10.マナから見たエルフ
「エルフの印象?」
言いながらマナが眉をひそめる。
その表情からして、すでにいい印象を抱いていないのは事実だろうが、ヤレイはさらに踏み込んだ質問をぶつける。
「……そうなんだよ。ちょっと教えてくれないか? なんでもいいんだ。いい面でも悪い面でも」
「そういわれても……」
ヤレイからの質問にマナは困ったような表情を浮かべる。
やはり、亜人追放令が出ている世の中で人間に亜人に関しての意見を求めるのは間違いだったのだろうか?
「そうね……」
しかし、ヤレイの予想の斜め上を行くような形でマナが語り始める。
「彼女たちは基本的には魔法にたけていて、商売上手。まぁそんなところは知られているでしょうけれど、裏の面を上げるとすれば非常に計算高くて何を考えているのかいまいちわからないといったところかしら? まぁ私としてはあまりエルフにあったことがないから、何とも言いきれないんだけど」
あまり。ということは会ったことがないというわけではないのだろう。こうして、ヤレイとマナが出会ったようにマナとエルフが出会うというのもまたあり得ない話ではないということだともいえるのかもしれない。
「なるほどな……」
「あくまで私の印象だけれどね。そんなことを聞いてどうするの?」
「いや。実はな……」
そこからヤレイは今日の会合での話の内容をマナに伝える。
最初こそ、興味深げに聞いていたマナであるが途中から興味をなくしたのか、手を動かしてみたり、足をばたつかせてみたりといった態度を見せ始める。
「……えっと、マナ?」
「あのさ。そんなことぐらいでうだうだ悩んでいるの? ドワーフって」
「そんなことって言われてもなぁ……」
どうやら、マナには他種族を入れたくないという感覚を理解してもらえないらしい。そもそも百年祭というのはドワーフの祭りなのだから、ドワーフ以外の種族が入らないのは当然だと思うのだが、彼女にはそういった感覚はないのだろうか?
「でも、ほかの所属を初めて入れるのなら準備とか大変そうね。もしかしてそっちで悩んでいて、私にエルフのことを聞いたの?」
ヤレイの考えを裏付けるようにマナから期待外れな質問が飛んでくる。
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
ここまで聞いておいて、ヤレイは少なからず困惑していた。マナの態度も原因の一つなのだが、もう一つは得た情報をどう扱っていいのか迷っていたのだ。
別段、マナに話を聞いたのは興味本位からなのだが、この情報をもとに行動をすればその情報源がどこかと探りを入れられるのは間違いないだろう。そこから芋づる式にマナの存在が明らかになれば目も当てられない。
「ありがとう」
だが、そんな事情をマナに説明できるわけもなく、ヤレイはその場から逃げるように立ち去る。
「……私から得た情報。扱いには気を付けてね」
しかし、マナ当人もそのこと自体は理解しているらしく、ヤレイに注意をする。そういった態度を見る限り、彼女とて情報を提供するリスクというのはある程度理解していたのかもしれない。
「あぁわかってるよ」
そんな彼女に対して、ぶっきらぼうに返事をしながらヤレイは自室に入る。と同時にふと思う。
彼女は一体全体何者なのだろうか。
見た目こそ、人間の子供だが考え方もしっかりしているし、立ち振る舞いにも子供らしさは感じられない。その次元は大人びているというレベルを超えて、下手な大人よりもしっかりとしているように感じる。とにかく、何が言いたいかといえば、彼女に子供らしさというのが一切合切感じられないのだ。
もちろん、これまでもそれは感じていたのだが、ここにきてより強くそれを感じるようになった。
「もしかして、とんでもないのを拾ってきたのかもしれないな……」
思わず、そんな言葉がポツリと漏れる。
「とんでもないので悪かったわね」
誰かに向けて放った言葉ではないのだが、どういうわけか聞き覚えのある声で返事が返ってくる。
その声の方を向くと、マナが手を組んで、不機嫌そうな表情を浮かべながら立っていた。
「どうして部屋にいるんだよ」
「どうしてって、あなたに用事があるからに決まってるじゃない」
「用事があってもいきなり部屋に入ってくるのはどうかと思うぞ」
「あぁそれは悪かったわね。急ぎだったから。それで? 私がどうとんでもないの?」
注意と同時に用件を聞こうとしたヤレイであるが、マナがそれをゆるさない。
さて、どう説明したものかと考えながら、ヤレイは小さくため息をつく。
「……だったら、一つ質問をしていいか?」
こうなったら、逃れるすべはなさそうだ。となれば、もう聞いてしまうしかないだろう。
「お前は何者だ? 俺からすれば、どうしても子供には見えないんだが」
この質問で彼女が家を飛び出すようなことがあれば、それはそれで仕方ないだろう。
彼女はしばらくの間、黙っていたがやがて、大きくため息をついてから話始める。
「まぁ長くいるとこうなるわよね……」
「となると、何か隠しているんだな?」
ヤレイが尋ねると、マナは小さくうなづく。
そのあと、少し空を仰いでからマナはポツリ、ポツリと話し始めた。
「……まずは私の名前。本名はミル・マーガレット。そしてね。私は不老不死なの。こう見えて何百年かは生きているわ。これで十分かしら?」
いろいろと予想の斜め上すぎた。
あまりの回答に呆然としているヤレイを前にして、マナは……もとい、ミルは懐からナイフを投げる。
「疑うのならやってみればいいじゃない。私は動かないから心臓を一突きでもめった刺しでもご自由に。それでもなお、再生すれば私が不老不死だという証明になるでしょう?」
「いや……それは」
仮に不老不死が本物だとしても、見た目が幼い少女である彼女をナイフで刺すというのは少なからず抵抗がある。大人の姿だったり、男だったらいいのかという質問が飛んできそうなところだが、仮にそうだったとしてもヤレイはそれを実行することはないだろう。
「……まぁそれを言って実際に試したのはこれまでに二人しか知らないけれどね」
彼女としても、それを言ったところで試さないのは計算済みらしく、ヤレイの前に落ちていたナイフを無表情で回収する。
「これまで二人が試したって、不老不死であることを明かすたびにこんなことを?」
「してるわよ。そうでもしないと信じてくれないじゃない。あなただって、実行すらしなかったけれど、多少は信じられるようになったでしょう?」
「それ以前に実行するやつがいるほうが驚きだけどな……」
一体全体、何人が彼女の不老不死のことを知っているのかわからないが、その何人かのうち二人が実際に彼女を刺しているというのが驚きだ。いくら信じられなかったとしても、そこまでする必要はあるのだろうか?
「まぁとりあえずは信じるよ。その不老不死ってやつを」
目の前で自殺でもされたらたまらない。どうやって再生するのか知らないが、一生のトラウマものになるのは間違いないだろう。
そう考えてヤレイは白旗を上げる。
「……わかってくれればそれでいいのよ。それで、ここに来た用件なのだけど」
そこから、彼女は何事もなかったかのように話し始める。
その様子を見て、ヤレイは内心ため息をつきながら彼女の話を聞いていた。