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幕間 とあるエルフの考え方

 ドワーフの街から少し外れた場所にあるテント。

 エルフ商会が野営用にと張ったそのいくつかのテントの中心に位置する一番大きなテントの中でエルフ商会会長のカシミアは深くため息をつく。


「どうかされましたか?」


 そんな態度をとるカシミアに対して、すぐ横で控えていたシルクが声をかける。


「いや……思い切って、ドワーフに祭りへの介入を依頼したのはいいなりが……どのような商品を売ればいいのか迷っているなりよ」


 とある事情からドワーフに祭りでの出店という形での介入という案件を持ち込んだところまではよかったのだが、肝心の何を売るかという点が定まっていないのだ。

 ドワーフとの取引がないというわけではないのだが、そんなに積極的なものではない。今回の祭りへの介入はドワーフへの販路拡大を狙ったものなのだが、実際問題何を売ればいいのかという点においてかなりの議論を生んでいるのだ。


 本来なら事前に調査をして、その場所で不足してるものを分析し、販売する物品を決めるのだが、何せ今回は時間もなければ調査する手立ても限られている。


 多少取引のあるドワーフたちに話を聞いたところで調査としては不十分だし、そもそもその情報が信頼できるかという話も出てくる。となれば、エルフ商会の代表的な商品をいくつか持って行って、それを紹介するという形になるのだろうが、扱っている商品が手広いため、何を用意するべきかという点において再び議論を生んでいるのだ。


 結局、その場に関してはカシミアの“エルフ独自の魔法を使った商品を持っていけばいい”という鶴の一声によって片付いたが、今後も他種族や全く情報がない地域へ進出するときの商品の選出方法についてはある程度考えておいた方がいいかもしれない。


「それにしても、そんなに考えなければならないほど代表的な商品がないというのも考え物なりな」


 そういいながら、カシミアは深くため息をつく。


「確かにそうかもしれませんね。しかし、商品についてはエルフ独自のものを持っていくと……」

「その選択に迷っているなり。全く、少しは自分たちでも考えてほしいなり」


 結局、エルフ独自のものをといったところで、その商品数はかなりのものなのだ。

 自分たちが引いている馬車も見た目こそ小さいが、ある魔法を使うことによって容量は格段に増えているし、別にそれらを少しずつ出して売り物にしてもいいのかもしれないが、出店にするにしても場所が限られている以上、一つ一つの量が少なくなってしまうし、商品数が多すぎるとどうしても煩雑な印象を与えてしまう可能性が出てくる。


「つまり、何が言いたいかといえば……もう少し自分たちの代表的な商品ぐらい考えらえられないなりか! 全く!」


 簡単に言えば、自分たちの誇る商品はこれです。と主張するのではなく、代表的な商品はわかりませんと答える周りの商人たちに憤りを抱いているのだ。

 なぜ、自分たちの商品はこれがいいと誇りを持って言えないのか。そんなことではほかの商人に負けてしまう。

 そんな危機感がカシミアにはあったのだ。


「シルクも危機感が足りないなり。今は問題はなくても、この調子では旧妖精国に大きな勢力が入ってきたときに対抗ができなくなるなり」

「まぁ確かにそうかもしれませんが……今のところは旧妖精国などという僻地を狙う商会はないと聞いています。そんなに焦る必要はないのでは?」

「それが危機感がないといっている原因なり。どうせ他は攻めてこないから大丈夫だとか、高を括るとろくなことがないなり」


 シルクにはカシミアの危機感が理解できていなかった。

 もしかしたら、彼女がなにかしらの情報を得ていたのかもしれないが、情報屋という顔も持つシルクの情報網には新しく旧妖精国に進出しようという勢力は見当たらない。むしろ、エルフ商会の独占状態が続くだろうという見方が非常に強いのだ。

 そんな中において、目の前のカシミアは見えない……というよりも、存在しない外敵に備えようとしているのだ。その姿が滑稽だと笑うつもりはないが、少々警戒しすぎなのではないかとは思えてくる。


「はぁシルクなら理解してもらえると思ったなりが……まぁいいなりよ。一緒に商品を考えるなり」


 商品数が豊富で迷うほど代表的な商品があるのはいいことだと思うのだが、目の前のカシミアにはそうは映らないらしい。

 その事実だけを踏まえて、シルクは彼女とともに商品選びを開始する。


「……これはドワーフには受けなさそうなりな」

「これはどうでしょうか?」


 そこからは先ほどのような会話はなく、ただ単調に商品の選別をする声だけがその場に響いた。




 *




 カシミアとシルクが商品を選び出してからしばらく。

 夕刻になって、すっかりと赤くなった日の光を浴びる彼女たちの目の前には選別を終えた商品たちが整然と並んでいた。


「ようやく終わりましたね」

「えぇようやく終わったなりよ。さて、終わってみてどう思う? シルク」

「どこかに……それも情報がない場所に行くたびにこれをやっていては時間がかかりすぎますね」

「ようやくわかってくれたなりか……」


 どこかに行くたびにこんなことをやっていたらきりがない。正直な感想を述べたシルクに対して、カシミアは満足げな表情を浮かべる。

 おそらく、カシミアが感じていた危機感というのは、本当にもしも誰かが進出してきたときに商品を絞ろとしてこれをやっていたら、最悪の場合一つや二つ市場が失われるかもしれないというものなのかもしれない。

 今のところ、旧妖精国にエルフ商会に挑もうなんて気概のある組織はないだろうし、外からもこのような場所までわざわざ商売をしに来るような人などいないのだろうが……


 シルクがかたくなにそう考えるにはそれなりに根拠がある。それはこの地域の特殊な環境だ。


 旧妖精国もしくは翼下十六国と呼ばれるこの地域は特殊な結界により守られていて、気候は安定しているが、この気候が安定した地域を一歩抜け出すと、永遠と夏が来ないとまで言われる非常に厳しい万年冬の環境に遭遇する。

 そこを通る旅人は防寒着を着こみ、吹雪が収まるのを待って移動する。これが少数精鋭ならいいのだが、大人数の行商団でやろうとすると非常に難しいと聞く。それに仮にそれを超えたとしても、現地での調達がすぐにできる状況ならまだしも、そうでない限りは定期的な商品の補充が必要なため、何度もその場所を超えるという行為を強いられることになる。ともなれば、そのあたりの補給路を何かしらの形で確保をするか、事前に根回しをして地元で商品を仕入れられるようにしておかないと、そう簡単に進出などできないし、大手の商会がそこまでするほど旧妖精国という商圏は大きくない。


 そんなある意味過酷な環境がシルクたちエルフ商会を守っている一方でエルフ商会が旧妖精国の外部に進出するのを拒む大きな壁となっている。

 だからこそ、人間たちに相当な魔法的進歩がない限りは新しい外敵というのは考えずに旧妖精国内部で新しい勢力が起こる可能性を考えた方がいくらか効率的だともいえる。いや、カシミアはそこまで考えたうえで外敵の可能性を指摘しているのかもしれない。


 いずれにしても、敵の影もない今の段階でそこまで考えているのは考えすぎだろう。


 シルクはそう考えながら、商品を目の前にして満足げな表情を浮かべるカシミアを見つめていた。

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