それがわたしのすべて
あまりに暑くておもわず書きましたが、勢いだけで辻褄が合いません。雰囲気でさらっとお楽しみください。
恋をしました、一度だけ。
誰にも知られてはならない恋でした。
けれどその時の僕は傲慢で、何もかも守れると信じて、選んで、そうして、全てを失ってしまった。
そうして初めて気がついた。なんて僕はちっぽけな存在だったのかと。なんて、愚かだったのだろうと。
だから、だから今度は手放さないと決めたんだ。
後悔しないように、もう二度と、奪われないように。
だからお願い、もう少しだけ待っていて。
こんな病気すぐに治して、必ず、迎えに行くから。
「ばかね。待っているに決まってるじゃない」
その笑顔に、もう一度恋をして、目を閉じた。
目を覚ました男はゆっくりと瞬いて顔を横に向ける。
その先に、椅子に座って見下ろす女性に、笑顔を向けて、その名を呼んだ。
頷き、話し合うふたりを邪魔せぬよう、はたり、とドアを閉めた。
「良かったのか?」
「…ええ」
シワの寄った目尻を緩ませ、こちらを見上げて笑う老婦人におもわず眉をひそめた。
扉を離れ、歩きだした小さな背を追いかけても、ピンと優美な姿勢は決して崩れない。
「あのバカ男、君ではなく孫のほうを選んだんだぞ」
「ええ、彼はバカな男ですもの。これで良かったのですよ」
変わらぬ柔らかい口調と微笑みで干渉を拒む老婦人…数十年の眠りから覚めたバカ男の恋人は年経た今でもなお魅力的な柔らかさで多くの人が慕っている。
あの男が眠りについてから数年後、彼女はどこからか一人の赤子を連れて育ち、その子供は結婚し、彼女そっくりの子供をうんだ。
その子供が、男と話す彼女。仕草も、笑顔も、過ごした日々の全てを教えられて育った、こども。
「見る目がないなあ」
「知っておりますよ」
「近くにこーんないい男がいたのにあーんなバカ男のためにつまんねぇ人生おくってさ。俺だったらこんな一途な人ぜってぇ逃さないのによ。」
「あらあら、ありがとうございますね」
振り返り、くすりと愛らしく笑う仕草は、今も変わらない。
幼い幼い子供の頃、一度きりの恋の話をする時に見た、あの笑顔が初恋だったなんて、言うもんか。
お読み頂きありがとうございました!