シロ
あたしは、目をつぶって手のひらに柔らかな手触りを感じる。
暖かい。あたしよりずっと早い脈動が、あたしの冷たい手を打つ。
「お前も路頭に迷っているの、シロ」
あたしは、その小さな体を慈しみを込めて撫で続ける。
シロは、あたしの、あたし達一家の幸せだった日々を思い出させた。
まだ両親が一緒だった頃、あたし達は犬を飼ってた。白い大きな犬だった。
あたしは、シロが大好きだった。毎日、シロに一刻も早く会いたくて学校が終わると走って家に帰っていたし、夜ご飯まで一緒に遊んで、夜ご飯も一緒に食べて、そして寝る時も一緒だった。
でも、両親の離婚をきっかけに、母とあたしはその一軒家から小さなアパートの一室に引っ越したため、シロとも離れ離れになった。
それ以降、シロには会っていないし、父にも会っていない。
母は、あたしに父と連絡を取る事を固く禁じた。
でも高校に入学する時に、あたしの晴れ姿をどうしても父に見てほしくて、母に内緒でその一軒家に足を運んだ。そこであたしが見たのは、売家と書かれた大きな張り紙だった。
だから、今ここでこの子に会えた事に対して、あたしはシロがあたしのところに帰って来てくれたんだという気持ちにさせられた。
シロ、あたしのシロ。あたしの幸せだった子供時代の象徴。
もう学校に行かなきゃいけないと分かっていた。でも、シロと離れたくなかった。
だから、あたしは一縷の望みをかけて、シロにあたしの鞄に入ってたサラミをやった。
ここにいたら、また餌が貰えると思わせて、シロをとどめておくために。
誰かの飼い犬かもしれないけれど、そんな事あたしにとってはどうでもよかった。それに、首輪はついていないし。もし飼い犬だとしたら、ちゃんと繋いどかない飼い主が悪い。
シロはあたしに会うべくして、ここで会ったんだ。
。o○゜+.。o○゜+.。o○゜+.。o○゜+.。o○+.。o○゜+.。o○+.。o○+.。o○
あたしは、学校に行くようになった。
初日は、あたしの久々の登校にみんな驚いていた。
でも、従来のいつ何時でも笑顔でいられる能力を発揮し、あたしの存在をクラスのみんなが受け入れるのに時間はかからなかった。
あたしの思惑は見事に効果を発揮し、シロは学校の裏に住み着くようになった。毎日登下校時に、シロのところに行って餌をあげるのが、あたしの日課になった。
シロに会うと心が慰められた。
幸せな思い出が想起されるためか、シロに会うことで不自然な事をして摩耗している心のトゲトゲが優しく丸く矯められる気がした。
シロを撫でる行為を通して、あたしはあたし自身の心をいい子いい子と撫でている感覚にとらわれた。
次第にあたしは、シロのために学校に行くようになった。
どれだけ気が乗らなくても体調が悪くても、シロに会いたいがために必ず学校に行った。
母に会いに行かなきゃいけない日は、母のところへ行く前と後で必ずシロのところに行くようになった。
土日だって必ず会いに行った。
シロは、あたしの一種の精神安定剤だった。
シロの住みか兼寝床になってる大きな桜の木の下の一角(木の根元にシロが隠れられるだけの大きな穴があった)は、あたしとシロにとっての聖域だった。




