第弐話 ー 其の四
感想・アドバイスをよろしくお願いします。
圧倒された。
特別図体がデカいとか、声が野太いとかではない。むしろ優男。スラッとした長身に、燕尾服のようなその格好は、まるで優秀な執事を思わせる。
虚を見るかのように冷えきった目は、否が応でも見惚れてしまう妖艶さがあった。
「随分また派手にやったなぁお前ぇ〜。相変わらずの真面目っぷりだねぇ〜」
「それは貴様が瞬間の快楽に走りやすいからだ。第一貴様は楽しみすぎなんだ」
「いつも同じことの繰り返し、義務であることも知ってるけどよ?やっぱりそういうのはモチベーション維持の為にも、楽しみは付加していかねぇとダメじゃん?」
「知らないわよ。アタシはさっさと帰りたいのだけど?」
「リーミテリィ…相変わらず冷めてるなぁお前」
リーミテリィと呼ばれた女の呪鬼は、ヴェーゲグトゥーという男の呪鬼を邪険に扱う。面倒くさそうな物言いに面倒くさそうな表情。この男の呪鬼が面倒くさそうな性格をしているのは、焦りで頭がまともじゃなくなりつつあるこの状況でも冷静に判断できる。
「…だが」
冷静かつ怯えているからこそ、変わった空気に敏感に感じた。明らかに今までこちらを置いてきた空気がこちらに流れこんできた。
「今回ばかりは貴様に賛同してやる」
「おぉ話が分かるねぇ」
「えぇ〜マジで言ってるの、アーリハルト?」
「あぁ。…少々興味があってな」
「……っ!?」
その眼差しは俺を射抜く。変な汗が止まらない。妙な悪寒に身体が震え、脳内の危険を伝えるアラームがよりやかましくなる。
「…お前ら」
俺たち3人に聞こえる程度で、新宮が本気のトーンを発する。
「この状況に逃げはない。だから戦う」
簡潔に要所だけを淡々と言う。だがそこには張り詰めた焦燥に恐怖が込められていて、こんな新宮に俺は初めて出くわした。
「けど3vs3じゃ無理だ。1vs1を3つやる。まだそっちの方が勝ち目がある」
向こうがこちらを殺る気でいる以上、実力の差を鑑みると、逃亡の猶予は与えられないだろう。
残された戦うという選択を選ぶにしても、まだこの面子で戦闘したことのない、あり合わせのチームで、何度も共闘経験のあるように見受けられる雰囲気を醸し出している向こうに、わざわざ有利な状況を与える必要性なんてないだろう。そもそもそんなこと言ってる余裕がない。罪人としての自覚を持って初めての戦場で、想像以上の危機に遭遇している。死がすぐそばまで迫ってきている。
「俺が合図を出したら三手に分かれる。いいな」
「分かったわ」
「理解した」
嫌なほど実感する。昨日とはもう違う。在り来たりな日常なんてもう捨ててしまったのだと、血生臭い夜の修羅と共に行かなければならないのだと、…常に命を失う覚悟をしなければならないのだと。
「3…2…1…ゴッ!」
その声に合わせそれぞれが別方向へ駆ける。
「おっ、動いたってことはよ…っ!」
その動きを視認したヴェーゲグトゥーは瞬時に判断し行動を開始する。それは一番近い、俺のもとに。
「もう殺り合う準備出来てるってことだよなぁっ!」
「っ!?」
一瞬で眼前に迫り来る。猛虎は思いきり拳を振りかぶるために後方へ腕を引く。その拳に魔力が形を成し纏われる。鳴り止まない危険信号。それを遮ったのは悪友の声。
「お前の相手はこっちだタコ野郎!!」
瞬時に最高速まで加速したにもかかわらず、向きを変えてこちらに向かって銃を2丁構えている。それは尋常じゃない体幹や脚力など、まさに人間業ではない。そしてそれは自分もだとしつこいが痛感する。
放たれた銃弾は普通の物ではありえない数。それが魔力によって形成された代物だからこそ成せることで、激しい銃声が形造りヴェーゲグトゥーへ疾る。
