母の病室
ああ、気が重い。
今日も、母に会いに行かなきゃ。
最近は、シロと颯太君と一緒にいる事で気分がとても高揚してるから、母のところに行くのに、以前よりずっと勇気がいる。
ああ、嫌だな。本当に嫌だ。
あの、今にも発狂しそうな被害者顔を見るだけで、あたしだって死んでしまいたくなる。
でも、母にはあたし以外にいないんだから、それにあたしは母に養ってもらってる身なんだから、母の面倒は何でも見なきゃ。
もう仕事みたいなもんだよ、これ。
コンコンッ
病室のドアを軽快にノックする。自分を奮い立たせるように。
「はーい」
いつも通りの母の声が聞こえた。あたしは、ゆっくりドアを開けて中に入る。
「お母さん、来たよ。調子はどう」
あたしは、母のために買ってきたお菓子を棚の上に置く。母は甘いものが大好きだ。あたしの小さい頃は、父をのけ者にして良く一緒に食べた。
「まだまだだめね。母さん、ずっと疲れてるみたい。無理しすぎたのよ、分かってたんだけどね。仕方なかったからね」
母は、すがるような目であたしを見てため息をついた。
ズシッ
心に重荷がのしかかる。
これこれ。この感覚。
これが辛いから来たくないんだよね。
あたしは、母の顔を見ないようにして、洗濯物のたまった袋をあたしの方に引き寄せる。
「洗濯物、これだけ?他に何かいるものとか、してほしい事とかある?」
あたしは、洗濯物を確認するふりをしながら、母に聞く。母はこれ見よがしにため息をついて言う。
「本当、代わってほしいわ。母さん、何も悪い事してないのに、何でこんな目に合わなきゃいけないのかしらね。ここで横になってて、いつも思うの。あたしの人生何だったんだろうって。あんたくらいの年に戻ってやり直したいわ」
いつものグチグチが始まる。
これ、本当に聞くに堪えないの。
母の一言一言が、あたしの魂を抹殺しに来る。
特に今は、シロや颯太君がいるから余計辛い。
シロや颯太君の明るい生のエネルギーに触れる事に慣れてしまったから、この負のオーラにどんより包まれる事は以前にもまして拷問に等しい。
「お母さん、ごめんね。あたし、明日の準備があるから早く帰らなきゃなの。また来るね」
あたしは、自分の肩かけ鞄の手持ち部分ををリュックのように両肩にかけて背負い、母の洗濯物をよっと持ち上げて、退散しようとする。
何故か、今日の母はいつもにも増して辛辣で、いつもにも増して顔色もどす黒かった。
そして、いつにも増してすがる様な視線を送って来た。だから、顔を見るにも耐えられなかった。
「いいわね、あんたには明日があって。あたしには、淀んだ過去しかない。あんたのために、全てを犠牲にして生きて来て、年だけ取ってもう若さもお金も何も残ってない」
あたしは、聞こえないふりをして退出した。
ドアを閉めて、ほっと息をつく。
心がどす黒く曇ってしまった気がする。
周りのもの、何を見てもどんよりと歪んで見える。
小さな子のキャッキャッと嬉しそうに笑う声がが、ウザったくて仕方ない。
あたしは、母の洗濯物を持ったまま足を動かす。
無意識だったが、はっとシロの待つ桜の木のある聖域に向かってる自分に気づいた。
あたしの心が精神安定剤を求めてる。




