8.強くなりたい
どうして、二人は強いのだろう。
どうして、私は弱いのだろう。
アリスティ様から逃げて、避けて、互いを傷つけあって、これでは何も変わらないじゃないか。
「今日こそは」
アリスティ様の部屋の前まで私は来た。もう、互いを避けるのをやめよう、と言うだけで良いんだ。
だけど、無理だと言われたら。
怖くてノックも出来ず、何度もここに来ては帰るを繰り返していた。
「あーーうーー」
「えっと」
声がして恐る恐る横を見ると、ドアが開いていた。
「……あ、アリスティ様っ!?」
顔面が火を噴いた。恥ずかしすぎる。
私は何も言えずに逃げ出した。
「ちょ、メリア待ってっ!」
それは無理な相談だ。
アリスティ様の声も無視して、私は使用人の部屋まで来た。夜中近くまで、誰も帰っては来ない。私は部屋に入ると、ため息を付いた。
「情けない……」
一体私は何に恐怖を抱いているのだろうか。
アリスティ様か、あの双子か。
「私はやっぱり弱いのかなぁ」
魔術で、植木鉢の花に水をやる。窓の外はもう、暗かった。
その時だった。
『メリア、入るよっ!』
××××××
私は再び勢い良くドアを開け放った。後から入ってきたゼシカは、女子部屋だというのに顔色一つ変えない。
「メリア」
「何ですか」
メリアは、さっきまでの動揺の陰も見せず、いつも通り冷たく言う。だけど、それでは駄目だ。
私はペンダントを差し出した。
「……え?」
「メリアは強いと思う。一人でずっと、戦ってる。でもね、目をそらすだけじゃ、駄目なんだよね」
「……アリスティ様。あなたの方が、ずっと強いです」
私はメリアにペンダントを押し付けた。小さな花の銀細工がついている。メリアは、唇を噛み締めて呟いた。
「全く。私から言いたかったんですよ」
「何を?」
「私と、仲良くして下さい。仲間外れは怒りますよ」
あの、不敵なメリアの笑顔。ゼシカを見ると、微かに微笑まれた。
「もちろんっ」
私は思い切り、メリアに抱き付いた。自分から切り離すのではなく、どうやって乗り越えていくのか、考えるべきだったのだろうか。
まだ、最善の答えはないけど。
「で、アリスティ様?」
「な、何」
「ゼシカちゃんとは、どこまで?」
「ど、どこまでも行ってないっ! 強いて言うなら行商人まで」
「何ですか、俺とアリスティが行商人までとは」
今度は一緒に考えられたらいいな。
××××××
夕食後、アリスティ様が部屋の部屋で過ごした。屋敷も消灯し、暗いのでランタン片手に部屋に向かう。
今日は沢山話をした。ゼシカちゃんは少しも遠慮なくて、余計に懐かしくて。不安はあるが、平気だ。
「結局、自分を捨てちゃうんだね。メリアちゃん」
背後から伸びてきた手に腕を掴まれ、引かれた。ランタンが床に落ち、送っていた魔力が途切れて火が消える。
「……アレクセイ様」
「俺の妹も馬鹿だよなぁ。結局、自分が大事なんだからさ。それとも君がお人好しなの?」
その腕を振り払った。今まで振り払えなかった、その腕を。暗闇に鈍く光る銀色。恐怖が、胸に詰め込まれたかのようだ。
「…………」
「わ、私は、あの二人みたいに強くはありませんけど、それでも」
ずっと、独りで耐えてきた二人。関わろうとしてくる人を皆切り捨てて、自分だけが傷つこうとしていた。
「二人の力になりたい。私だけが弱いなんて、嫌なんです」
「二人は弱いよ。怖いから、殻にこもっている」
「私には、殻にこもる勇気もない」
「アリスティは、いい子だよね。ゼシカは邪魔だなぁ。君も邪魔だな。あいつを守ろうとする奴は、邪魔だよ」
アレクセイ様は私の頬をなぞる。
「ね、メリアちゃん」
そして、私の首を掴んだ。殺そうとはしていない。ただ、息苦しいだけだ。
「…っ…あなたは、アリスティ様が…好きなんですね」
「そうだね。可愛い妹だよ」
そうじゃない。彼のアリスティ様を見る瞳は、ゼシカちゃんがアリスティ様を見る時のそれに似ている。
同じ、女の子を見る目。
「女の子として、好きなんですね」
「……君さ、変だよね」
首を掴んでいた手は離れた。
「私もゼシカちゃんが好きでしたから、気持ちは分かります」
「過去形?」
「昔ですよ。思い切り振られました。妹みたいに思っているから無理だって。まだ、小さいときですけどね」
アレクセイ様は噴き出した。自分と重ねてしまったらしい。この人も、こんな風に笑うんだな。暗くて表情はよく分からないが、声色で想像は出来る。
「じゃあ、似たもの同士として、応援してよ」
「嫌です。私はゼシカちゃんを応援してますから」
「振った男を?」
「誰があなたみたいな危険な男を、アリスティ様に近付けたがるんですか」
「リク兄とか」
「ありそうですね」
アレクセイ様は鼻で笑うと、近づいてきた。いくら話をしたからと言っても、やはり怖い。
やがて私が壁にぶつかると顔を寄せてきた。瞳が鈍く光る。
「……っ、近いです」
「アリスティが駄目なら、俺は君でもいい。面白いから」
「ぜ、ゼシカちゃんと比べますよ」
「ひどいなぁ」
その声は耳元に聞こえた。そして、柔らかいものが首筋に触れた。離れようとするが頭を押さえられる。
「ひゃあっ……!?」
吸い付かれた。触れているところは熱いのに、突き抜けた何かは冷ややかだ。
「ウブだねぇ……って」
「この、変態がぁっ!」
私はメイド服がスカートだというのも忘れて、回し蹴りを繰り出した。当たらなかったものの、アレクセイは尻餅をついている。
やがて口を押さえて笑い出す。
「意外」
「な……何よ」
「いや、その。……好きになりそう」
「はぁ!? どこにそんな要素があるのよっ。第一あなたはアリスティ様が」
「敬語は?」
「……もう、いいです。寝ますから帰って下さい」
背中を向け、歩き出す。後ろではクスクスと笑う声が密やかに響いていた。
「そうそう」
「まだ何か」
「首、人に見せない方がいいよ」
「え?」
××××××
次の日、メリアはまたアリスティの部屋に遊びに来た。メフィルス家に来た時みたいな仲良しっぷりだ。
「メリア」
「何?」
「首、どうしたんですか」
彼女の首に湿布が貼ってあった。寝違えたのだろうか。
「痛いの? 湿布変える?」
「放っておいて下さい。本当に、忘れたいから」
その日から、アレクセイとメリアが口喧嘩しているのをよく見た。喧嘩をしているのはいつも通りではあるのだが、アレクセイの態度が前とは少し違っている。
メリアに害があるなら直ぐ止めるつもりで見ていたが、その気配もないので、やがて気にもならなくなった。
ともかく毎日が特に何もなく退屈でもなく過ぎていく。
気がつけば、ここに来て二カ月が経とうとしていた。