「…いいぜぇ」
俺へと撃たれるはずだったその鉄拳は、身体を回転させながら半身を捻ることで銃弾の群れへと方向を変える。
その延長線上には新宮もいて、つまりそれは自分の身を守るための相殺の一撃だけでなく、同時に獲物への実質的な先制を狙ったもの。
「だったらテメェが楽しませてくれるんだなぁあ!?」
「…チッ!」
「ーーー拳は豪砲!!」
そして人1人飲み込むような巨大な閃光が銃弾全てを喰い、そのまま新宮に襲いかかる。
「くっ…そ!」
横へと飛び寸前で躱す。そしてすぐに銃撃を再開する。
「ぶっ殺してやるよぉおっ!!」
「っ…やれるもんならやってみせろバトルジャンキー!!」
売り言葉に買い言葉で、まるで子供の喧嘩のようだ。それも生死をかけたどうしようもない喧嘩。ふざけてやるには度の過ぎる、あまりに危険な命の取り合い。
「まったく、あんたたち男って……うん?」
「はぁぁぁぁっ!!」
リーミテリィに闘気を激しくぶつけたのは、身体能力の強化を既に終えた玲だった。
街中を1つの閃光の如く駆ける姿は、刀の刀身に月明かりが反射して、よりその夥しい気迫が浮き出る。決死の攻撃。そこに負けも逃げも見えない。ただ単純に斬り殺すことだけを目的とした眼をしている。
「ハァ…あんたも?」
だが、玲の突撃を冷静に携えた鎌で受け止める。ぶつかり金属音と共に火花が散り、突風が起こるほどの衝撃を起こす。受け止めきった鎌を振り払い、投げ出されたその身は体勢を整え距離を置いて着地する。
「アタシの相手はあんたってわけ?面倒なんだけど?」
「だったらあなたがさっさとやられてくれればいいのよ」
「は?嫌よそんなの。あんたがやられなさいよ」
「それだけは譲れないわ。絶対に死ねないの、私は」
「じゃあ大人しくお家でお寝んねしてなさいよ。分かってる?盛大に矛盾しているわよ?」
「それ、私があなたに負ける前提で話してるわよね?」
「当たり前というか、おかしくもないでしょ?」
「そうね…」
静かに怒りが噴き上がる。刀を強く握りしめて、それは完全な狩人の目。確実な実力差を考慮しない、見方によっては無謀だったり愚行とも呼ばれるような一方的な目。
けどそれは一言で貶すことなど出来はしない。俺からしてみれば、その背中は憧れの域にあった。
「おかしいのはあなたの頭だってこと、どうやらしっかりと教えてあげなきゃいけないみたいね…」
「へぇ…どうやって?」
「これでよ」
電光石火、その一振りは月光に反射する太刀筋だけを残して、鬼の首を刈るため奔った。
「……ふぅん」
その一閃をリーミテリィは鎌で防ぎ、淡々とした反応を漏らした。なにかを見定めるような目つきは、やがて好戦的な獣のそれに変わる。
「仕方ないわね、いいわよ。全力で殺してあげるから、全力で来なさい?」
「…変わらず上からの物言い、ねっ!」
そして怒濤の如き剣戟が始まる。瞬く間も斬り刻むように、激しい金属音が絶え間なく鳴り響く。玲が連続とした斬撃を容赦なく浴びせるのに対し、リーミテリィは表情を1つも変える様子もなく、無駄なく的確にその巨大な鎌でいなしている。互いに訓練された動きのために、その実力差は明らかに示される。正直なところ、玲が劣勢だ。
「さて」
「…っ!」
たったその一言で、痛烈に現実が死に姿を変えて目前に覆い被さる。
感情の無い眼が俺の目を射抜く。それは見下すわけでも、敵対視しているわけでもない。純粋な動機、腹が減ったなら物を食うだけ。
ただそれだけの食欲を満たすための義務を果たそうとしている。
