6.忠告
魔術が使えなくても、全く不便などありはしなかった。火を起こすのにマッチやロテリアのライターなどを使う必要があるということ、水を出すのにわざわざ汲まなければいけないことぐらいの支障しかない。
まるで、魔術など無くても問題がないかのように。
「さて、また新たな問題が発生したわけだが。本当、運の無いやつだなぁ」
「そうですね」
もう、どうでもいい気がする。
俺は目の前で大量の本を抱えて並んで歩いている、フィロを視界の片隅に追いやった。
どうやら、魔術の使えない理由を調べろ、ということのようだ。
「私たちとしては、ゼシカがここにいて大いに構わないからな。君が好きなように選択してほしい。取り敢えずはその無能から治さなきゃだけどさ」
向こうから人が来る足音が聞こえ、外していた仮面を付ける。一気に視界が狭まって、動きにくい。
俺はただの旅人。ギルドに入るように勧誘されている。
という、設定だ。
「じゃあ私は風呂に入ってるからな。何かあったらカノープスにちゃんと言うんだぞ」
「分かってますよ」
「へぇ? だったらいいけど」
言うだけ言ってフィロは角を逆方向に曲がって行った。
すれ違う人達は、皆、大きい。
これが、人間とエルフの違いだ。俺はエルフの中では、ハーフエルフだということもあったが、体は大きくがっちりしたほうだった。しかし、学園では俺より大柄の人は沢山いた。
ここはもっと凄い。
俺が大きいと思った人達よりなお一層大きい人が沢山いる。
「兄ちゃん、大丈夫か? 手伝うぞ」
「いえ、平気です」
その中でフィロは小さかった。
××××××
近頃の私は、何か変だった。
今は占領した町を守るだけなので、私たちは戦線を離脱して白き森に戻っていた。
「うるさい!」
戻ってからというもの、何故か武器を手放せなくなっていた。
「静かにして! 吐き気がする!」
人の足音が、敵の進軍の音に聞こえた。
金属の音は剣が交わる音に、声は戦場の悲鳴に。
たくさん死んだ、彼らの声が響いてくる。戦場にいた時はなんともなかったのに、緊張がとかれた瞬間これだ。
私は、おかしくなっていた。
「アリスティ、まだそれを持っていたのか」
出て行っても、どこにでも人はいた。
赤い髪の青年は森の入り口で座り込んだ私を見て、目を伏せた。
「たくさんの、声がするの、ヘンリー」
「ああ、俺もだ」
「あの子は、ゼシカを知っていた。私を見て、“アリスティ”って」
「…………」
「私は、あの子の願いを叶えなきゃいけない」
あの子の言葉を、伝えなくてはいけないのだ。
握り締めたのは皮の袋。あの時の、彼女の心と強さの塊が入っている。私と向き合った、ベル・マコラの心だ。
「言うのか。自分が殺したと、ゼシカ・メフィルスに」
「そうだよ」
「状況によっては俺のせいにしても構わないが」
「まさか。そんなことしない」
「そうか」
何やら重そうな荷物を持ったヘンリーは表情すら変えず、ただ少しだけ翳らせて私を見ていた。
静かだった。
そうだ、彼はそういう男だった。動じず、わめかず、ただ冷静に物事を受け入れ、処理する。故に冷たく見えて、残酷に見えるが、仲間思いのわれらが団長だ。
「代わりに行くか?」
「え?」
「シャルルの首都だ。北の川を越えた先に、ギルドがある。そこの奴に依頼してあるから連れて行ってもらうといい」
「何を、するの」
「ゼシカと俺の弟を、始末しに」
ヘンリーは荷物を私に押し付ける。受け取れば、頭をクシャクシャに撫でられた。
なんだかクラクラする。
「帰ってこなくてもいい」
死んでこい、と言う意味ではないのは、すぐに分かった。
シャルル帝国側に戻ってもいい、ということだ。
だけど、私にそんな選択肢は無かった。
「向こうには付かない。戻るか、死ぬかだけ」
「…………」
ヘンリーはもう何も言わず、地図を私に渡して行ってしまった。
あとは、何の音もなくて、ただ寂しさだけだった。
××××××
「いいのかよ」
「何がだ」
「危ないんだろ? あのアリスティだけで良いのか」
「顔は知られてないはずだ。俺よりはな。それに向こうにもエルフはいる」
ベルンハルトは、頭を掻きながらため息をついた。周りは相変わらずうるさくて、アリスティがいたらまた怒鳴っていただろう。
エルフのいた、あの静かな森はすっかり変わり果てて、まるで人間の町のようだ。
俺が、そうした。
「そうじゃなくて! 行かせていいのかよ。男に会いにいくんだろ」
「ああ」
「だぁーっ! あのなぁ!」
ベルンハルトは今にも火を吹きそうなほど顔を赤くした。
