初陣
矢で人を傷付けただけで、取り乱してしまうような、弱い私。いくら武器の練習をしていたって、心がこうでは、使えない駒になってしまう。
ロテリア王国に来た私は、弱く見られないように強がっていた。本当は逃げ出したかった。泣き叫びたかった。
そんな私がロテリア軍に入るのに抵抗しなかったのは、エルフの仲間達がいるというのも理由の一つだったが、私はただ、ゼシカを置いて逃げ出した自分が許せなかった。
傷だらけになって戦ったであろう、彼のことを思うと、締め付けられたように苦しくなる。
私は心のどこかで、運悪く殺されるのを願っているのかもしれない。
××××××
「アリスティ?」
その時、声が届いた。顔を上げれば、紫の髪を三つ編みにした少女。私の友達、ヘルガ・ドルトマークだ。
「ヘンリーが呼んでるよ」
「え?」
「その、……」
歯切れの悪さと、その表情で楽しい話ではないことは分かった。まぁ、私はヘンリーと楽しい話などしたことも無いし、したいとも思わない。
兵舎の中に入って、ゴーグルとマントを外す。ゴーグルを外した視界でも、ここは少し薄暗かった。
「えっと……」
どこにいるのだろうか。ヘルガは少し言葉が足りないから、言い忘れたのだろう。私も聞き忘れたけれど。
「ヘンリーを見なかった?」
「あぁ、あの人なら食事当番ですよ」
「じゃあ、厨房だね」
「おそらく」
ヘンリーは、シャルルからの亡命者にしてはそこそこ地位が高い。ロイゼンと仲がいい、というのが理由だろう。
つまり、彼が食事当番をする必要はないのだ。面倒事をやりたがる変人、と、私は認識している。
広い兵舎の中、真っ直ぐ厨房に向かう。エルフとすれ違わないのは、彼らが白き森にいるからだ。
厨房に近付くにつれ、叫び声や、ガチャガチャという音が大きくなっていく。
「ヘンリー!」
「……っ!」
ドアの近くにいた人が驚いて私を見た。その向こうで、赤髪が振り返る。
「済まない。少し待っていてくれ」
「あ、うん」
見ると、何かを炒めている途中だったようだ。だが、本当に大きなフライパンだ。一気に十人前位は作れそう。
「ヘンリーさん、ちょっと胡椒取って下さい」
「あぁ」
「おらぁっ! きりきり動けっ、腹を空かせた野郎共が食堂で暴れ出すぞっ」
「酒でも飲ませとけば良いだろ?」
食事の準備中の厨房は、まるで嵐のようだった。しかし料理などしたこともない私が当番の時は、今以上に怒号が飛び交っていたが。最終的に私は、野菜を切る事に関してのみ、任せてもらえるようにまで成長した。
「やはり、外にいた方がいい」
「……そうする」
ここにいたら、巻き込まれそうだ。
××××××
ここの人たちは、何というか、シャルルからの亡命者や、捕虜に少し優しいように思える。現に、私も良くしてもらっている。少なくとも、表面上は。
私は今、ヘンリーと向かい合って夕飯を食べていた。勿論周りには、兵士も沢山いる。結局、あの後すぐ夕飯になってしまった為、こうなった。
「で、何の話なの?」
「……ロイゼンからの、命令だ」
「何」
ヘンリーは、いつも無表情だ。ゼシカも余りに表情に感情が表れる人ではなかったが、彼はどちらかと言えば、仏頂面だったと思う。
しかしヘンリーは、頬の筋肉が正常に働いていない気がして仕方ない。
「お前が、本当にロテリアの駒に成りうるか、判断する」
「え? ちょ、私は戦うって言ったでしょ!?」
「はっはっは、アリスティちゃんは威勢がいいな!」
「けほっ! ちょ、おじさん……」
隣の人に背中を叩かれた。ノリの良い隣の奴とは逆に、ヘンリーはあくまで義務か作業のように話している。やはり、楽しい話なんて出来るような男ではない。
「だから、お前は俺と来い」
「は?」
ヘンリーは食べかけのパンを一口かじり、言った。
「第一防衛線を破るぞ」
それは、私への出陣命令だった。
××××××
首都から馬に乗って夜通し走り、白き森に辿り着いた。
白き森のエルフと、ロテリア兵士の連合軍で破るらしい。連合、といってもどちらも今はロテリア軍なのだが。
「ヘンリー、ここからならエルフだけで行った方が楽じゃないの?」
「話を聞いていたか? 俺は、お前が背を預けるに値するかを計る為にあえて、エルフを軍の半分に組み込んだ」
「……私たちが裏切ったら、どうするの。危ないって、分かっているんでしょ?」
ヘンリーは、エルフを遠目に眺めた。
「ロイゼンは、……裏切り者を俺なら多くほふれると思ったんだろうな」
その声音が、少し掠れていた。槍を、剥き出しのまま持っているところにも、私たちエルフを信じていないということが伝わってきた。
やがて、空が微かに明るくなり始めた。久し振りの白き森の夜明け。
懐かしい匂い。雪の無い森は、ゼシカの面影すら消えてしまったようだ。