「貴様達の要望通り、個別で戦闘の場を設けてやったのだ。せっかくだ、柄にもないが楽しませてもらおうか?」
「…善処はするさ。だが、あまり期待するなよ。こっちはお前みたいなプロフェッショナルじゃないんだ」
「ならルーキーらしく踊ってみればいいだろう。安心しろ、楽しむと言う以上手加減はしてやる」
「それはどうも。ありがたいことこの上ない」
悪いがこんな場面で変なプライドを見せるつもりはない。向こうが手を抜いてくれるというなら甘えさせてもらうだけだ。
無駄に見栄を張って、結果お亡くなりになりましたなんて、そんな有言不実行はみっともない。こっちには死んでもいい理由なんてないんだ。既に俺の独断で死ねるような安っぽい人生じゃない。
「改めて名を聞こうか。それが戦に置いての礼儀というものだ」
「…刻城悠太」
「自分はアーリハルト、貴様達で言う中位階級というものだ。…だが」
剣尖をこちらに向けて、静かな一言を放つ。
「その器で測れるほど、自分は弱者ではないと知るがいい」
「…クソッ!!」
敵は拳、自分は銃。ならばまず初めにしなければならないのは、自分にとって最も都合のいい距離を作り保つこと。いくら臨機応変に近接戦闘をこなせると言っても、わざわざ向こうの土俵に上がる必要はない。
加えあの破壊力。零距離で一撃を貰えば、いくら控えめに言っても無事では済みそうにない。
「弾丸:麻痺!」
近づかれたら少し後退し、射程範囲より外へ出れば少し詰める。繰り返し繰り返しそのことに注意を払い、受け手で終わることなく彼は銃声を響かせる。
「ーー拳は激銃!」
それら攻撃を躱すことなく、絶対の自信を持って撃ち落とす。疾る弾丸たちはその拳撃に瞬間粉微塵になる。
拳を放つと同時に魔力を放出するという、至って単純な攻撃方法なのだが、圧倒的な破壊力は単純だからこそ驚異になる。
「おいそんなもんかぁ?デケェ口叩いたんだからよぉ!もうちっと楽しませてくれねぇかなぁっ!」
「…るっせぇ!なんでもかんでも吹き飛ばしてんじゃねぇよパワー馬鹿がっ!」
想像以上だった。自分と相手の中に力の差があれど、それほどないと思っていた。だが直ぐに実感する。中位階級の呪鬼でも、実力者の類であるのだと。
嫌なほど身に浸みる圧倒的実力差が、彼の脳内にへばりついて離れない。自分の口の悪さを珍しく後悔しつつも、その口元は綻びていた。
「…ったく、刺激的すぎて笑っちまうなぁおい」
よく狂ってると言われる。狂うとまで言われなくても、だいたいはおかしいと言われる。端から見れば、自分は普通ではないのだと。
(まぁ、普通なんてこっちから願い下げだけどな)
彼の脳内に過るのは、何かと長い間一緒にいる親友とは言えないが友人程度の関係性。今も少し先で戦ってるだろう。だろうじゃない、戦ってるのは事実だ。
「…にしても、当たらねぇんじゃどうしようもないわな」
今考える必要性が皆無な思考は手放すとして、痛々しくもスリリングな現実に目を向ける。
新宮蓮の攻撃は当然のことで、銃弾が当たることが前提である。銃弾にバリエーションを持たせることで、自分の思う通りの展開に持っていくことを重要とする。
ある種完全にヴェーゲグトゥーの戦闘スタイルは天敵であるのだ。圧倒的な破壊力というのは、銃撃そのものに関しては然程威力がない新宮の攻撃と相性が悪い。
「さぁてぇ、どうすっかな〜」
危機的状況であるのに笑みがこぼれる。口角が上がりっぱなしで直りそうにもない。
新宮蓮は、この状況を楽しんでいる。
(まずは当てねぇと…)
心で何度目かわからない呟きを残し、溜息を零すと同時にちょっとした覚悟をする。
「ーー自己拘束解除。
ーー段階移行。
