第弐話 ー 其の参
若干長め。
「おう、全員集まったな」
夜の学校の校舎の屋上。吹き付ける風は、程よいくらいに涼しく、逆にあまりにも静かなこの時間をより暗く演出していた。
「改めて思ったけど…静かだな」
「そりゃあな。もし呪鬼なんぞいなかったら、まだこんな時間も騒がしい夜だったのかもな」
想像のつかない光景だ。生まれた時から夜はさしずめ地獄だと、そういう世界的認識である。そんな中人が自由に出歩き、街に明かりが灯る。なるほど、きっとそれを理想郷と言うのだろう。
「んじゃ、刻城には狩場に赴く前に、言っておかないといけないことが幾つか」
座り込んでこちらも座るように促しながら、言葉を続けた。
「向こう行ったら、呑気にお喋りなんて出来ねぇからな。今のうちにお前に欠けてる知識ってやつを教えとこうって」
「大丈夫だ、理解している。続けてくれ」
「オーケーオーケー。まずはさっき狩場って言ったが、実際には俺たちは狩る側でもあり狩られる側でもあるってことを忘れるな?俺たちの独壇場なんてことはねぇ。…呪鬼には三階級に分けられて認知されてる。下位階級呪鬼は、言っちまえば雑魚だ。やつらは意志を持ってない。ただ人間を食らうっていう本能に従って、人間界の夜を徘徊している」
呪鬼はここ人間界ではない別の世界から来てると言われている。仮に呪鬼が住む世界を魔界と称しているようだ。
「中位階級は俺たち人間と同じように、感情を持ち自分の考えで動く。殆ど見た目も人間だ。多分今の俺たちじゃ、中位階級とそこそこ戦えても勝てることはねぇだろうな。むしろこっちが付いていくので一杯一杯だろ。お前が倒した女の呪鬼ってのも、相手が油断していたのと、そこにお前がつけ込めたからだ。真っ当に戦ったら、そんなに上手くいかねぇってことよ〜く覚えておけ」
「…理解した」
そのようなことは実際戦っていて分かってた。力量に明らかに差があると。
「んでもって上位階級だが、イマイチ詳しくわからん。遭遇している連中なんて、それこそ〈円卓〉ぐらいなもんだ」
「…〈円卓〉?」
「…おい五十嵐、お前こいつに何も教えてねぇのかよ?」
「し、仕方ないじゃない。そんな時間なかったんだから…」
「はぁ…責任とってお前が説明しておけ」
「…じゃあ悠太」
新宮に呆れられた玲がこっちに向き直った。
「〈円卓〉というのは、私たち罪人の中でも最高クラスの実力を持った人たちが集まった組織のことなの。世界的に大きな権力を持っているわ」
「なるほど、つまり国連絡みか?」
「ええ、国際連合の主要機関の一つとされているわ。事実上、呪鬼に関しての世界的権力は〈円卓〉の手中にあると言っていい」
「…で、その凄い人たちと同じレベルなのが上位階級だと?」
「そういうこと」
「やつらが来ることなんてそうそうねぇだろうが、俺も会ったことないし。万が一遭遇したら全力で逃げろ。どうやったって勝ち目がねぇ。すぐに〈円卓〉のお偉いさんたちが飛んでくるだろうから、それまでは逃げ回れ。んでさっさとバトンパスしろ」
「よく理解した」
要は自分たちの手に負えないと。できれば中位階級とも遭遇したくはない。
戦線初突入の日に死んでしまっては、申し訳ないの話で済まない。償い続けなければならない罪がある自分に、死ぬことは許されない。正確には鬼共に喰われることはあってはならない。これだけは妥協してはいけない。
「敵についてはこんなところだろ。あとは、お互いの能力だ。一応チームとして動く以上、互いの把握は欠かせねぇ」
「そういうお前の能力は?」
「俺か?」
俺への確認の問いとともに、両手に一丁ずつ短銃を魔力によって形成する。
銃の知識はないが、見た限り回転式拳銃ではなく、自動式拳銃のようだ。
「基本この2丁拳銃が戦闘スタイルだ。銃のモデルはH&KのUSP」
「いやそんなこと知らない」
