来上がっていた。
「すごいな……」
それを見たヤレイの口からそんな言葉が飛び出す。
その言葉を受け止めたミライは自慢げな表情を浮かべた。
「そうでしょう? ここは私たち夫婦が経営している喫茶でして。個室があるのでそこで話をしたいと思ったんですよ。そうそう。私のお願いできてもらったので飲み物は一杯サービスしますよ」
「そうか。だったら、その言葉に甘えさせてもらうよ」
店内に人影がない当たり、今日は休業日なのかもしれない。
そのままミライに案内されて、ヤレイとアレイは店の奥の方へと入っていく。
入り口から見て一番奥に当たる場所にはいくつかの扉があって、その向こうは団体向けなのか十人程度が入れる個室があった。
そこへ二人を通すと、ミライは“飲み物を持ってくるので”と言い残して部屋から出ていった。
「……はぁ立派な店だねぇ」
早速椅子に座ってくつろいでいるアレイが関心の声を漏らす。
確かに店内の装飾含めて店はきれいにまとまっていて、規模もそれなりに大きい。おそらく、繁盛しているのだろう。
わざわざ個室にきてまで話そうとする当たり、話の内容は次回の会合に向けてどうするか話し合いたいといったところだろうか? そのメンバーとして呼ばれた当たり、彼女の中では自分たちはすでにチームになっているのかもしれない。
「お待たせしました」
そう考えていた矢先、ミライがお盆に三つのカップを乗せて戻ってきた。
机の上に置かれたそのカップの中を覗き込むと明るい赤色の飲み物が入っていた。
「これは?」
「紅茶です。この前来たエルフから仕入れたんですよ。まぁ不定期にしか手に入らないのでお客さんには出しにくいんですけれど、せっかくなので淹れてみました」
「エルフね……そういえば、地上からエルフ商会とか何とかいうやつらが来てたな」
「えぇ。その団体から買い入れたのです」
目の前にある紅茶と呼ばれる飲み物はかなり香りがいい。
噂には聞いていたが、想像以上だ。
「あぁそうそう。忘れるところでした……こちらもどうぞ」
そういいながら、ミライは砂糖を入れるようにと勧める。
ヤレイはその言葉に甘えて、机の上に置いてあった角砂糖を一つ入れて紅茶に口をつける。
「うまいな……」
素直にそんな声が漏れた。
普段はドワーフが特殊な方法で栽培している茶葉を使った茶を飲んでいるのだが、紅茶はそれよりもはるかに香りがいいうえに味も飲みやすいものだ。
単にこの茶葉が紅茶の中でもいいものなのか、偶然ヤレイの舌にあっただけなのかはわからないが、横にいるアレイも驚いたような表情を浮かべながらもいやそうな顔をしていないあたり、この紅茶は誰が飲んでもおいしいのだろう。
「どうですか? 地上では一般的に流通していて、最近になってこの辺りにも入ってきたそうです。それまでは帝都周辺でしか飲まれていなかったのだとか……どうやら、旧妖精国を治めている領主のうち一人が積極的に輸入しているのだとか」
「なるほど、それでエルフ商会の連中が持ってきたわけか。これで成功すれば、町で紅茶を買い付けて俺たちに売ろうっていう算段なんだろうな」
「まぁそうでしょうね」
亜人追放令が出るよりも前、ヤレイは当時の統一国内でも北側……当時の妖精国との国境付近に住んでいたのだが、紅茶を見たことはなかった。それほどまでに珍しいものなのだ。
しかし、ミライの言葉が本当なら、近い将来この町にも安定して紅茶が供給される日が来るかもしれない。
そんな話にもう少し花を咲かせていたかったが、そのままここへ来た目的を忘れてもらっては困るので小さく咳払いをして改めて、ミライに問いかけた。
「それで? 俺たちをここに呼んだ理由を聞いてもいいか?」
ヤレイの質問にミライは一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべるが、すぐにそれを引っ込めて、笑みを浮かべた。
「それもそうですね。それでは、お話いたしましょうか……」
そんな前置きを置いて、ミライはゆっくりと話し始めた。