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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第一章 白き森
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6.アリスティの兄

 俺個人で、二人に会ったことは何度かあった。毎回何かと突っかかってくる、面倒な人たちだ。しかし、アリスティといる時に二人に会うのは初めてだろう。

 だから、彼らとアリスティの関係がどんなものかも、初めて見ることになった。

「あ、お二人さん」

「何か用ですか」

 彼はアレクセイ。エルフには珍しい銀髪の持ち主。

「本当に伯爵家の息子が使用人とはな。未だに信じがたい」

 そして、リューリク。この二人は双子だという。

 アリスティの兄だというが、三人はあまり似てはいない。

「……」

 アリスティは瞳をガラス玉のように濁らせ、まるで何を見ているのかが分からない。握り締めた手が、白くなっていた。

「ゼシカ、行こう」

「酷いなぁ、アリスティちゃん。俺らを無視するなんて」

 アレクセイはアリスティの髪をなで、一房を手に取る。それを眺めていたが、急に掴んで引き寄せた。二人の額がぶつかり、鈍い音を鳴らす。


 まるで、顔を寄せ合う恋人のような。


「え、……」


 何故、俺は止めないのだろう。

 何故、アリスティは振り払わないのだろう。


 アレクセイはアリスティの片頬を手で包み込む。俺は、二人の奇妙な空気感を眺めるしか出来なかった。

「しかし、女では味方にならないし、気弱な使用人でも駄目と踏んで、元貴族の気の強い男を持ってくるとはな」

「小賢しいって言うか、何て言うか」

「確かにこいつも見た目だけは及第点だからなぁ」

 どうにも散々な言われようだ。小馬鹿にした口調に腹が立つ。

「……ふざけないで」

 アリスティの呟きに、下の兄は口角をつり上げた。

「ふざけるなって? くくっ、リク兄に言いなよ。ね、ゼシカ」

 俺に振るな。

 アリスティがなんと言おうが、俺が元貴族で男なのは疑いようのない事実だし、様々な見方があるのも否定できない。と言うか、否定するのも面倒だ。

 しかしどうにも気持ち悪い空気をもつ二人は、俺を標的にしたらしく気味悪い笑みを向けてくる。

 使用人スマイル、発動。

「俺には答えかねます」

「逃げるのがお上手で」

 すかさずリューリクは言う。表情は抜け落ちて、少し不気味ですらある。彼はいらだった様子で吐き出すように呟いた。

「お前みたいな生き物は、見ているだけで吐き気がする」

 俺だって、吐き気がする。どこか、父のような一面を持つリューリクに俺は、懐かしさと憎しみに似た感情を抱いていた。

「そうそう。アリスティ、耳貸してね」

 アレクセイはアリスティを正面から引き寄せると俺のいない側の耳に何かを囁いたようだ。

「な……」

「全く。こんな魔術も使えない女より、俺の方が役立つのにな」

「リク兄ぃ、可哀想だよ? はっきり言っちゃあさ」

 アレクセイは、俺の肩に腕を回してくる。振り払いたいが、出来ないのが使用人と言うものだ。

「……で、アリスティに手は出したの? そのつもりでついてきたんでしょ」

 耳元で小さく囁かれた言葉に、俺は息を呑む。彼の声には、驚くほど感情が込められていなかった。

「そういうつもりはありませんよ。向こうの家が嫌だっただけです」

「へぇ……」

 小さな、音が微かに届く。

「え?」

 その時、鋭い痛みが首の後ろに走った。まるで電流が走ったような。


「……っ!」


 雷の魔術だ。

 再び電流が流れ、俺は膝をついた。酸素が入ってこない。

「……く…っ…」

「一応は、信じてあげる」

「アレクセイ。何している?」

「んー? いや、何か彼、自分の思考回路がショートしちゃったみたいだね」

 彼らの目には、玩具しか映ってはいないらしい。

 生き物のカスだ。

「ゼシカっ」

 そして俺は、そう思いながらも何も言えない屑だ。


××××××


 二人がいなくなっても、俺は無言で座り込んでいた。電流の走った体は、まだ痺れが残っている。

「だ、大丈夫? ……なわけないよねっ! て、手当てしなきゃっ……」

「手当てと言われても、怪我はしていませんが」

「でも、……」

 俺が軽く手を払う仕草をすると、それきり手当て、とは言わなかった。

 アリスティに、いつもの覇気がない。どこか、雰囲気が違う。俺は立ち上がり、彼女を見下ろした。


「もし嫌だったら、従者、止めて良いよ。私は大丈夫だから」


 あなたはそうやって、独りになっていくつもりなのか。実際そうなのだろう。どこかで一線を引いて、それ以上近寄らせない。

 そして、誰も近付こうとしない。

「私の兄だもん。本当に酷いことはされないよ」

「本気でそう思っているのですか」

 アリスティは頷いた。だけど、本当にそう思うならどうして目を逸らすんだ。

 彼女は、そのまま窓の外を見つめる。視線を追えば、鳥の陰が通り過ぎる。

「兄様たちの気持ちが分からない訳じゃないんだ。だって、後から出てきた妹に権力も全部とられちゃったんだから、私のことを憎むのは当たり前だと思う」

 リューリクはそうだろう。

 では、下の兄はどうなのか。アリスティが継ごうが、リューリクが継ごうが、立場は変わらないはずだ。それにアレクセイは、少し違うように思う。

「アリスティ」

 そして、彼女には分かるはずない。何もかもを持っているお嬢様には、奪われ、見放された者の気持ちは分からない。


 あなたに俺は、理解できない。


 そして俺は、彼らの気持ちを分かりたくない。妹を傷つける彼らの気持ちなど。

「止めませんよ」

「え?」

 少なくともオリガは、俺にとって守るべき弟ではあったのだから。

「そんな事したら、俺がビビって逃げたみたいではありませんか」

 アリスティは不思議な物でも見るような目で俺を見ていたが、やがて小さく笑みを浮かべた。

「……あぁ、そうか」

「何が?」


 アレクセイの目には、一人の少女が映っていたのだろう。

 俺の目と同じように。俺の心と、違う心で。


 では、あの魔術のこともそう言うことなのだ。

「ゼシカ?」

「迷惑だなと」

「……私?」

「……それもありますが。今はあなたではないですよ」

 嫉妬の刃が俺に向けられた、ということ位、馬鹿ではないから分かる。

「私、いつも迷惑なんだ」

「というより、大抵の人が迷惑です」

「じゃあ、私は普通?」

「では、それで」

 いつも一緒にいるのだから、他人以上に迷惑です、だなんて言うのは流石の俺でも気が引けた。

 ましてや、不快では無いなどとは。


××××××


 俺がアリスティの部屋から出てきた時、何故かメリアが壁に額をつけて唸っていた。


「あーー。うわぁ~~っ!」


「……」

「だーめーむーりー」

「……メリア」

「ひゃうあっ!?」

 メリアは俺を見るなり逃げ出した。そして数秒後に戻ってくる。

「あ、アリスティ様には言わないでっ」

「え、あ、はい」

「じゃ」

 顔を真っ赤にしたメリアは、もう戻っては来なかった。

 アリスティの部屋の前で何をしていたのやら。まさかずっと唸っていた訳では無いだろう。

 そう思いたいところだ。


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