「…だな。んで俺の呪術は簡単に言っちまえば、いろんな弾丸を撃てるってものだ。貫通力の高い銃弾、スタン性能付きの銃弾とかな。弾丸は魔力で作るから、俺の力が尽きない限り弾切れはない。リロードする必要もなし、割と便利なものさ」
「遠距離戦闘、か」
「距離がないよりはあるに越したことねぇけどな。まぁその時は臨機応変で」
「そうか。玲は?」
今まで静かに話を聞いていた玲に伺う。
玲と新宮は何度か共闘経験があると言っていたし、そこは既に互いに把握しているのだろう。
「…あぁ」
「なんだ新宮?その声と顔は」
「うん…まぁ…誇りとかプライド云々を考えたわけだよ」
「?」
なんなんだそれ。聞いてはいけないものを聞いてしまったみたいな、気まずそうな声と顔は。
「…ないわ」
「え?」
「…私はないわよ、固有呪術」
「…固有呪術?」
「……おい、いがr」
「分かってるわよごめんなさいっ!」
「声荒げるなよ耳痛ぇ」
またもや俺は教育を受け損ねていたようだ。最早逆ギレの領域に達した玲から、八つ当たりの如く俺に捲したって説明してくれる。
「罪人の呪術には2種類、基本呪術と固有呪術があると定義されてるわ。基本呪術は、誰もが使役出来るであろう、筋力強化や速度上昇みたいな単純な呪術のこと。固有呪術は基本その罪人のオリジナルの能力のこと」
「なるほど。つまり玲は、他人と同程度のことができるが特別特徴はないということか?」
「なんでそんな明らかに喧嘩を売ってるかのような言葉しか出せないのその口は?」
「いはいからあへほ」
口を思い切り引っ張りながら、殺すかのような目をしてくる玲を、出来るだけ平然を装って冷静に日本語らしきものを発する。
どうやら本人にとってタブーの類のようで、そんなこと知らなかったのだから、あまり責め立てないで欲しいものだ。
「それで聞いてきたお前はどうなんだ?不意を突いたって言ったって、中位階級を殺った能力ってのは気になるな」
「……分からない」
「は?」
「分からないというよりは、具体的な術の仕組みが把握出来てないんだ」
そもそもこの間の戦いが初だと言うのに、どうやって自分の力の詳細を理解しろと?些か無理があるだろう。
「瞬間移動…とは違う気がする。俺がエミシュに向かう瞬間、俺以外の動きが全部止まって、そのまま近づいた。そのあと剣を振りかざそうとしたらまた動き出した」
「…制限付きの行動停止か?」
「でも、私はそんなの感じなかったわよ?」
「え?確かに俺以外は動き止まってたぞ」
「…んとだな」
頭の後ろで手を組んで空を仰いでいる。必死に回転させているであろう新宮を複雑な期待を込めて見つめる。
「…動きを停止させた対象の意識も削除してしまうのか、もっとぶっ飛んだこと言うと時を止めてるのかもな」
「確かにぶっ飛んだことだな」
時を止める。それが可能ならかなり強力なものだろう。世界の根本として位置する定義を狂わすものなど、いくら今が幻想と紙一重だとしても、それはあまりにも埒外だ。
「お前RPGとかやる?」
「え?まぁ、たまに」
「俺らもそん中のキャラと変わんねぇよ。普通ゲーム初っ端から超強力な必殺技なんて使えねぇだろ?お前がチートだって言うなら話は別だけどよ。レベルが上がってだんだん力がついて、超強力な必殺技ってのはそれに伴って身につくもんじゃん」
なぜゲームの話になってしまっただろうと、新宮の似合わない親切に判断を迷っている自分。そういった類の娯楽に関してあまり触れていない玲は、まるで新宮が外国語を喋ってるとでも思ってるかのような顔である。
「もしお前が本当に時を止めることができるってなら、当然何らかのリミテッドがあるってのは妥当だわな。それがお前の言う、呪鬼に接近したら停止が解けたってやつだろ。
つまりなにが言いたいかって言うと、お前の時間停止と思われる固有呪術は、現段階いつでもどこでもなんでも出来る便利な代物じゃねぇってことさ。それが発動時間か回数か、はたまた他の何かか。今のところ把握しようのないことだが、そのことを常に頭ん中に置いておかねぇと早死にする」
