幕間 カシミアから見た百年祭
「これが百年祭なりか……」
ヤレイからの案内を受けてからカシミアは屋台で適当になった肉料理(小さく切った何かしらの肉を焼いて金属の棒を刺した料理)を味違いで六本ほど持って街を歩いていた。
普通であれば、食べ過ぎだと言われるような分量なのかもしれないが、人よりも少々食欲が旺盛なカシミアに言わせれば、これぐらいなら普通である。
そんな一般的なエルフのイメージをうち壊すような光景に通りがかりのドワーフたちが信じられないようなものを見るような目で見ているのだが、カシミアがその視線を気にするような様子は見せない。
「にぎやかなりねー町全体を上げての祭りとは聞いていたなりが、ここまでとは……」
あたりには出店や大幅な割引をして商品を提供している商店、仮想をして町を出歩く人などさまざ七ドワーフたちがいて、その中にはちらほらと休憩中だと思われるエルフの姿を混じっている。
「会長。こんにちわ。そちらの料理はどちらで?」
そんな中、一人のエルフが声をかけてくる。
「さっき、そこら辺の屋台で買ったなり。あなたは休憩中なりか?」
「はい。そうです。それにしても、大きなお祭りですね」
どうやら、このエルフは雑談がしたくて声をかけてきたらしい。別にそのこと自体はエルフ商会の本部にいても珍しいことではないのでカシミアは普通に話題に応じる。
「そうなりね。町全体を上げての祭りというだけはあるなり」
話しかけてきたエルフに対して、正直な感想を述べながらカシミアは改めて周りを見回す。
周りの屋台や建物の華やかさもさることながら、地下都市という独特の事情を生かし、天井や都市の壁にまで装飾を施している。しかし、そのような飾りつけよりも、街を行く人々がだれもかれもが笑顔であるのが印象的だ。それは皆が心の底からこの祭りを楽しんでいるということの証左になるだろう。
「それにしても、今回はどうしてドワーフの百年祭に出店をしたのですか? 確かにこの祭りは大きいですけれど、わざわざ祭りに介入をしなくてもそれなりに販路はできていたと思うのですが」
「ん? 不満でもあるなりか?」
「あぁいえ。そういうわけではなくてですね。ただ単に気になっただけというかなんというか……」
不満があるのか。その質問に対して、焦る様子を見せなかったあたり、カシミアの反応は織り込み済みで質問をしているのだろう。そういった態度を見る限り、不満はないといいつつも、なぜわざわざこんなところに来たのかという不満が見え隠れしている。
もっとも、そこのあたりに関しては百年祭への出店の理由をちゃんと説明していないカシミアが悪いといえるのだが……
「まぁそこに関しては、販路のさらなる拡大の機会をうかがっているなりよ。まぁあとは個人的な理由なり」
「個人的な理由ですか?」
「そう。個人的な理由は個人的な理由なり」
個人的な理由で商会を動かすのかという声が聞こえてきそうだが、エルフ商会はある意味でカシミアの個人の持ち物ともいえるのでそのような批判を気にするつもりはない。
さらに言えば、聞かれたところで個人的な理由を答えるつもりはないし、その答えを撤回するつもりもない。あくまでもエルフ商会の会長はカシミアであり、エルフ商会は公的機関ではなく、カシミア個人が運営する組織である。
なので、カシミアがどういう方針や心境の変化で新しい出店をしても自由だし、それが個人的な理由であろうともとがめられるものではない。とカシミアは思っている。
「まぁいいですよ。会長が個人的な理由で商会を動かすなんていつものことですし、今ごろ批判をするつもりもありません」
「そうなりか。そうなりか。そうだ。あなたの名前を聞いていなかったなりね」
「それは失礼しました。私はラミー。娘のラシャと共にこの商会にて商人をさせていただいております」
自己紹介のあと、深々と頭を下げるラミーを前にして、カシミアは少しだけ眉をあげる。
「親子で所属とは珍しいなりね」
「はい。娘はまだ、幼くて未熟ですが、親子ともども懸命にやらせていただいております」
「そうなりか。なら、そのラシャという娘の将来が楽しみなりね」
「ありがたいお言葉です」
親子でエルフ商会所属というのはなかなか珍しい話だ。
現頼、エルフはプライドが高く、客商売に向いているエルフなどなかなかいないし、いたとしても家族の反対などで断念するというケースを何件も見てきた。そんな中で、親子でこの世界に飛び込んできたというのはカシミアからすればなかなか興味深い話であるし、幼いながらに商人として奮闘をしているであろうラシャという娘に興味がわいてきた。
今度、何か機会があれば適当な口実で二人を呼び出してみるのもいいかもしれない。そう考えながら、カシミアは目を細める。
「まぁ二人の活動を応援しているなりよ」
「ありがたいお言葉です。それでは、私はこのあたりで失礼いたします」
「わかったなり。また、何かあったら声をかけるなり」
「はい。ありがとうございました」
ラミーは再び深々と頭を下げた後、立ち去っていく。
カシミアはその後姿を見送った後、左手に持った金属の棒に刺さった何かしらの肉(料理名はとっくの昔に忘れた)を食べ始める。
「うむ。地下育ちに割にはいい味をしているなりね」
肉を頬張った直後、カシミアはぽつりと感想を述べる。
ドワーフの一生は地下に始まり地下に終わる。かつてはそんなことはなかったのだが、これからはそう言われるようになってくるだろう。
高い土木技術を持つドワーフは地下に巨大な都市を作り上げるには留まらず、地下牧場や地下菜園といったものを作り上げ、完全に地下だけで生活が成り立つようなシステムを構築している。
商人として、外貨を獲得するという方法で生き残るという道を選んだエルフと地下に引きこもり、外に頼らないという道を選んだドワーフ。この二者は全く真逆の道を選んでいると言っても過言ではないだろう。
計らずとも、その二者が交わる形となったこの百年祭であるが、カシミアからすればそんなちんけな事実よりも大切な個人的な理由について考えていた。
「さてと、どうやって連れ出すなりかな……」
カシミアの頭の中にあるのは個人的な理由の当事者であり、今回の件で一番厄介になってくる人物のことだ。
「まぁまずは正当方で攻めて、それでダメだったら強引に行くだけとも言えるなりね。さて、あの子がこの暗い地下で何を見て、何を学び、何をなしたのか。もしくは、なにもしなかったのか。その結果を聞くのが楽しみなりね」
カシミアはにやりとした笑みを浮かべながら、すでに三本目となる肉を食らう。
その姿はどこか不気味で近寄りがたいものがあったが、彼女はそのようなことは気にしない。ドワーフが避けようとも、声をかけようとしていたであろうエルフが立ち去ろうとも関係ない。
ただただ、今回の介入に関する個人的な理由にまつわる計画を完遂させることだけを考えながらとある会場の人混みの中へと消えていった。
お読みいただきありがとうございます。
気がつけば、初回投稿から三年近く経っていますが、次回で最終話となる予定です。
次回もよろしくお願いします。