第弐話 ー 其の壱
第弐話突入。
呪鬼が公に現れてから、通夜の習慣は自然と絶えていった。夜に集まるというのは、呪鬼にとって見事な狩場になってしまう。死者を弔うのに、その最中に命を失ってしまっては、何よりも誰もやりきれないだろう。
「……おばさん」
そのため基本葬式だけで、場合によっては朝方に通夜の代わりを行うこともある。
「……元気、悠太くん?」
「はい、おかげさまで……」
遙音の葬式、遙音の母親が自分に話しかけてきた。
「……すみませんでした」
「別にあなたのせいじゃないわよ。あれは…仕方のないことだったのよ」
それは自分に言い聞かせるかのような声。俺を励まそうとしているのかもしれないが、明らかにその目は俺を見ていない。
「けど、それでも、俺が……」
「……そんなに責めないで」
俺を優しく包むようにして、優しい声が俺にかけられる。
「正直、ね。あなたのことを完全に許すことは出来ないのよ。あなたが悪くないって分かってていても、どこかで憎んでるのかもしれない。
けど、あなたも私の息子のようなものだから。あの子があなたに望んだ終わりだと言うのなら、私はそれでいいの。だから今ははっきり言える」
俯いた顔を上げて、俺の顔を見て少し微笑む。
「あなたと玲ちゃんが無事で、本当に良かった」
「おば…さん……っ!!」
俺の何かが決壊したようで、流れる涙を堪えることは出来なかった。
ごめんなさい、ごめんなさいと、そう何度も嗚咽と共に零していた。
「よぉ、刻城。多少は振り切れたか?」
翌日。学校に来るなり、新宮が声をかけてきた。
「そんなふうに見えるか?」
「見えねぇな」
ニヒルな笑みを浮かべる。馬鹿にしているわけではないのだろうが、イラっとする。
「なんだかんだ興味ないとか言いながら、ちゃんと人の死に少なからずダメージ受けるんだな?」
「勘違いするな。遙音だからだ」
見知らぬ人の死はもちろん、例え知っていてもなにも思わない。……いや、思えないのだと思う。
「そういうお前こそいつもとお変わりないようじゃないか?クラスメイトが死んだのに」
「あー…気に障ったなら謝るわ。そう怒るなって」
無意識に口調が荒々しくなっていたのだろう。怒っているという決めつけにも、反論し難い。
「俺だってショックだぜ?多少は喋ったことあるしな。ただ、ちょっと切り替えが上手なだけだ」
そう簡単に切り替えられるものなのか?確かにこいつは、そういうことに関しては上手くやりそうだが。
「まぁ、この学校の連中のほとんどがショックみたいだけどな?」
「……なんでそんなに広まっている?」
クラスに伝わるのは分かる。なぜ、全校レベルの周知の事実になっている?
「あんまりなめちゃダメだぜ?ファンクラブだとか名乗ってる連中は、学校にいなかったら不思議に思うだろうし、そもそもこのクラスにも熱心なファンはいるわけだしな」
言われてみればそうだ。本当に遙音は皆に慕われていたのだと実感する。
「あ、そうだ。ちょっと付き合えよ。まだ朝のホームルームまで時間あるだろ?」
「それはそうだが……お前、なんでここにいる?」
よくよく考えればおかしい。いつもは遅刻寸前、もしくは遅刻してくるやつが、なんでこんな朝早くから学校にいる?
「お前を待ってたんだよ、刻城」
屋上に吹く風は心地よく、見渡すと少しずつ葉桜へと木々は変わっていた。
屋上は普段空いていない。立ち入りも禁止だ。じゃあなぜ入れたのか?
「ピッキングくらい簡単だし。まぁ面倒だからちょっと鍵を拝借して、合鍵っていうの?作ったから」
「紛れもなく犯罪だろ」
こいつがどちらかと言えば不良なのは、見て当然のことのように分かる。だが、本当にそういうことをしているのを認知すると、なんとも言えない。
「お前ってなんだかんだいい子ちゃんだよな?」
「少なくともお前みたいに不良じゃない」
「言ってくれるなぁ、事実だけどよ」
「…で、なんのようだよ?ただサボりに付き合えってだけなら、悪いとも思わないが帰らせてもらう」
「そこは嘘でも、悪いけどって言えよ正直者」
正直者以前に、誰が自分から関わりたいと言うんだ、お前なんかと。
「回りくどいことは苦手だし。てか面倒くさいし、ズバって直球にするわ。……お前、罪人だろ?」
「……いきなり何を言うかと思えばそんなことか」
「そんなことってなんだよ?」
笑いながら俺に問う。新しい玩具を見つけたような、そんな目。
「お前がそうかそうじゃないかで、だいぶ変わってくるだろ?お前だけが生き残ったのは、お前のことを助けたていう罪人が来た時には、もう天河は死んでいた。そういうことみたいだけどよ、些か強引ていうか、腑に落ちないんだよ」
「お前がどう思うかが、そんなに大事か?」
「いいや、別にどうだっていいことだ。ただ、直感でなんかおかしい。そう思っただけだ」
「あっそう」
言われてみればおかしいかもしれない。実際はその言い訳で十分だと思うが、事実は違うからなのか。
「あっそう、って投げやりにしないでくれる?」
「いちいち付き合ってられるか。もう朝のホームルームが始まる。早く戻るぞ……っ!?」
瞬間だった。
何処からともなくこいつは銃を突き出し、俺の額に押し付けた。
「……なんの真似だ」
拳銃の銃口が額に着くほどの零距離。その普段遭遇しないだろう非日常的な状況に、思わず魔呪を展開する。
身の危険を意識したことで、咄嗟に使ってしまったが、相手は一般人。……いや、おかしい。こいつは何処から銃を取り出した?