なんかしゃくだが新宮の言うことは、至極真っ当なことだ。自分の力を過信するつもりなどないが、自分の根底の無意識が素直に言うことを聞いてくれるとは思えない。むしろ熟練者であれど、多くなくとも油断という意識の欠片はそこらに転がっているもので、それは自分の手で操作することは出来ない。
「肝に命じとけ。んなことお前に言う必要はないのかもしれねぇけど」
「いや、分かっていても、言われないことに比べたらマシだ。自覚出来る」
「そっか。…んじゃ、行くか」
2丁拳銃を再び手にし、その身体に魔力が心なしか存在感が威圧的になる。魔力そのものを直接感知することは出来ないが、魔呪の使役によって気配への反応が敏感になるものだ。だからこそ分かる。こいつは戦闘体制に入ったのだと。
「ルーキーから一言ちょうだいよ。向こう行ったらゆっくり会話を楽しむなんて自殺行為」
「なんで俺なんだよ。さんざん出しゃ張ってきたくせに。というか俺が言えることなんて、見せかけの精神論くらいしかないぞ」
「その見せかけでいいじゃない。見せかけだからこそ言える言葉ってものがあるわよ」
「そもそもお前からアドバイスなんて求めてねぇよ。むしろされたらイラつくわ」
安心しろ。そんなことするほど経験も知識も勇気もない。
「時間が惜しいからさっさと済ませて」
「…仮にもお言葉を貰う側の態度かよそれが」
刀を抜いて、玲も戦場へ赴く心構えを始める。
「…全員、生きて帰れ」
そんな投げやりな扱いだから、キザった言葉じゃなくて、極在り来たりな言葉を発することにする。元々そんなことしか言うことは出来ないのだが。
「死にそうになったら逃げろ。そして絶対帰る。それが俺たちが今日果たすべき責務だ」
「ふ〜ん、まぁいいんじゃね?」
「死ぬつもりなんて元々ないけど。…けどその言葉、覚えておくわ」
「…なんかイマイチだ」
俺への対応に完全に納得することは出来ないが、これはこれでいいものだと今後の可能性に賭けて前向きに捉えることにする。
「…行くぞ」
「えぇ」
「…あぁ」
まだ見ぬ夜の街、そこに広がる血生臭さはまだ知らず、ただ純粋な好奇心に突き動かされて俺の身体は屋上から街に飛び立った。
「…くっ!」
洗礼は突然訪れた。
学校を出て市街地に入って間も無く、下位の呪鬼が襲ってきた。一体一体なら問題にするには情け無い話だが、いかんせん集団による不意な襲撃というのは、素人に毛が生えたような未熟者の俺からしてみれば、焦りを感じるのは仕方ないと思う。
「こっ…のっ!」
声ならざる不快な声をを発して近づいてくる鬼共を、その声を聞こえないよう払いのけるため、己の双刀を振るう。
今以上の窮地に出くわしているはずだが、何もかも初めてであれば、自然と心が不安に染まっていくのも当然なのかもしれない。
俺はこの時恐怖していた。
「…おい五十嵐」
「なに?」
前方で何事もなく事を捌きつつ会話を始める。慣れだろう。どこかの誰かのように不意打ちを食らってあたふためくことはない。だがそれでも、動揺していたのは同じだったようだ。
「この数…いるな」
「えぇ。中位以上…中位の中でも実力者」
最初から遊びのない表情をしていたが、今は一層厳しい顔つきに変わっている。
「どうした?」
「…お前も運悪いな」
「説明をしろ」
「今雑魚共がわんさか湧いてるけどよ、この数は滅多にねぇんだわ。下位階級が多い時ってのは、〈門〉が近い時だ」
〈門〉。魔界と俺たちの住む世界(仮に人間界と名称がついている)を繋ぐ時空の歪み。罪人はその〈門〉を感知して、その周辺を呪鬼の発生ポイントとしてそこへ向かう。〈門〉の範囲は一回一回違うが、必ず中心地が存在し、その核となる部分に近ければ近いほど、呪鬼の通る道は広く、大きい力の通過にも耐えられる。つまりこれだけ数が多いということは言わずもがな、そういうことである。
