03.百年祭に向けて
百年に一度開かれるドワーフの祭典。ドワーフ百年祭に向けて設けられた百年祭実行会の会議室は集合時間の十分前だというのにすでに熱烈な議論が行われいた。
遅れて到着した形となるヤレイとアレイはあまり目立たないようにしながら用意されていた席につく。
すると、横に座っていた女性が手元にあった紙をヤレイの方へ渡す。
「これはあなたたちの分でした。この議論で出たことも少しメモしてあるから活用してほしいのでした」
「あぁこれはどうも……わざわざすみません」
「いえいえ。私たちの方こそ、全員がそろう前……それも集合時間の三十分前から始めてしまったのでした。まぁ皆さま楽しみなので仕方ないのかもしれませんし、別段あなたたちが最後っていうわけでもないのでした。なので気にしないでほしいのでした」
おそらく、彼女が原因というわけではないはずなのに少々申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を軽く下げる。
「いや、別にぎりぎりで来た俺たちが悪いだけだから気にしなくても……なぁアレイ?」
「おう。そうだな」
ヤレイとアレイがそろって答えると、女性は“そうですか”と言ってコロコロと笑う。
そのタイミングでちょうど議論が休憩に入ったらしく、皆は思い思いに茶を飲んだりしながら雑談を始める。
「あぁそうそう。私はミライというのでした。よろしくお願いするのでした」
「えっあぁ俺はアレイ。よろしくな。こっちはヤレイ」
「どうも」
アレイに紹介されて、ヤレイはかるく頭を下げる。
そうしている間にまだ到着していなかったらしい二人のドワーフが議場に到着する。
彼らは議場の様子を見ていまだに会合が始まっていないと判断したのか二人のドワーフはほっとした表情を浮かべる。
しかし、別のドワーフからヤレイたちと同様にメモを渡されると、とたんにその表情が焦りの色に代わる。当然だろう。ぎりぎり間に合ったと思えば、自分たちを待たずして会合が始まっていたという事実を伝えられたのだ。そういった意味では、入ったときにちょうど会合をやっていたヤレイたちは精神衛生上は救われたのかもしれない。
ヤレイの横に座るミレイは慌てるドワーフ二人を見て、再びコロコロと笑いだす。
「まったく、あんなに焦って……まだまだ会合はちゃんとした議論が始まっていないのでした。なので焦る必要もないのでした」
「まぁそらそうかもしれないが、だれでも焦るだろ。こんなの」
「えぇ。本当に……今回の委員長殿はせっかちなようなので多少気を付ける必要がありそうなのでした。でも、明日からは普通に会合が開かれると思うのでした」
彼女は意味ありげに言いながら再び笑い始める。
「……明日からは普通にって……そんな保証どうして……」
「先ほど、会合を早く開催したことに対する抗議が来たようでした。なのでそれを受け入れて明日からはフ打つに会合が開かれるのでした」
「そんなのいつの間に……」
「さぁ? 教えないのでした」
ミライは意味ありげな笑みを浮かべたまま楽し気に体を揺らす。
その姿を見て、まるでいたずらを隠す子供のようだとヤレイは感じた。
この場にいるからには子供ということはないだろうが、彼女の小柄さと童顔があいまって、どう見ても子供にしか見えない。
そんな彼女はしばらく体を揺らしたのち、こくんと首を傾げた。
「……私は子供じゃないのでした。ちゃんと大人にはなっているのでした」
「えっいや……そんなこと考えて……」
「いましたよね? 私と初対面の人は大体そんなことを考えて尋ねるのでした。だから、あなたもきっとそうなのでした」
どうやら、彼女は心を見透かしたとかではなく、普段からそういった視線に当てられているからヤレイもきっとそうだろうと考えたようだ。
もっとも、ヤレイも彼女が子供のように見えると考えていたためそのことについて強く否定することはできないが、それでも彼女が心底残念そうな表情を浮かべているのは何とかしたかった。
「あのさ……」
「ただいまより会合を再開します。各次席についてください!」
ヤレイが話しかけようとしたとき、それを遮るような形で今座っている席から少し離れた場所から声がかかる。
席は離れていないからこのまま話を続けてもよかったのだが、彼女が先ほどの残念そうな表情を引っ込めて元の笑顔に戻るので今更話題を蒸し返すのもどうかと思い言葉を飲み込む。
席を立っていたドワーフ達が席に戻ったのを確認すると、委員長とみられる高齢のドワーフが立ち会がり周りを見回す。
「皆の衆。よく集まっていただいた。私が今回の委員長を務めさせていただくウレイだ。皆と一緒に百年祭を盛り上げていこうと思っているのでどうかついてきてほしい。いや、一緒に歩んでいこう」
ウレイのあいさつが終わると、その場にいるドワーフたちが彼に大きな拍手を送る。
ウレイは何度も頭を下げながら席に座る。
「さて、それでは少し早まってしまったが改めて会合を始めようじゃないか。まずは現状の議題の整理から……ミライ君。頼んでもいいかな?」
「はい。わかりました」
ウレイから直々に指名されたミライは特に驚くような様子も見せずに立ち上がり、委員長の方へと歩いていく。
この様子を見る限り、彼女がこういった役割を担うことは事前に決まっていたのかもしれない。
ミライはカツカツと靴の音を響かせ委員長の横に立つと後ろにあった壁に大きな紙を張り出す。
「今のところの議題はそもそも今回の百年祭のテーマをどうするか。でした。なのでまずはここから意見を出してほしいのでした。テーマが決まればあとはそれに沿った議論が望まれるのでした。以上でした」
彼女はぺこりと頭を下げて元の席に戻ってくる。
「……まったく、いきなりの指名に緊張しました。まったく、困ったのもでした」
そして、わざとらしくそんなことをつぶやいている。
「おいおい……」
「ヤレイ。それにアレイもテーマを考えるべきでした。私も考え始めているのでした」
それを指摘しようとしたヤレイの言葉を遮ってミライが何も書いていない羊皮紙を二枚ヤレイの前に置いた。
もう一枚羊皮紙を取り出して何やら書き始めたミライの姿を見る限り、どうやら、メモ帳に使えとかそういう意味の様だ。
「だとさ、アレイ」
「あぁそうだな……さて、何がいいだろうか……」
「うん。私もそっちの議論に加わりたいのでした」
結局、ヤレイ、アレイ、ミライの三人で顔を突き合わせてテーマについてどんな意見を出すかという議論が交わされ始める。
周りを見れば、自然と三人か四人ぐらいに分かれて議論をしているので特に問題はないだろう。
そう判断して、ヤレイたちは各々にテーマについての意見を上げ始めた。
「どうやら、みなさんグループに分かれているようなので三十分後にそれぞれのグループから意見を聞くというのはどうでしょうか?」
「ふむ。そうした方がよさそうだな」
この状況を好機だととらえたらしい誰かが声をあげる。
それに委員長も同意し、それぞれのグループはより話がしやすいようにと席を移り、改めて議論を交わし始めた。