「好きな女を他の男んとこやって良いのかって聞いたんだよ!」
「…………」
「え?」
こいつはいったい何の話をしているのか。
嫌いではない。それは確かだ。だが、好きかと聞かれても分からない。
そう、感じたことは無いはずだ。
だって俺は、あの日から。
「い、いや、俺の勘違いならそれでいいけどよ……多分、みんなそう思ってんぞ」
「そう言われてもな。俺にはよく分からない」
ただ、アリスティがあの男の下へ本気で行きたいなら、協力したいと思った。
本当は一人で行かせるのは危険だが、それも戦場と比べれば些細なものだ。もしかしたら、俺といる方が危ないだろう。
ベルンハルトはしばらく納得いかない顔で俺を見ていたが、やがて投げやりに呻いた。
「あー、わかりましたよ。だけど、お前がアリスティに甘いのは見てわかる。それは事実だ」
反論はなかった。
確かに他の奴らより気を使ったし、大切にした。
彼女は、エルフの次期当主だった。彼女と俺たちの関係は、エルフとロテリア王国の関係に直接でないにしても影響があるのは分かっていたから。
それだけだ。
××××××
カノープスの部屋は何処だったか。
そこそこ広い建物の中を俺はさまよっていた。人に聞こうにも、この階には何故か人が全然いなかった。お祭りでもあるのだろうか、なんて、たぶんみんな食事中なのだろう。
「なあ、ゼシカ」
その声は、すぐ後ろから聞こえた。
慌てて振り返れば、どこかで見た奴だ。
「どうして」
「それはこっちのセリフだ。君が来るなんて思っても見なかったんだからな」
「俺も、こんな所に来る気はありませんでしたよ」
銀髪のエルフは、笑わなかった。
いつものような笑顔は無しで、彼は俺を見ていた。まるで品定めのような、まるで敵を探るような目で、俺を見ている。
「アレクセイ様。ジロジロ見るのはやめてください。気持ち悪い」
「君ってさ、丁寧なようで無礼だよね」
「そうですか」
「ま、いいんじゃない? 素性を隠しきった人ほど信頼できないものはないし、性格だだ漏れなところは信用に値するね」
褒めてないだろう、それ。全く彼は、何を言いたいのか。
彼は感情のなかった顔をかすかにひきつらせた。あの頃のアレクセイからは全くもって想像できないような顔だ。
「ゼシカ、お前さ、殺されるよ」
「まあ、だから隠れているんですけどね」
「知ってる奴には誤魔化せないだろ?」
アレクセイは、命の恩人だ。
あの村に俺を連れて行ってくれた、命の恩人だ。
「メリアだけどさ、元気だよ」
唐突に、彼は言った。
「片目は完全に失明してるけど、相変わらず威勢がいいよ。ほんと、しゃべる量は半分にしたって会話が成り立つくらいに」
「そう、ですか」
「会わせないから」
「……わざわざ言わなくてもいいですけど」
仲が悪いわけではないが、良くもない。いい思い出はない。お互いそんな感じだろうに、何故、声をかけてきたのだろう。
俺は会話が苦手だ。俺と楽しく会話なんて出来っこないというのに。
「もう一度言うけど、君さ、殺されるよ。このままだと。例のロテリアの赤髪からここに依頼が来たんだ。“シャルル軍の本隊まで連れてけ”だったかな。そんな感じ」
「ヘンリー・タウフェニス、ですか」
彼の目的は、俺かヴィクトルか。例えどちらであろうと、一度受けた依頼をこのギルドは取り消さないだろう。そしてこれが噂でしかないのも確かだ。
誰かにそっと依頼をまわすのだろう。
「見つからなければ、ここの方が確かに安全だよ。でも、相手が赤い髪のだったら、ここにいてもやばいと思うね。だからメリアちゃんはしばらくここに連れてこない。依頼も受けたし」
「だったら北を通った方がいいですよ。見たところ、川は渡る気が無さそうでしたし。ロテリア兵は」
「だろうね。とにかく後味悪いし、死なないでよ」
「アリスティに会うまではくたばる気はさらさらありません」
「へぇ? 一途だねぇ」
やっと笑みを浮かべたアレクセイは、やはり嫌味っぽくて、好きにはなれなかった。
どうやら彼は俺をメリアに会わせたくないらしい。
「会う気はありませんよ」
「え?」
「俺はメリアに会うつもりはありません」
アレクセイはため息をついた。
別に、ただの幼馴染み。昔別れてから二度と会わないと思っていたのだから、問題など無かった。どうせメリアのことだ、相変わらずだろう。
「ずるいなぁ。会わなくてもわかるなんて」
「あなたも、一途ですね」
アレクセイの顔が見たことがないくらいに真っ赤になった。




