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01.目を覚ました少女

 ヤレイが少女を家に運び込んでから丸一晩が経過した。

 彼女をベッドに寝かせて、自身は椅子に座り寝ていたヤレイが目を覚ますと、目の前のベッドから少女の姿が消えていた。


「えっおいおい! どこへ行ったんだ!」


 あまりのことに驚きを隠せずにヤレイは声をあげてしまった。

 もしかしたら、目が覚めた途端に知らないところにいたからおびえて逃げてしまったのかもしれない。だとすれば、今頃町は大騒ぎだ。


「探さないと!」


 時計を見る限り今はまだ明朝だ。

 町の人たちが活動し始めるまで少し時間がある。


 それまでに探し出せば騒ぎは回避できるだろう。


 そんなことを考えて、家を出ようとしたとき台所の方から声がかかった。


「お出かけですか? 私としてはいろいろと聞きたい事があるんですけれど」


 それは消えるようにか細い少女の声だった。

 ヤレイが声のした方を向くと、布製の手袋をしておかゆと思われる食べ物が入った器を持った少女が立っていた。


「申し訳ありませんが、台所と食材を勝手に使わせてもらいました。何分、おなかがすいていたので」


 彼女はそういうと、それを持ったままベッドに戻って器を近くの机に置く。

 しばらく呆然としてその様子を見ていたヤレイであったが、はっと我に返り少女の方へと歩いていく。


「あの、まぁ食材と台所のことはいいけれどよ。名前とか聞いていいか? それと、なんであんなところに倒れていたかっていうのも含めて聞きたいところなんだが……」


 ヤレイが申し出ると、少女は表情一つ変えることなく答えた。


「かまいませんよ。ただ先に食事をしてもいいですか?」

「それはかまわないが……」


 ヤレイの返事を聞いた少女はポケットから何やら白い粉(おそらく塩だろう)をおかゆに振りかけて食べ始める。


「……おいしい」


 ここにきて、ようやく彼女の表情がふっとゆるむ。

 もしかしたら、いきなり知らないところで目が覚めたので気が張っていたのかもしれない。いや、勝手に台所を使って料理をしていた当たり、別にそういうことはあまりなくて、あれが彼女の素だという可能性もある。


 ヤレイがそんなくだらないことを考えている間に少女はあっという間におかゆを平らげてしまい、ふぅと息をつく。


「ごちそうさまでした」

「いやいや、俺は別に何もしてないじゃないか」

「いえ、食材を使わせてもらったので」


 食事を終えた途端に再び無表情に戻った彼女は食器をもって台所の方へと向かう。

 それにしても不思議な少女だ。年の割には礼儀正しいし、落ち着いているのでどこかの貴族のお嬢様ではないかと思ったが、そうだとすればあんなところで行き倒れているはずではない。

 しかし、だからと言って彼女がどこかで罪を犯して逃亡しているようにも、貧困にあえいでいるようにも見えない。


 見た目だけでいえば、亜人追放令が出されるよりも前に接していた人間たちの中に普通に混じっていそうなどこまでもごくごく普通の少女だ。

 ただ、その性格は年の割にはませすぎていて、その見た目とのギャップがかなり激しい。


「なにもんなんだろうかな……」


 もしかしたら、とびっきり変な人間を拾ってしまったのではないかとすら思えてきた。だとすれば、目の前に待ってるのは面倒ごとだ。

 もちろん、いったん拾ってしまったからには簡単には見捨てないし、できうる限り……最低でも百年祭が終わるまでは面倒を見るつもりだ。

 それはつい昨日決めたばかりである。


 そうして思考を巡らせているうちに少女が戻ってきて、ヤレイの目の前にある椅子に座る。


「聞きたい話とは何でしょうか?」


 彼女はあくまで無表情のまま、抑揚のない声でそう尋ねる。


 ヤレイはその姿を若干なりとも気味が悪いと思ったが、それは極力表に出さないように気を付けながら口を開く。


「えっと、まず俺はヤレイ。ドワーフだ。君の名前は?」

「……マナ。自称人間」


 やっぱり変人だ。

 種族名を名乗るときに自称を自らつけるやつなど初めて見た。


 やはり、こいつは普通じゃない。


「……だ、だったらなんであんなところで行き倒れていたんだ? あんなところ、普通の人間が行くところじゃなだろ?」

「……迷った。町で近くに山を通る街道があるって聞いて、興味本位で行ってみたらいつの間にか道を外れていて、気が付いたらあんなところに……」

「そうか……」


 気が付いたら程度で人間がたどり着けるような場所ではないはずだが、ほんとのほんとに偶然という可能性もあるのでとりあえず、そこには言及しない方がいいだろう。

 ヤレイは小さく息を吐いて首を振る。


「まぁ大体事情はわかったよ。見た感じ元気そうだし、今すぐにでも地上に帰してやりたいところだが、今はちょっと厄介でな」

「厄介? というよりも、ここはどこなの?」


 ヤレイの言葉に少女はわずかに眉をひそめた。


「あぁそうか。そういえば説明していなかったな」


 そう言いながらヤレイは立ち上がり、天井にある採光口を開ける。

 そこからはこの地下の天井とその天井から煌々と中を照らす照明が見えた。


「ここはあの洞窟の奥にある俺たちドワーフの地下都市だ。そして、今は百年祭って呼ばれている百年に一度の大きな祭りを開くための準備をしているんだ。今回はこの家が建っている五階層が会場なんだ。だから、しばらくは町の中はたくさんの人が行き来するし、普段はこの辺りに来ない人々もそれはたくさんやってくる。だから、だれにも見つからないようにあんたを地上に出すことはできない。せめて、祭りが終わるまで待っていてくれ。あんたはドワーフよりもでかいせいで目立ちすぎるからな」


 その説明を聞いたマナは首を小さく縦に振る。


「わかった。百年祭が終わるまでここにおとなしく監禁されていればいいのね?」

「おいおい。監禁とはまた人聞きの悪い。もう少しオブラートに包んでくれないか?」


 ヤレイが抗議をすると、マナはキッとした目でヤレイの姿を射る。


「あんたじゃなくて、“マナ”って呼んでくれたら考えるわ」


 そのあまりの迫力と声色から、ヤレイは少しだけ驚きながらうなづく。


「はぁわかったよ。マナ。これでいいかい?」

「えぇそれでいいわ。いずれにしても初対面の人相手にあんたはよくないわ。改善しなさい」

「なんでそんなこと言われないといけないんだよ」

「別に? 私の勝手でしょ」


 本当に面倒くさい少女を拾ってしまった。

 ヤレイは今頃になって昨日の自分の行動を後悔する。


 そもそも、起きて勝手に食事を作っているぐらい元気なのだから、別に行き倒れていたのではなくて、ただ単に雨風がしのげそうな適当な洞窟を見つけたから体を休めていただけだという可能性もある。

 ヤレイは小さくため息をついて、自分の朝食の準備を始めるために台所へ向かう。


 そこでは、先ほどまでマナが使っていた食器がきれいに洗われて並べてあり、使われたと思われる調理器具も元通り以上ではないかと思うほどきれいになっている。


「まぁいっか。家にいるからには少なからずいろいろやってもらえばいいだろうし」


 ヤレイはきれいになった調理器具を見ながらそんなことをつぶやいていた。

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