12.ヤレイの仕事
百年祭の会場の片隅にあるテント。
主に迷子者を保護したり、道案内をする目的で建てられているそのテントの奥にヤレイの姿があった。
「えーと、ここからその会場に行くには……」
今のヤレイの役割は主に道案内だ。簡単に対処できるぐらいのレベルであれば、表でしてしまうのだが、地図を見てとなると話が違ってくる。
地図がおいてあるのは、テントの奥だけで、しかも一部しかないものだから、表で対処できなかった人たちが行列を作っているのだ。
そうなると、地図を持っているヤレイの仕事も休みなく続くわけで、彼は非常に忙しく口と手を動かしている。
「……という道のりなんですけれど、どうでしょうか?」
今日一日の中で何回目かという説明を終えて、目の前に座るエルフを見るが、彼女は納得したようなそぶりを見せない。
「わからないなり。それに地名で言われても覚えられないなり。ちゃんと、私たちにもわかるように説明をするなり」
普段はドワーフだけが相手なので、何となく地名を並べれば納得してくれるのだが、目の前のエルフ……カシミアはこの町について詳しくはないので、そう簡単に納得してくれない。
「えーと、だったら……」
こうなると、地名に頼った道案内はできない。かといって、紙がたくさんあるわけではないので、いちいち紙に書き記すわけにも行かない。そうなれば、分かりやすい建物を示して説明する他ないだろう。
ヤレイはその事を頭に入れながら、彼女に道案内をする。
普段のそれの三倍の時間をかけて説明をすると、彼はようやく納得したような様子を見せた。
「なるほど。そこだったなりか」
「わかっていただけましたか?」
「十分なり」
彼女からその言葉を引き出した頃には、行列もすっかりと長くなり、中にはあまりにも待たされたことでイライラしているドワーフもいるぐらいだ。
「そうなり」
説明も終えて立ち去る気配を見せていたカシミアであるが、なぜかわざとらしく手をポンと叩いて見せる。
「あとで個人的に話がしたいなり。祭りが終わったらさっき教えてもらった場所にくるなり」
「話って……」
「内容はその時に伝えるなり。世話になったなり」
彼女は話の内容を伝えることすらなく、一方的にそう告げると、そのまま立ち去ってしまう。
ヤレイとしては、彼女を追いかけたいところなのだが、目の前の行列の処理をしなくてはならないことを考えると、それは叶わない願いだ。
「……次の方。どうぞ」
こうなれば考えるまでもなく、次の人を呼ぶほかない。
ヤレイは内心ため息をつきながら、次の人の案内を始める。
「第三イベント広場に行きたいんだけど……」
「それなら……」
そこからヤレイは次から次へとやってくる道を尋ねるドワーフたちに対応していく。その中には時々エルフも混じっていて、そのあたりの対応に少々苦慮をするのだが、先のカシミアほどでもない。
そのような形で仕事をこなしているうちにいつの間にか休憩時間が近づいてきていた。
*
「カシミア会長に呼び出されたぁ?」
休憩室の奥。ヤレイがアレイにカシミアとの会話のことを伝えると、アレイはこれでもかというほどに眉をひそめながら答える。
「どんな用件で呼び出されたんだ?」
「それはさっぱり。何にも言わずに行っちまったから……」
アレイの質問に対して、ヤレイは正直に答える。
「しかし、いくらなんでもいきなりすぎるし、意味が分からないな」
アレイのその言葉に対して、ヤレイは深くため息をつく。
本当に意味がわからない。ヤレイとしてはエルフ商会の会長が直々に呼び出すような用事に心当たりはないし、自分が何かしでかした記憶もない。そもそも、祭りが終わってから人気のないところに呼び出す時点で怪しさ全開だし、教えてもらった場所で待っているという言葉からして完全にヤレイを狙っての行動である。
「俺……何をしたんだろうな……」
正直な話、ヤレイとカシミアが接触したのはこの祭りが初めてだ。以前から交流があるのならともかく、今日初めて会った相手にこのような態度に出るということはヤレイが何かをやらかしたか、カシミアがなにかしらの理由からヤレイに興味を持ったか、はたまたドワーフと話がしたくて、偶然目についたのがヤレイだったかのいずれかである可能性があげられるが、どの可能性にしても現実性に乏しい気がする。
ヤレイが何かやらかした可能性に関しては、ヤレイが気づいていない場合やこちらがそうと思っていないという可能性を除けば何かやったという記憶はないし、カシミアから興味を持たれるような覚えもない。さらに言えば、ヤレイが何か目立つことをした覚えもないので偶然興味を持ったという可能性も低いだろう。
「全く……本当に意味がわからない」
そういって、ヤレイは深くため息をつく。
彼女の行動の理由は何なのか。おそらく、自らが知りえないレベルの話なのかもしれないが、当事者である以上全く気にしないというわけにもいかないだろう。
「どうしたものかな……」
「なんだったらついていってやろうか?」
「いや、それは……俺だけを呼び出したいみたいだし……」
心配をするヤレイに対して、アレイはついていくと申し出るが、ヤレイはなんとなく一人で言った方がいいような気がしたので、申し出を退ける。
「とりあえず、俺だけで行くよ」
「お前がそう言うならいいけどよ……何かあったら言えよ」
「わかったよ」
そんな会話を交わす頃には二人とも休憩時間の終わりが近づいてきていて、二人はなんとなくあいさつをしたあとにそれぞれの持ち場へと向かう。
「それにしても、本当になんなんだろうな」
意味がわからない。どうして呼び出されたのか。なぜ、自分なのか。自分がいったい何をしたというのだろうか……様々な思考が頭の中を巡るが、一行に答えは出そうにない。むしろ、モヤモヤが広がるばかりだ。
「まぁ考えても仕方ないのかもしれないな……」
結局、答えを見つけることができなかったヤレイは思考を放棄することで、仕事に集中するという選択肢をとる。
それと同時になぜか、家に残してきたミルは大丈夫だろうかと不安にもなるが、不老不死だと自称する彼女ならいろいろな意味で不安ではあるものの、なんとなく大丈夫だろうと結論付けて、一旦思考の外に追いやろうとする。
「……そういえば、なんでミルはエルフについて知っていたんだ?」
そこまで来て、ヤレイはなんとなく不安の正体を見つけてしまったように感じた。
「まさか、俺が呼び出された理由はミルか?」
彼女とエルフがどんな関係かはわからないが、少なからず関係があるのは間違いないだろう。現に彼女は迷うことなくエルフの印象をのべているし、エルフのことをよく知っているように見えた。
祭りが終わったら、カシミヤに会いに行くよりも前にミルに話を聞いてみよう。そこでの回答次第で彼女に対してどう接するか考えればいいだろう。ミルが関係していないのならそれはそれで問題ないし、関係しているとすれば、その関係の良し悪しによって対応を変えればいい。
そう考えながら、ヤレイは自分の持ち場であるテントへと入っていった。