「遅いなぁ…」
「…なに?」
拳銃をそのままに、明後日の方向を見ながらそう呟く。
「身の危険を感知してから、魔呪を使うまでの時間が遅いって言ってるの」
「お前……」
「そうやってポカァンとしてるなって。隙だらけ油断だらけ、やってくださいって言ってるようなもんだ」
現在日本では、銃刀法違反というものは存在しない。ただし、夜間以外の使用は法による裁きを受ける。
だが、そういう問題ではないだろう。実際学校に拳銃など持ってきたことが知られたら、退学など特別おかしな話ではない。確かに自分から危険に飛び込んでいくようなやつだが、わざわざ捕まるような真似はしない…と思う。
それ以前に、元々こいつは持っていなかった。今まさに取り出したのだ。
「……いい加減その銃を降ろせ」
「しないって言ったら?」
右手に長刀、左手に短刀を手にして、長刀を新宮の首につける。
「その首を刎ねる」
「おー怖い怖い。そんな物騒なことを言うなよ。別に本当に撃とうってわけじゃねぇんだからよ」
銃を降ろし、引き金にかけた指でくるくる回す。
「お前もそれ降ろせよ。落ち着いて話も出来ねぇよ」
「先に仕掛けてきたのはお前だろ」
「はいはい、悪ぅござんした。ちっと試したかっただけだって」
「試す……?」
銃がやつの手から消え、同時に魔力の反応も新宮から消えた。
「五十嵐から聞いたぜ?刻城、お前レアらしいな」
「玲のことも知っているのか?」
「ここら辺を縄張りとしているのは、あいつも俺も同じだからな。何度か一緒にお仕事したこともあるし」
罪人には縄張り意識、というよりかは自分が主に生活している地域周辺の鬼を狩る。同じ高校の生徒というなら、狩猟地域が同じになるのは至って普通のことだ。
「んでもって、こうやって先輩としてアドバイスしてやろうと思ったわけ。なったのはお前が先だろうが、実質なっている時期は俺の方が長いからな。というわけだ後輩。俺が親切に忠告しといてやる」
こっちを指差して言う。
変にカッコつけてるようなその身ぶりが、妙に様になっているのがさらに苛立たせる。
「お前はなんで魔呪を使うのにそんなに時間かかった?」
「は?」
アドバイスと言っておいて、いきなり疑問を投げかけてくる。
「答えは簡単だ。使う必要がないって考えてたからだ」
その上勝手に結論を出す。
「呪鬼は夜に現われるものだって思ってるだろ?」
「思ってるも何も、事実そうだろ」
俺の答えにチッチッチと舌打ちしながら人差し指を左右に揺らす。
「それが甘いんだって。考えてもみろ?誰が呪鬼は夜にしか出ねぇって決めた?根拠は?」
「それは…」
「夜にしか出てないからってのはナシな。そもそも答えになってねぇ。……ひと昔前は、呪鬼や俺たち罪人は空想の産物。フィクションの中のキャラクターってのが当たり前だったんだぜ?つまり、今でもまだ不思議なことはたくさんあるってことだ」
先にあった国同士の戦争。その後の数年の間に呪鬼は活動を始めたと言われている。…いや、だいぶ前からいてただ姿を現さなかっただけかもしれない。そこの辺りの詳しいことは分からない。
「人間の悪いクセだよなぁ。知らず知らずのうちに、自分たちが一番だって思ってやがる。俺たちの知らないことなんてたくさんあるってのによ」
いつの間にか自分たちは全てを知っているかのよう。いつそんなに偉くなったんだと、思い上がりも大概にしろということ。
「要するに、呪鬼が昼に出ないなんていう絶対性がないのに、安心しきってると危ないかもよってこと」
確かにそうだ。限りなくフィクションに近い今の世界で、予想外のことなど起きても何ら不思議ではない。
「案外ちゃんとしてるんだな、お前」
「…それはただの悪口だからな、優等生」
実感した。俺よりよっぽど罪人だ。実力も、経験も。
見た目はこのようなちゃらんぽらんでも、考えてることは罪人として確立されたものだ。
「…俺が伝えたかったのはそういうことだ。いつでも斬れるようにしておけ。すぐに殺れるようにな」
「…親切なアドバイス感謝する」
「だったらせめて感謝している雰囲気くらい出せよ」
本気では思ってないからな。その通りだと納得したが。
「じゃあなんだ?何かしら稽古でもつけてくれるのか?」
「は?やだよ面倒くさい」
「おい…」
「あ、でも…似たようなことは出来るかもな」
根拠は無いがなんか嫌だ。
「今晩一緒に狩りに行こうぜ。五十嵐も誘って」
「…お前とか?」
「逆にこのタイミングで俺抜きとか、普通考えてありえないだろ。いや、分かってて言ってるんだろうけどよ」
「正直不安しかない」
「それのデフォは心の声だろ、思っても外に出すなよ」
だが、こいつの言ってることはおかしくはない。遅かれ早かれこいつとは手を組むのだろうから、どうせなら早い方がいい。
「…分かった」
「オーケー、今晩ここな。7時くらいでいいか。…頼むからここに来る前にやられるなよ?」
「善処する」
それしか言いようがない。何よりもそれが今の自分の実力を表していた。
次回、夜になる前にもう少し学校エピソードを挟もうかなと思います。