「…近くに出るかもしれねぇぜ、ヤバい奴が」
「………」
ただただ面倒である。言われなくとも分かってるぶん、完全にやつあたりの苛立ちが募る。
「新宮!」
「あ、和田」
新宮の名を呼ぶその声は馴染みがあった。
その声の主はだんだん近づき、その姿に目を見開いた。
「和田先生…」
「やぁ刻城、この時間に会うのは初めてだな」
担任だった。ここにいるということは、人の域を超えた存在であることの証明の他ならない。意外な登場人物に俺は別の意味で動揺した。
「和田も感じて?」
「あぁ。何しろ数が多いからな。嫌な予感がしてならない」
剣を握りしめつつ発する言葉は厳格で、普段の柔らかな雰囲気は存在しなかった。
「お前たちも気をつけろよ。変に気を抜くとすg……」
刹那、一筋の閃光が和田先生を貫いた。
「和田先生っ!?」
あまりにも突然のこと。放たれた光はその身体に風穴を開け、衝撃に肢体が空へ勢いよく舞う。
「今のは…」
「クハハハッ……」
「!?」
何処からか笑い声が聞こえ、その方向へ慌てて振り向く。
「やぁりぃ〜一体上物ゲット〜」
「…新宮」
「あぁ…出やがった」
嫌でも分かる。この飲み込まれるような威圧感。明らかに自分より上に位置するものが発する気迫。
「ちょっとヴェーゲグトゥー、やったんだったらちゃんとキープしておいてよね」
聞こえた声とともに現れたのは、鎌を持った女。
吹き飛んだ和田先生を掴んで空中へ放った。途端空間に穴が開いてその中に消えていった。おそらくあの先は魔界なのだろう、ありえない話ではない。だが、自在に世界と世界を繋げることが出来るとは予想以上だ。そしてあの穴で人間を貯蓄しているのだろうか?どちらにしろ、俺を苛立たせる理由としては十分過ぎる。
「まぁまぁ、固いこと言うなよ〜リーミテリィ。そんなに急ぐと生きるのも急がないといけなくなるぜ?」
「あんたはマイペース過ぎるのよ。ほら、あそこにも今のと同じくらいのが3人」
「おぉ〜今日はついてるなぁ。久しぶりに食いがいがありそうだ」
わざとか無意識か、こちらに会話を隠そうという意識はないみたいだ。なんにしろこっちのこちらを苛立たせるのは変わりない。それを分かってて、敢えて挑発的な馬鹿をする奴がここに1人。
「オイそこの頭湧いてる連中。一方的に話進めてるけどよ、少しは自分たちの負けも入れとけパープリン共」
「……へぇ、面白いやついるじゃん」
「ただの見栄張ってるだけでしょ?」
新宮の挑発に、男の方は面白いオモチャを見つけたかのように口角を上げ、女の方は淡々と受け流す。やはりそこらの雑魚とは違う。
「面倒なこと言ってくれるじゃない」
「いいじゃねぇかよ、やる気になっただろ?」
「やる気というかやらざるを得なくなったんでしょ」
「経験皆無な俺としては今帰りたくなった」
「さすがにそれじゃ俺捌き切れねぇって」
なら無駄に煽らないでほしい。そんな言葉で解決しないのも分かってるが。そういう面倒な性格に付き合ってる俺も物好きなのだろう。そう考えないと自分で自分を見失う。
「おーい人間共、せっかくだから遊んでやるよぉ。いきなり殺してやったりしないからよぉ、頑張って足掻いてくれなぁ〜」
「なに勝手なこと言ってるのよ…」
「いいじゃんいいじゃん。そっちの方が面白いだろ〜?なぁ、アーリハルト?」
「……勝手に自分の意見を代弁するな」
静かに強い声を発しこちらに近づいてくる1人の鬼。目の前の2人とは違う冷徹な気配。まさに俺のイメージする鬼そのものだった。恐怖、恐怖、恐怖。黒く尖ったものが俺を喰らおうとしていた。
「…3vs3はエグいなぁおい」
「まずいわね、間違いなく」
「………」
現れたその姿は、全身を血で染めて一本の太刀を片手に構え、純粋な狩人だった。
「…自分の意見は自分で決める」
次回バトル突入。




