つり下げられた世界
星は空に浮かんでいるのではなく、つり下げられている。友達からそのことを聞いた時、ミウは信じなかった。空には天井もないし、縄や針金もない。第一、季節ごとに星の配置を変えるのが大変だ。
「手作業よ、全部」
友達は言った。
「係の人が、大急ぎで外して付け替えるの。その時に間違って落としちゃったのが、流れ星なんだって」
「ふうん。じゃあ私もつり下げられたらさっさと落としてもらおう。ずっとぶら下がったままじゃ退屈だもんね」
「ミウったら、また信じてない」
そう、その時は信じていなかった。
しかし今、目の前にたくさんの星が紐でくくられ、揺れている。
ミウは本当に、星と一緒に空につり下げられてしまったのだ。
「まさかこんなことになるなんて」
ミウはため息をつき、宙に浮いた足をぶらつかせた。
はるか下には、青い海と深緑の大地が見える。あまりにも遠くて、幻のようだ。
ミウの腰には、金色の紐が巻き付いている。柔らかくて弾力のある紐だ。先端は頭の上まで伸びて、吸盤付きのフックにかけてある。
「うちで使ってるのと同じだなあ」
どこにでも簡単に付けられる便利なフックだが、まさか宇宙にまでくっつくとは思わなかった。
つり下げられた星は、気まぐれにまたたいたり、さえずるような音を立てたり、ぶつかり合って遊んだりしている。疲れると、ぷうぷうと鼻ちょうちんを出して眠る。
近くの星が眠ると、ミウはそっと手を伸ばし、紐をほどく。そして、五つの角を折って食べる。残りはポケットに入れておき、またお腹が空いた時に食べる。その星によって、フルーツのような味だったり、ハンバーグのような旨みがあったり、チーズのようにとろけたり、いろいろだ。
太陽と月は交替で、ターザンレールに乗って空を滑っていく。たまにどちらかが急ぎすぎて、ぶつかりそうになる。そんな時、月は咄嗟にお腹をへこませて半月になったり、三日月になったりする。間に合わなくてぶつかってしまうと、日食が起きるのだ。
ミウは少しずつ、星の言葉がわかるようになった。私は水素とヘリウムガスでできています、とか、日本のラーメンはおいしそうです、など、いろいろなことを話す。ミウも星に話しかけてみたが、通じているのかどうかわからなかった。
空の上の暮らしも悪くないかもしれない。そう思えてきた頃、誰かがやってきた。つり輪のように星をつかみ、ミウに近づいてきたのは、赤いジャージを着た男だった。
「いたいた、やっと見つけたよ」
男はミウの紐に手を伸ばした。結び目を探り、ほどこうとする。
「な、何するんですか」
「俺だよ俺。覚えてない?」
男は手を止め、言った。くっきりした目鼻立ちに、そういえば見覚えがある。
「あなたが私を、ここに……?」
「そうだよ。悪いことしたな」
あれは、いつかの夜だった。
ミウは新しく買った布団にくるまり、眠りにつこうとしていた。そこへ突然、ベランダの戸が開き、赤いジャージを着た男が入り込んできた。
男は布団についている星の模様を一つずつ剥がし、袋に入れた。そして寝ぼけているミウを捕まえ、一緒に放り込んでしまったのだ。
気がついた時には、ここにつり下げられていた。
「星を集めるのも、季節に合った形に並べるのも、俺一人でやってるんだよね。だから時々間違える」
「そうだったんですか」
「クリスマスシーズンはいいんだよ、そこら中に星の模様やオーナメントがあるから。今の時期はろくなのがなくてさ、わかる? この苦労」
あまりに忙しすぎて、どこにどの星を付けたのかいつも忘れてしまうのだと、男は弁解するように言った。
「無事に見つかったわけだし、結果オーライだよな」
男は再びミウの紐をほどこうとした。
周りの星たちが、ざわざわと声を立てる。行かないで。危ない。もう遊べない。寂しい。危ない。ここは楽しいよ。行かないで。危ない。危ない。危ない。
「待ってください!」
ミウは叫んだ。男は驚いて両手を放した。片方の手はミウの紐を、もう片方の手は一番近くの星を握っていた。その両方を放してしまったのだ。
「……あああああああああ!」
男は悲鳴を上げ、落ちていった。空から海へ、境目もわからないほどのスピードだった。赤いジャージが燃えているように見えた。大気にぶつかって燃え尽きてしまうのではないかと思った。
星たちが一斉に息をついた。ミウは顔を上げ、さてどうしよう、と考える。
これから先、誰が星を集め、星座を入れ替えるのだろう。忘れっぽいミウにはとうてい務まりそうにない。
「まあ、いいか」
星の並びがずっと同じでも、別に誰も困らない。星が空につるされていることさえ、ほとんど知られていないのだから。
すっかり顔なじみになった星たちを眺め、ミウはふと思う。
地球だって、ほかの星と同じように紐でくくられ、つり下げられているのかもしれない。そして空さえも、さらに大きな何かにつり下げられている。
それなら、どこにいても同じだ。浮かんでいても、立っていても、落ちていても、埋まっていても、きっと同じことなのだ。