ーーー第二封門、開」
自分に課したリミッターを外す言葉を口にする。それは能力の上限を上げること。消費魔力を抑えることを目的とした制限だが、それを外すことで、自分の戦略の幅を広げる。新宮蓮の場合、一般的にモジュールと呼ばれるような追加武装の具現を可能とする。
「…散弾銃」
自分の銃二丁に呼び出した武装を連結する。
「んじゃまぁ、反撃と行こうか」
「…おっ?」
物陰に隠れていたその身は空中に踊り出て、ヴェーゲグトゥーの上方を取る。
「ーー雨の如く降り注ぐ!」
身体を回転させながら両手の散弾銃を、地上の敵に向けて無数に放つ。さながら弾丸の雨。とめどなく打ちつける。
「……拳は激銃ッ!」
それでもヴェーゲグトゥーは変わらない。同じくその拳を持って、この雨を消し去ろうとする。
「っ…!」
現に、その閃光は雨を貫き空を刺した。だが、あくまでそれは貫いただけに過ぎない。
「おぉぉっ…らよぉぉぉぉぉ!」
臆することもなく、新宮は降らせ続ける。
ヴェーゲグトゥーの攻撃は拳の一直線上が範囲である。槍のように、大砲のように、その軌道はあくまで拳大なのである。
全開の魔力の放出であるなら別だが、ヴェーゲグトゥーが選んだ返しの一撃は拳の大きさ。大地に打ちつける弾雨全てを無効化するには、範囲が狭かった。
「チッ、頭回るじゃあねぇか!」
「てめぇみたいな猪野郎と一緒にすんじゃねぇよ!」
1つ仕返した。だがこれは牽制にしかならない。数で勝っても鬼に当たる攻撃は消されてしまっているのだから。
「…換装、小銃」
銃を一丁消して、もう一丁に先程より大きめな武装を取り付ける。見た目はライフル銃のそれと変わらず、両手で保持して照準を定める。
「弾丸:回転!」
身体を捻りつつ着地と同時に射撃する。回転数を上げた弾丸は、空を切り一直線に敵に向けて貫かんとする。
「拳は激銃…!」
その弾道に被せて大砲の如き拳を繰り出す。
「…甘ぇんだよ」
散弾銃とは対極の一撃。一発の銃弾に回転を加え、その威力と飛距離を伸ばしたものがライフル銃。一般的な武装の1つだが、魔力によって構成された銃身と銃弾は、一般兵器の火力の域には収まらない。
新宮が今打ち出した弾丸は、銃の種類に関わらず超回転を付加するもの。その回転力はドリルのように、対象を貫く。
「なっ!?」
拳大の魔力放出では、力の塊は貫かれ、その一射を遮ることは出来ないということ。
「っ!…っんのぉぉ!」
空いていたもう片方の腕で魔力を放出し、ジェット噴射のように反動で後方に回避する。
「野郎……!」
寸前で免れたヴェーゲグトゥーは新宮を睨みつける。その目に先程までの狂気はなく、冷静に敵として観ていた。
「…知ってるか?日本には御立派な言葉がたくさんあってよぉ〜」
その目を見て新宮は、いつもと何ら変わらない間が抜けた声色で、言葉を紡ぎ出す。
「井の中の蛙大海を知らず、ってのがあるんだよ」
「…何が言いてぇ」
引き金にかけた指で銃を回し、チャカチャカ鳴るその音は異様なまでに苛立ちを起こす。
「要するに、自分の小せぇ物差しで世界測ってると、痛い目見るから気ぃつけろってことだ」
銃口を向け、ぶっきらぼうに舐めきった声で言い放つ。
「せいぜい覚えとけ、脳筋ジャンキーが」
新宮蓮は、不気味なまでに嗤っていた。
【次回予告】
少女は駆ける。
少女は振るう。
少女は立ち続ける。
それは自分と交わした約束を守るため。
それはもう二度とあんな思いをしないため。
それはこの想いを美化するため。
次回
第弐話 ー 其の五
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