表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編】不思議少女ミウ

つり下げられた世界

作者: れみ

 星は空に浮かんでいるのではなく、つり下げられている。友達からそのことを聞いた時、ミウは信じなかった。空には天井もないし、縄や針金もない。第一、季節ごとに星の配置を変えるのが大変だ。


「手作業よ、全部」


 友達は言った。


「係の人が、大急ぎで外して付け替えるの。その時に間違って落としちゃったのが、流れ星なんだって」

「ふうん。じゃあ私もつり下げられたらさっさと落としてもらおう。ずっとぶら下がったままじゃ退屈だもんね」

「ミウったら、また信じてない」


 そう、その時は信じていなかった。

 しかし今、目の前にたくさんの星が紐でくくられ、揺れている。

 ミウは本当に、星と一緒に空につり下げられてしまったのだ。


「まさかこんなことになるなんて」


 ミウはため息をつき、宙に浮いた足をぶらつかせた。

 はるか下には、青い海と深緑の大地が見える。あまりにも遠くて、幻のようだ。


 ミウの腰には、金色の紐が巻き付いている。柔らかくて弾力のある紐だ。先端は頭の上まで伸びて、吸盤付きのフックにかけてある。


「うちで使ってるのと同じだなあ」


 どこにでも簡単に付けられる便利なフックだが、まさか宇宙にまでくっつくとは思わなかった。


 つり下げられた星は、気まぐれにまたたいたり、さえずるような音を立てたり、ぶつかり合って遊んだりしている。疲れると、ぷうぷうと鼻ちょうちんを出して眠る。


 近くの星が眠ると、ミウはそっと手を伸ばし、紐をほどく。そして、五つの角を折って食べる。残りはポケットに入れておき、またお腹が空いた時に食べる。その星によって、フルーツのような味だったり、ハンバーグのような旨みがあったり、チーズのようにとろけたり、いろいろだ。


 太陽と月は交替で、ターザンレールに乗って空を滑っていく。たまにどちらかが急ぎすぎて、ぶつかりそうになる。そんな時、月は咄嗟にお腹をへこませて半月になったり、三日月になったりする。間に合わなくてぶつかってしまうと、日食が起きるのだ。


 ミウは少しずつ、星の言葉がわかるようになった。私は水素とヘリウムガスでできています、とか、日本のラーメンはおいしそうです、など、いろいろなことを話す。ミウも星に話しかけてみたが、通じているのかどうかわからなかった。


 空の上の暮らしも悪くないかもしれない。そう思えてきた頃、誰かがやってきた。つり輪のように星をつかみ、ミウに近づいてきたのは、赤いジャージを着た男だった。


「いたいた、やっと見つけたよ」


 男はミウの紐に手を伸ばした。結び目を探り、ほどこうとする。


「な、何するんですか」

「俺だよ俺。覚えてない?」


 男は手を止め、言った。くっきりした目鼻立ちに、そういえば見覚えがある。


「あなたが私を、ここに……?」

「そうだよ。悪いことしたな」


 あれは、いつかの夜だった。

 ミウは新しく買った布団にくるまり、眠りにつこうとしていた。そこへ突然、ベランダの戸が開き、赤いジャージを着た男が入り込んできた。

 男は布団についている星の模様を一つずつ剥がし、袋に入れた。そして寝ぼけているミウを捕まえ、一緒に放り込んでしまったのだ。


 気がついた時には、ここにつり下げられていた。


「星を集めるのも、季節に合った形に並べるのも、俺一人でやってるんだよね。だから時々間違える」

「そうだったんですか」

「クリスマスシーズンはいいんだよ、そこら中に星の模様やオーナメントがあるから。今の時期はろくなのがなくてさ、わかる? この苦労」


 あまりに忙しすぎて、どこにどの星を付けたのかいつも忘れてしまうのだと、男は弁解するように言った。


「無事に見つかったわけだし、結果オーライだよな」


 男は再びミウの紐をほどこうとした。

 周りの星たちが、ざわざわと声を立てる。行かないで。危ない。もう遊べない。寂しい。危ない。ここは楽しいよ。行かないで。危ない。危ない。危ない。


「待ってください!」


 ミウは叫んだ。男は驚いて両手を放した。片方の手はミウの紐を、もう片方の手は一番近くの星を握っていた。その両方を放してしまったのだ。


「……あああああああああ!」


 男は悲鳴を上げ、落ちていった。空から海へ、境目もわからないほどのスピードだった。赤いジャージが燃えているように見えた。大気にぶつかって燃え尽きてしまうのではないかと思った。


 星たちが一斉に息をついた。ミウは顔を上げ、さてどうしよう、と考える。

 これから先、誰が星を集め、星座を入れ替えるのだろう。忘れっぽいミウにはとうてい務まりそうにない。


「まあ、いいか」


 星の並びがずっと同じでも、別に誰も困らない。星が空につるされていることさえ、ほとんど知られていないのだから。


 すっかり顔なじみになった星たちを眺め、ミウはふと思う。


 地球だって、ほかの星と同じように紐でくくられ、つり下げられているのかもしれない。そして空さえも、さらに大きな何かにつり下げられている。

 それなら、どこにいても同じだ。浮かんでいても、立っていても、落ちていても、埋まっていても、きっと同じことなのだ。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 赤ジャージ、落ちるなよ…(笑) 楽しく読ませて頂きました。 星が吊り下げられているというのが面白かったです。 酸素とかどうするんだろう…とふと考えてしまいました(^^;) それもこれもひっ…
[一言] 紐の巻き付いている部分がミウの首じゃなくて本当に安心しました……。 宇宙や銀河が出てくる話が好きなので、とっても楽しんで読めました。だがしかしっ 幻想的だなあ……と思いきやミウちゃんのちょっ…
[一言] 空で星が揺れているのは、紐でくくられてぶら下がっているからだったんですね。 ぶら下げられたままのミウは、この先どうなってしまうのでしょうね。それはそれで悪くなさそうですが。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