02.ヤレイの役割
朝、軽く朝食をとった後ヤレイはマナが座っている椅子のすぐ横に椅子をもってきて座る。
マナはヤレイがやってきたことなど気にも留める様子なく指先を器用に動かして正方形の紙を折っている。
「なんだそれ?」
「オリガミっていうんだって。昔、知り合いに教えてもらったの。こうやって紙を折って動物やモノを模した形を作るの」
「ほう。さすが人間というべきか……そういったものはちょっと苦手だ」
「そうなの? でも、作り方さえ覚えれば簡単よ」
彼女はそういいながら小さな紙を紙を鳥のような形に変える。
「早いな」
「えぇ。といっても、教えてくれた人がこればっかり作っていたから、これしかできないんだけどね」
「そうか。ということはもっと種類があるのかい?」
「そうらしいわよ。その人が言うにはね」
マナはどこか遠い過去を懐かしむような目でその作品を見つめている。
それは紙で作られたとは思えないほどきれいに作られていた。
羽はピンと伸びていて、顔はやや下向き、胴体はちゃんと膨らんでいる。
森の泉で休んでいる美しい鳥を思わせるそれは材料がただの紙であることを忘れさせそうだ。
「……本当にきれいだ」
瞬間、ヤレイの頭の中に百年祭の出し物として、これを提案するのはどうだろうかという考えが浮かぶ。
ただでさえ、地下に住むドワーフは紙を手にする機会が少ないのだが、時折近くを通るエルフ商会の馬車を止めて、紙を購入すれば十分に上質な紙が手にはいる。
ヤレイがそこまで考えたところでだれかが家の扉をどんどんと叩いた。
「おいヤレイ! 今日は百年祭実行会の会合だぞ。何やっているんだ!」
外から聞こえてきたのはアレイの声だ。
どうやら、マナの作っていたオリガミに夢中になりすぎてすっかりと時間がすぎていたらしい。
「わかった今行く!」
大声で答えて、ヤレイは急いで支度を始める。
昨日、マナを拾っていろいろとやっているうちにすっかりと忘れていたのだが、ヤレイは今回の百年祭の実行会のメンバーの一人だ。
これは百年祭が行われるたびにくじで選ばれ、老若男女合わせて十六人で構成される。
そして、百年祭を成功させれば、次の百年祭までの行政執行権を得ることができ、元老院の承認さえもらえれば実際に法律を制定して運用することもできる。それはドワーフにとって一世一代の大きなチャンスであると同時にこの制度のせいでくじ引きには何か裏があるのではないかという噂も立っているような制度だ。
まぁそんな事情はさておいて、ヤレイはそんな栄えある一人に選ばれたのである。重要な会合初日から遅刻しそうになっているのだが……
「おいヤレイ! まだなのか!」
「今行くって言っているだろう! ったく、マナ。おとなしく留守番してろよ」
ヤレイはオリガミを続けているマナを一瞥した後にバタバタと準備を済ませて家を飛び出す。
その姿をマナはじっと見つめていたような気がしたのだが、ヤレイは気にせずに家の扉を閉めた。
「よう。悪い悪い。昨日のことでいろいろあってな」
玄関扉の前ではアレイが不機嫌そうな様子で腕組をして立っていて、ヤレイは軽い調子で謝りながら彼の方へと歩いて行った。
「あのガキか。それで? 事情とか聞けたのか?」
「あぁまぁな。といっても、いろいろとわからないことの方が多いが……とにかく人間であることには間違いなさそうだ」
「人間ね。やっぱり、普通の迷子じゃなさそうだな」
アレイのいうことはもっともでヤレイも感じていたことだ。
自称人間だという彼女は何が目的であんな山中にいたのだろうか? もっとも、最初からすべてを話してくれるとは思えないのでゆっくりと時間をかけて信頼を勝ち取っていけばいい。百年祭が終わるまでに害がないという判断ができれば彼女を無事地上に送り届けるだけでいい。