「時間だ」
その声に、座り込んでいた兵士らも立ち上がる。
「アリスティ、人を射たことはあるか」
「……ある、けど」
「そうか」
その表情が、微かに曇った気がした。ヘンリーは、歩みを進める。森を抜ければ、シャルル軍がいるらしい。ただ、生憎私はエルフ以外のシャルル人を見たことはなかった。
「今回は、……殺さなくても良い」
「え?」
「俺が止めを刺す」
「だから、何でっ……」
しかし彼は、私の問いに答えることは無く、軍隊の最前列へ行ってしまった。
後は、進むしかない。私は馬に跨がると、ゴーグルを外した。シャルルの地を一度、壁無しで見てみたかった。
恐怖が、全身を貫いていく。
今から私は戦場へ向かうのだ。沢山の人が死ぬ場所へ。いつ死ぬかも分からない場所へ。
一度、彼をその場に置き去りにした報いなのだろうか。
「アリスティ」
振り返れば、お父様がいた。
「久しぶりだな。元気にしていたか」
「うん。みんなは?」
「見ての通り、特に代わりはないぞ」
そう。まるであの頃に戻ったかのように、景色は変わっていない。
変わったと言えば、エルフではない、人間が周りにいるという事だ。
「ねぇ……ゼシカ、は?」
「……」
生きているのは知っている。ヘンリーから聞いているから。
でも、彼の姿は、無かった。
「ゼシカは、アレクセイとメリアが連れて行った」
「怪我は? 大丈夫なの? 何か言ってなかった!?」
いない予感はあった。
ゼシカは、きっとロテリアを敵視してしまったから。それを、私を守る為に、と自惚れてもいいだろうか。
「酷い傷で、意識は無かった。だが、生きているのは確かだ」
「そっか……」
奥歯を噛みしめる。安心したんだ。私はきっと、安心したんだよ。
涙が出そうなのは、ただそれだけ。
私は馬を走らせて、ヘンリーの隣まで来た。彼は、何も言わなかった。
「ねぇ、ゼシカは強かった?」
「……強かった、と言って欲しいのか」
「ううん。弱かったと、言って欲しい……かな」
そうすれば、戦場に彼は来なくて済む。例え会えなくても、ゼシカとこんな形で会うくらいなら。
「あいつは、……強くはなかった。だが、恐ろしい奴だった。戦い方を覚えたあいつは、驚異になるだろう」
「……生かしておくべきじゃなかったって、思っているの?」
ヘンリーは小さく息を吐き出すと、私を見た。
「少し、な」
何か、言いよどんだような言い方だった。どこか、迷ったような言い方だった。
××××××
殺す為に殺して、殺されないように殺して、殺されたから殺して。
「……は、ぁっ」
悲鳴、怒号、剣の交わる金属音。
「右翼っ、エルフに兵士を近寄らせるな! アリスティ! 前に出過ぎだっ」
ヘンリーは叫びながら馬を走らせる。ヘンリーの号令は、次々に軍内に伝わり広がっていく。
多くのエルフ達が、後方で魔術を放つ。弓を扱える者は魔術師を守り、ハーフエルフが近付くシャルル兵をなぎ払う。
私も射た。
人に向かって射た。
血が吹き出て、それでも殺すことが出来ない。どうしても、ずらしてしまう。
殺さないと、殺さないと。
「……いや、だよぉ……怖いっ……」
手が震えて、まともに弓を引けない。最前列では、ヘンリーがあの短い槍を振るっていた。彼が突撃し叫べば、周りのロテリア兵の士気が鼓舞されるのが分かる。
「このっ、裏切り者がぁ!」
「……!」
ヘンリーはとっさにその男を貫く。しかし、馬に振り落とされてしまった。男は馬を狙ったようだ。
「ヘンリー!」
知っている人が死んでしまう。
彼がどれ位強いとかは関係なく、その恐怖だけが、体を突き抜けた。
そして、思考回路が壊れたかのように、恐怖は途切れた。
私は、弦を引き絞り、矢を放った。
「ぐわぁあああっ」
それは、男の喉を貫いた。
とても、不思議な感覚だった。ただ、目の前の敵を、的としか見えなくなった。
「うっ、わぁあああっ!!」
叫びは、私のもの。どこか遠くに聞こえ、私は敵の生命を奪い続けた。
ひたすら、壊れた兵器のように戦い続けて、とうとう、奴らは後退を始めた。
それをヘンリー率いる数名のロテリア兵が追い立て、戦いは、終わった。
「うぉおおおっ! 第一防衛線を破ったぞ!」
勝った。
沢山の死を、糧にして。
「ぁ……」
沢山、殺した。私が、この手で。
「アリスティ……」
血に染まった大地。
私は両手を見つめた。
「これで、良いんだよね……」
ヘンリーは、小さく頷いた。そして軍隊に指令を出す為、馬で走り出す。
「……殺さなくていいって、……言ったのに」
彼は何かを呟いたようだったが、周りの人が五月蠅くて聞こえなかった。
入れる場所がなくて、そのままになっていた話です。
せっかくなので、おまけで。