問題は彼女に何かしらの疑惑がかかってしまったとき。例えば、行き倒れのふりをしてドワーフのことを調査しに来たなんていうことだったら面倒極まりない。そうなれば、ただで返すわけにはいかないだろう。
ヤレイとて、彼女が純粋に子供らしく振舞っていたのならこんな風に疑うことはなかったのだろうが、あぁも子供らしくないと何か裏があるのではないかとすら思えてくる。
もちろん、マナ本人の前でそんな態度をとるつもりはないし、彼女に悟られせないようにできる限り、そういったことは考えないようにしている。
「……なんというか、変わった子だよ。本当に」
「変わった子ねぇ。まぁ確かに獣人だったりエルフあたりだったらともかく、あの山に入る時点で普通じゃないわな」
「そういうことだ。というか、エルフは街道を通過しているだけだろうが」
「まぁな。でも、あの街道を通るっていうのも普通じゃないらしいぞ。なんだか遠回りした方が安全だとか言って、山のふもとの方を通っていくらしい」
確かに獣人やエルフはドワーフの町の入り口であるあの洞窟の近くに現れることがあるが、街道を通らずに洞窟のすぐそばまで接近してくるのは体力がある獣人ぐらいだ。
魔法によって絶対的な安全性と馬車の運動の補助ができるエルフからすればあの街道を通るのが一番の近道というだけであって、たまに彼女たちの商隊に声をかけるドワーフもしくは獣人がいない限り、街道を外れたり止まったりすることはない。そういった意味では本当の意味で洞窟の入り口あたりにいるのはドワーフを除けば獣人ぐらいだろう。
ただ、たまにではあるがエルフの商隊に人間が同乗することもあるそうで彼女がそういったところからあの街道に興味を持ったという可能性もある。ただし、それはかなり限られたケースだ。
あの街道は人間には優しくない。あの街道を作った人間が何を考えていたのか全く理解できない。
計画はともかく、建設は亜人追放令よりも後のはずだし、作ったところで必ずしも人間たちに優位になるはずがないのはわかりきっているはずだ。
そんな風に考えだしたら世の中不自然なことばかりだ。
一見、意味のなさそうな通路、廃屋、謎の遺跡……それらすべてには誰かの思惑がかかわっていて、何かしらの物語がある。
ドワーフだってそうなのだ。世界の中にはそんな事例が溢れているのだろう。
「おい。ヤレイ! どうしたんだ? 急に黙り込んじまって」
「おっと、すまない。少し考え事をな」
思考の海に沈みつつあったヤレイをアレイが現実へと引き上げる。
「考え事? あのガキのことか? それとも、百年祭のことか?」
「ん? あの子の……マナのことだよ。やっぱり、あの街道……いや、あの街道から離れたところに彼女がいるのがあまりにも不自然だからね」
「だろうな。不自然極まりない。でもな、俺らは今それどころじゃないだろう。百年祭の成功。それが最優先事項だ。それにどうせ探ったところで百年祭が終わればすぐ地上に返すんだろ?」
「あぁもちろん。そのつもりだ」
あまり陽の光が届かないこの環境は吸血鬼をはじめとした日光を嫌う種族にはいきやすい環境だが、陽の光の下で暮らす多くの種族にとっては非常に生きづらい環境だ。
ドワーフとて、必ずしも住みやすいとは限らない。
中にはこんな地下でひきこもるような生活はいやだといって町を出た奴もいる。そして、本人が決めたことであれば、それを止めるものはいない。
みな、わかっているからだ。
「……まったく、祭りが始まる前だっていうのに自分の中で懸案事項が多すぎる」
「お前に限ってはそうかもしれないな。俺には関係のない話だ」
「だろうな。これは俺の問題だ」
そんな会話をしているうちに二人は地下五階の中心部に設けられた会合が行われる議場に到着する。
二人はまだ遅刻しているような時間でないことを確認してから、その扉をたたいた。